
私はことあるごとに、塾に頼らない中学受験をお勧めしています。
まるで自分の仕事を否定するようですが、お薦めしたい理由がたくさんあるのです。
そのための本まで書いてしまったほどです。
今回は、実例を紹介したいと思います。
※個人情報保護の観点から脚色していますが、概要は事実に基づきます。
- 父は考えた
- 父は迷った
- 通信教材を試してみた
- 本をたくさん読ませた
- 塾を選ぼうとした
- 教材を探した
- 机を設置した
- 週末を犠牲にした
- 時々テストを受験した
- 5年生で決断した
- 6年生で考えた
- 腹をくくった
- 計画を立てた
- 問題が発生した
- 冬休みから変わった
- 志望校には迷わなかった
- 進学後に問題がおこった
- Aさんの成功要因
父は考えた
Aさんの父親は、いわゆる「教育熱心」な父親です。ただし、ポリシーを持った「教育熱心」です。
まず、幼稚園のとき、周囲で「小学校受験」の情報が飛び交う中、それには耳を貸しませんでした。「小学校受験は不要」との固い信念があったからです。理由は2つありました。
(1)小学校受験の試験が客観性を欠く
「行動観察」で合否が決まるような入試は「入試」とは言えない、そう考えたのです。努力の方向性が明確で、その努力を客観的に評価されるのでなければ「入試」ではないというのが父親の考えでした。
(2)通学が困難
自宅から歩いていける範囲に私立小学校がありません。必然的に、電車通学となります。小学生の間は、その負担は無理だと考えました。
こうしてAさんは、家から歩いてすぐの所にある公立小学校に進学しました。
父は迷った
Aさんの両親は、私立中高一貫校出身です。その親も、また兄弟もみな私立中高一貫校出身です。そうした環境でしたので、中学受験するのは規定の路線でした。
こうしたご家庭が最近増えてきた印象があります。中学受験が一般化した世代が親世代に増えてきたということなのでしょう。
ただし、Aさんの父親は迷いました。自分は公立中学から高校受験という経験が無い。しかし、世の中の大多数はそのコースを歩んでいる。もしかして高校受験という選択肢を無視すべきではないのではないか。
その考えは、2つの理由で消えました。
まず最初のきっかけは、わが子の小学校の授業見学に行ったときのことでした。5分で終了するような内容を40分に薄めた授業内容、それですら集中できずに立ち歩く生徒、不規則発言を繰り返す生徒。学習に取り組む姿勢も能力も無い生徒の現実を目の当たりにしてしまったのです。この子たちと同じ中学校に行くのか。そう思ったとき、公立中学校進学の可能性が消えました。
二つ目のきっかけは、公立高校入試問題を解いてみたことです。想像以上に易しかったのです。しかも、そのレベルの問題なのに平均点があまりにも低い。このテストをクリアするために3年間も費やすのが無駄に思えてしまいました。
中学受験せずとも、きちんと努力して学んで結果につなげる生徒がたくさんいることは承知しています。ただ、自分の子は周囲に流されやすい。環境に影響されやすい年代には、より良い環境で6年間過ごすほうがわが子には適しているだろう。そう考えて、中学受験をさせることに決めたのです。
通信教材を試してみた
中学受験塾には、小4から入れよう、当初はそう考えていました。塾のカリキュラムは自分が受験した頃とは大きく変わっていないことがわかったからです。どの塾も、4~6の3年間で仕上げるようなカリキュラムとなっていました。
1~3年の低学年のうちは、塾には行かせる必要はないだろう。そう考え、とりあえず書店を回って低学年用の教材を探したのです。
低学年用の市販教材は、およそ3種類に分類できました。
(1)幼稚な教材・・・とにかく「勉強」を楽しいものに見せるために全振りしたような教材です。アニメキャラが登場したり、漫画仕立てになっていたり、遊びながら学ぶようになっていたり。わが子にやらせたいものではありませんでした。
(2)反復教材・・・〇〇〇式や百マス計算といったタイトルで、ひたすら計算の反復演習をする教材があります。国語・理科・社会の知識についても同様のスタイルのものがありました。(1)よりはマシだと思いますが、わが子の性格を考えると、まったく合わないと判断しました。
(3)パズル教材・・・思考力を育てることを謳った教材がいくつも見つかりましたが、その大半はただのパズルで、本当に思考力が育つとは思えません。そもそも低学年のうちは、思考力よりもきちんとしたインプットが重要だと父親は考えていたのです。
そこで次に、通信教材を探しました。
選択基準は4つです。
