2025.11.10のこのニュース、気づかれた方も多いでしょう。
「文部科学省中央教育審議会の専門部会で、小学校2年生の国語でローマ字入力の「タイピング」を体験する学習を導入する案を検討」
いったいどういうことなのでしょうか?
中央教育審議会とは?
世間的には、中央教育審議会については、「文科省で教育行政の案をまとめているところ」「学習指導要領を定めているところ」くらいの認識だと思います。
間違っていません。文部科学大臣の諮問機関として意見を述べることが仕事です。30人以内の委員で構成され、以下の4つの分科会が置かれています。
・教育制度分科会
・生涯学習分科会
・初等中等教育分科会
・大学分科会
委員の構成はこうなっています。
天笠 茂 千葉大学特任教授
伊藤 幸子 光市立浅江中学校長
小川 正人 放送大学教養学部教授、東京大学名誉教授
帯野 久美子 株式会社インターアクト・ジャパン代表取締役
清原 慶子 三鷹市長
篠原 文也 政治解説者、ジャーナリスト
寺本 充 公益社団法人日本PTA全国協議会特任業務執行理事
時久 惠子 香美市教育委員会教育長
無藤 隆 白梅学園大学大学院特任教授
横倉 義武 日本学校保健会会長、日本医師会会長
善本 久子 東京都立白鴎高等学校・東京都立白鴎高等学校附属中学校統括校長
米田 進 秋田県教育委員会教育長
臨時委員
荒瀬 克己 大谷大学文学部教授
市川 伸一 東京大学大学院教育学研究科教授
柏谷 弘陽 横浜町教育委員会教育長
加治佐 哲也 独立行政法人国立高等専門学校機構監事
菊池 桃子 女優、戸板女子短期大学客員教授
坂越 正樹 広島大学大学院教育学研究科教授
笹 のぶえ 東京都立三田高等学校長
貞廣 斎子 千葉大学教育学部教授
髙岡 信也 独立行政法人教職員支援機構理事長
竹中 ナミ 社会福祉法人プロップ・ステーション理事長
田中 雅道 光明幼稚園長
種村 明頼 新宿区立西戸山小学校
土屋 智義 TSUCHIYA株式会社代表取締役会長兼社長
角田 浩子 リクルート進学総研「キャリアガイダンス」編集顧問
鶴羽 佳子 株式会社ボウス専務取締役
奈須 正裕 上智大学総合人間科学部教育学科教授
船橋 力 独立行政法人日本学生支援機構グローバル人材育成部長
堀田 龍也 東北大学大学院情報科学研究科教授
八並 光俊 東京理科大学大学院理学研究科教授兼教職教育センター教授
山本 聖志 豊島区立千登世橋中学校長
吉田 晋 学校法人富士見丘学園理事長、富士見丘中学高等学校長
若江 眞紀 株式会社キャリアリンク代表取締役
渡邉 正樹 東京学芸大学教育学部教授
若干首を傾げたくなる人もいますが、錚々たる方々です。
個人的には、現場を知っている、つまり日々生徒と向き合っている教育現場の人をもっと入れてほしい気がしますね。
提案の内容
ニュースによると、こういうことでした。
◆現在の学習指導要領・国語では1年生のひらがな学習、3年生のローマ字学習の間の2年生で、「書くこと」の学習の一環としてタイピングを体験させる
◆授業では、学習用PC(一人一台)のモニターに表示されたローマ字をキーボードから探して入力
◆早期にタイピングを経験させ、3年生以降の学習につなげる狙い
◆2030実施予定の次期学習指導要領で情報教育教科の方針
今回の報道は、「教育課程部会/生活、総合的な学習・探究の時間WG/情 報 ・ 技 術 W G」の資料として示された、「小学校における情報活用能力の育成について」が火元でした。
とかく報道は、センセーショナルな「ニュースとして目にとまりやすい」ものを強調するきらいがありますので、元ネタをきちんと確認してみましょう。
例によって、実に曖昧かつ抽象的でぼんやりした内容です。とにかくすばらしいことを言っている印象しか伝わりません。これを実践すれば、小学生で完璧な情報教育が行われるように錯覚しますが、もちろん現実は違います。
さて、問題になっているのはここですね。
タイピングによる文字のキーボード入力については、下記の諸点を踏まえ、例えば、国語科で、ひらがな、カタカナを学んだ後、2年生で文字を書くことの学習の一環として、ローマ字による文字入力を体験することとしてはどうか
3年生でアルファベット、ローマ字50音、ローマ字入力の全てを学習することの負担感があること
デジタル学習基盤が整備された中、1・2年生で無理なく文字入力を指導している学校もあり、取組に差が生じていること
文字を書くという国語科としての資質・能力を育む中で、付随的に情報活用能力としても育成することが見込まれること
情報端末を「書く道具」として自然に扱えるようになり、以降の各教科等でのデジタル学習基盤を活用した学習活動の中で表現や記録の手段として生かしたり、3年生以降の探究的な学びへ円滑につなげたりすることが期待できること(第2学年で文字入力を体験的に行うことの意義等について国語科WGにおいても検討)
まとめるとこういうことですか。
◆3年生でアルファベットとローマ字を学ぶのだけで手一杯だからローマ字入力までは無理
◆すでに先行している学校もある
◆国語としても意義あり
◆後の探求的な学びへつながる
3年生でアルファベットとローマ字を学ぶのだけでも限界であるということが前提となっています。
ネットでは賛否両論渦巻いており、「3年生で手一杯ではない」という現場の声もあるようですが、私自身は小学校教師ではないのでコメントする立場にはありません。
また、すでに先行している学校があることは根拠になりません。こんなものは教育格差でもなんでもありませんので。教育=デジタル機器を扱うこと という定義なら別ですが。
また、国語としての意義については、国語の先生全員を敵に回すでしょうね。
学校教育現場で現在進行形で小学生の指導にあたっていない人間が考えるとこういうアイデアが出てくるというよい見本だと思います。
そもそもタイピングスキルは必要か?