・アニメキャラは不要
・タブレットPCは不要
・算数の計算力がつく
・良質な国語の文章に多く触れる
大半の通信教材には、オリジナルやアニメのキャラクターが全面に出ています。また、タブレットPCを「売り」にしているものばかりでした。
いろいろ検討した結果、S塾の教材を申し込むことにしました。
内容に惚れ込んだわけではありませんが、ここだけが「遊び」の要素が一番薄かったからです。とくにタブレットPCは子どもに与えたくなかったので、消去法でこちらを選ぶしかありませんでした。
ただし、内容はやはり平易です。そこで、1学年飛び級をすることにします。2~4年生用のものを、1~3年生でやるのが丁度良さそうでした。
本をたくさん読ませた
本を読むことでのみ教養は身に着く。これが父の持論です。わが子にも、早い段階からたくさんの本を与えました。ただし、読むことは強制したことはなく、読み聞かせもやりませんでした。漢字だけは早くから教えて、自分から読める環境を整えたのです。
幸いにして、Aさんは本好きに育ちました。暇さえあれば本を読む子になったのです。
本のチョイスには気を使いました。昔から定番として読まれている本を中心にそろえます。最近話題の児童書はほとんど買いませんでした。時間の洗礼を潜り抜けた本でないと信頼できないと考えたのです。新しい作家の本の場合は、「50年後にも生き残る」であろう本だけを選びました。
塾を選ぼうとした
Aさんが4年生になる前に、塾選びを始めます。まずは自宅最寄り駅周辺にある塾、次に電車で一駅離れたターミナル駅周辺にある塾を回りました。
予備知識(先入観)を持たずに、塾の説明会に参加し、案内書を集めるところから始めます。
いつくか良さそうな塾も見つかりましたが、今すぐにどうしても通わせたいほどではありませんでした。
とりあえず保留として、5年生から通わせよう、そう判断したのです。さすがに4年生くらいの内容なら、自分でも教えられるだろうと考えました。
教材を探した
4年生くらいは自宅学習で何とかなりそうだ。そう判断したのは良いのですが、教材探しが難航します。書店で探しましたが、どうもしっくりくるものがないのです。6年生にもなれば入試問題を扱った教材がいくらでもあるのですが、4年生~5年生にかけて、系統だてて学ぶような教材が見当たりません。
そこで、Y塾の教材を入手することにしました。書店では売られていませんが、直接購入が可能だったからです。
実は、Aさんの両親とも、Y塾の教材でかつて勉強した経験があったのです。その時代から生き残っているということは、それなりの理由があるのだろう。そう判断しました。
1週間単位でカリキュラムが定められているので、それに従って学習を進めるだけです。こうしてとりあえずの予定は立ちました。
机を設置した
父親専用の小さな仕事部屋はありました。自宅に仕事を持ち帰ることの多い職種だったため、デスクとPCが設置してあります。その隣に、子ども専用の小さなデスクを置きました。壁にはホワイトボードも設置します。こうして、父親の隣で勉強する環境を整えました。
週末を犠牲にした
平日は、親の帰宅時間も遅く、わが子の勉強を見てあげる時間はありません。ただしAさんは比較的真面目な性格なので、ドリルのようなルーティンワークを与えると、それだけはやっているようでした。
そのかわり、土日はじっくりと勉強に向き合ってあげられます。父は週末の自分の時間を犠牲にしました。といってもべったりと勉強を教えるのではなく、基本的には父親の仕事机の隣で、Aさんも勉強するスタイルです。
算数の解き方については、まず父親が解説し、子どもが問題を解き、解けなかった問題については父親がアドバイスする、そうしたやり方ですすめました。
国語については母親にバトンタッチしました。
理科・社会については、やはり父親が解説をしてから問題を解かせるスタイルですすめます。
時々テストを受験した
数か月に一度、大手塾の模試を受験しました。子どもの弱点の把握と立ち位置を知るためです。4年生で受けたテスト結果は、おおむね満足の行くものでした。
しかしながら、4年生のうちは、他の受験生の学習ペースも遅いと思われます。まだまだ何ともいえないと両親は気を引き締めたのです。
5年生で決断した
当初の予定では、5年生になったら塾に通わせるつもりでした。しかし、テスト結果を見るかぎり、まずまず順調にここまで来ているのです。もちろんミスや失点も多く、「こんな問題も解けないのか」と思わせることもあります。しかし、そうして弱点が見つかれば対処法も見つかります。
今までうまくいっていたやり方を変える必要があるのか?
これは迷いました。そして決断したのです。
今までのやり方で通用しなくなったタイミングで塾に行かせよう。
思い切った決断でしたが、そう決めてしまうとかえってすっきりとします。迷いもなくなりました。波風や成績の変動はもちろんあるものの、おおむね順調に過ぎていきました。
6年生で考えた
6年生になるとき、再び迷います。さすがに周囲には、塾に行かずに中学受験しようとしている子は一人もいないからです。ママ友情報を聞き及んでくるたびに、母親の気持ちが揺らぎます。父親にもそれをはねのけるほどの自信など無いのです。
そこで、候補にあがっていた塾の時間割等を確認すると、6年生からは通塾日数も時間も増えてきています。しかし、子どもは自宅学習にすっかり馴染んでいるので、それだけの通塾負担には対応できないかもしれません。
Aさんは早い時間に就寝し早起きする生活習慣となっているため、遅くまでの塾通いは体調管理面で不安でした。
そこで、結論を先送りにすることにしました。
6年生の夏前の模試の結果で判断する。
その結果が思わしくなければ、夏期講習から塾に入れよう。そう判断したのです。
腹をくくった
6年夏前の模試の結果は、予想していた成績の範囲ではありましたが、予想の下限近くの成績でした。これは周囲が本腰を入れ始めたからだろうと容易に想像がつきます。周囲の受験生たちは、遅くまで塾で頑張っているようです。その時間にAさんはすでに寝ているのです。家庭学習のみでここまでこれたことは立派ですが、さすがに最後の追い込みは塾にまかせるべきではないだろうか。再び迷います。
調べてみると、このあたりからどの塾でも拘束日数と拘束時間が激増することがわかりました。塾では、この時期から過去問演習が本格的に始まります。問題を解いて間違いなおしをすることに多くの時間が割かれることになるのです。
今さら塾に丸投げすることは効果的なのか?
問題演習くらいだったら、家でもできるのでは?
子どもも交えて家族で話し合った結果、腹をくくりました。
最後まで自宅学習で頑張る。
子どもとしてみれば、塾という見知らぬ環境に行きたくなかっただけかもしれません。むしろ腹をくくらなければならなかったのは、父親と母親でした。しかも母親は妙に及び腰です。「私は入試問題までは教えられないから」と父親に責任を押し付けてきました。
こうなった以上、観念するしかありません。幸いにしてここまで子どもの学習に並走してきたので、父親でも入試問題は解けそうな気がします。
頑張るしかないでしょう。
計画を立てた
父親は、最後の追い込みテクニックなど知りません。きっと塾にはスペシャルなスキルがいろいろとあるのだと思いましたが、そうしたやり方を知らない以上、父親に出来るのは、ただただ愚直に問題演習をやらせることだけです。
そこで、まるで作業工程表のようなスケジュール表を作成します。カレンダー形式のその表に、これからやらせる過去問を当て込みました。
志望校のものはもちろん、男子校・女子校問わずになるべく多種多様な問題に取り組ませる予定です。
ただし、一つだけ工夫しました。
問題を解いたら、その日のうちに必ず解説をする。
子どものことだから、時間が立てば記憶がすぐに抜けていきます。解いた直後でなければ効果はないだろうと考えたのです。
いきなりアドリブで解説ができる力量は父親にはありません。そこで、子供が問題を解いている間の時間は、自分も隣で必死に問題を解きます。解答と解説が手元にあることが救いでした。難しい問題を出す学校の過去問を回避したこともよかったようです。
しかし算数が苦戦しました。方程式を使わない解法にどうにも親が馴染めないのです。それでも、時間をかけて考え、わからなければ解説を見て考えることで、どうにか教えることができたのです。
デメリットはありました。子どもの質問に即答できないことです。しかし、これはあきらめました。自分はプロではないので仕方がない。そうした時は、子どもと一緒に調べて考えることにしたのです。
メリットもありました。子どもが躓きそうなところがあらかじめわかるようになったのです。子どもと同等かそれよりちょっとマシ程度の学力というのが功を奏したのでしょう。
問題が発生した
9月をすぎると問題が発生しました。
模試の成績が下がってきたのです。志望校の合格可能性も20%となってしまいました。
あれこれ原因を考えたのですが、思い当たることは1つしかありませんでした。小学校に原因があるのではないか、そう考えたのです。