結論から言うと、必要です。というより必須です。
ただし、その時期は決して小2ではありません。
タイピングスキルというのは、アウトプットの技量の一つにすぎません。
もし綺麗で正確な文字をタイピングと同等のスピードで書けるなら、それで良いと思います。メールやテキストファイルのやり取りには不適ですが、今のOCRならそれくらいは簡単に読み取ってテキストデータ化できますので。
もし声でよどみなく正確に発話できるなら、それでも良いと思います。今の音声認識はなかなかのレベルです。すでに実用的なレベルです。
どんなやり方であれ、アウトプットの方法論の問題です。
キーボードを使ったタイピングは、かなり便利で一般化していて、タイプライター時代から150年におよぶ歴史もありこなれている、それだけのことなのです。
あ、あと一つ、多言語対応がしやすいという利点はありますね。実はローマ字のタイピングに習熟しすぎると、英文入力で苦戦するという弊害があります。英単語を打つときに、無意識で母音を付け加えてしまうというミスは、誰しもが経験済でしょう。
しかしこれも、毎日相当量の英文を打っていると、自然に治ります。スペルを意識することなく、単語が頭に浮かんだ瞬間に塊として入力できるようになりますので。決まりきったフレーズなら、フレーズ単位で入力が完了するようになりますよね。
さて、ここで強調したいことは、タイピングは、「アウトプット」の手段だということです。そして小学生は「インプット」の時期です。
アウトプットの質は、インプットの質と量に左右されます。小学6年生、それもかなり勉強を積んできて十分にインプットしてきた優秀な6年生でもなければ、アウトプットさせたところで大したものは出てきません。それでも「書く」という行為は重要です。読むと同時に書かせることで、さらに深い「読み」につながるのだと思います。
一度、小学2年生の国語の教科書を見てください。小2は、あの程度のレベルの文章をインプットしている段階なのです。もしアウトプットが教科書と同等レベルだとしても(実際にはあり得ませんが)、あの程度の文をキーボードでアウトプットすることに意味がありますか?
タイピングスキルは、書きたいことがあふれ出て、ペンを走らせるスピードを上回る状況でないと意味がないと私は考えています。
あるいは、大量の文を作成しなければならない状況に置かれた場合ですね。
いずれにしても小学2年生ではありません。
私が考えるタイピングスキルを身に着けるベストのタイミングは、中学生になる直前の春休みです。
中学生になれば、大量の宿題・作文・レポートが必要になってきます。課題の提出もGoogleクラスルームやロイロノートなどでテキストデータで求められることも増えてきます。その段階で、手元のキーボードを目で確認しながら一文字ずつ入力していたのではお話にならないのです。
ただし、タッチタイピング(ブラインドタッチ)など、3日もあればできるようになりますし、1週間も練習すれば完璧に取得できます。
わざわざ小学校、それも低学年でやらせる必要は皆無ですね。
しかもタッチタイピング(ブラインドタッチ)は、最初に変な癖がついてしまうと矯正に苦労するのです。
とくに、手元のキーボードを見ながら文字を1つずつ拾う癖がつくと最悪です。
そんな時間があれば、漢字の一つも、地名の一つも覚えさせたほうがはるかに有効です。あるいは、そろばんの技量のほうがまだ役立つかもしれません。