6年生になって担任もクラスも変わりました。すると、クラスの雰囲気がとても楽しくなったのだそうです。家に帰って学校で起きた出来事を報告する量も増えました。今までにないほど楽しそうに小学校に通うようになったのです。
もちろんそのこと自体はとても良いことです。両親ともに歓迎していたのです。
しかし成績推移を見る限り、勉強に向かう気持ちにマイナスに働いていることが推測されます。成績も、6年生になってから下がりはじめ、小学校が夏休みになると上がり、そして9月から下がり始めているのです。
親からみても、Aさんは器用なタイプではありません。一つのことだけに集中して取り組むことはできるものの、複数のことを同時にこなすことは苦手です。おそらく今わが子の頭の中には、小学校の楽しさが占めており、そのことが勉強の阻害要因となっているのでしょう。
そこで親子で話しあうことにしました。今何を優先すべきかについて。
すでにここまでかなりの本数の過去問を解いています。その得点を集計してグラフ化しています。それを見れば一目瞭然でした。
その話し合いによってAさんの学習姿勢が急に変わるということはありません。それでも、入試に向かうためのチームとして、情報共有は大切だというのが両親の考えでした。
冬休みから変わった
ようやく2学期が終わり、冬休みに入りました。Aさん両親は子どもと話し合った末、1月は小学校を休むことにしました。担任の先生にも事情をお話して理解していただきました。
ここから先、Aさんの勉強は成果を上げ始めました。余計なノイズが入らない勉強は捗るのです。もう模試もないため、客観的な成績まではわかりませんが、入試問題に取り組む姿勢や得点を見る限り、手ごたえのようなものを子どもも親も感じるようになりました。
志望校には迷わなかった
実は志望校選びには迷いませんでした。両親とも、中学校事情についてはある程度肌感覚で分かっていたからです。しかし、自分たちの時代とは様変わりしていることはわかります。そこで、学校説明会には両親そろって足を運びました。その結果、わが子を通わせたいと思わせる学校がいくつも候補にあがったのです。
最終的に5校が志望校となりました。もちろん志望順位はありますが、たとえ第五志望の学校に進学したとしても、十分満足の行く学校選びができたのです。
これは、へたに偏差値に縛られなかったのが良かったのでしょう。数字や偏差値に惑わされずに、自分たちの目と感覚を信じて学校を選ぶことができました。
進学後に問題がおこった
見事に第一志望校に進学を果たしたAさんですが、その後にささやかな問題が判明しました。
「塾友」がいないのです。
Aさん以外の同級生たちは、皆どこかの塾で学んでいました。そうした「塾友」どうしで、互いの学校の学園祭に誘い合ったり、遊びに行ったりしているのですね。それがAさんにはできませんでした。
また、不本意な噂も立ってしまいました。「塾に行かずにこの学校に受かった天才」というものです。それだけ皆「塾に頼った」受験をしているということですね。
Aさんの成功要因
Aさんが塾に行かずに合格できた成功要因として以下の点があげられます。
(1)親が腹をくくった
これが一番大きいですね。「自分の子の勉強は親が見る」、こう決断したことです。
これは簡単なようでいて、なかなかできることではありません。
「中学受験なんて教えられるはずがない」
「そんな時間がない」
「そんな人、聞いたこともない」
みな、始める前から腰が引けて、結局塾に丸投げするのです。
しかしAさんの両親は、最後までわが子の受験に並走する覚悟を決めました。
何といっても、わが子のことを一番知っているのは親です。わが子の未来を一番考えているのも親です。最後の責任をとれるのも親です。だからこそぶれない指導ができたのでしょう。
(2)無理をさせなかった
塾に通うことの最大のデメリットは体調管理が崩壊することです。お医者さんによれば、小学6年生の理想的な睡眠時間は9時間だそうですね。夜9時就寝、朝6時起床、これが理想なのだそうです。塾に通いながらこれを実現するのは不可能です。
しかしAさんは、十分な睡眠、規則正しい食事という、子どもの体調管理に最も大切な2つのことを実現できました。
(3)余計なノイズがなかった
塾の世界は、偏差値にしばられる世界です。そのことが志望校選びにも悪影響を及ぼす場合が多いのです。その点、Aさんの志望校選びは偏差値に縛られませんでした。第1志望校から第5志望校まで、どの学校に進学できても嬉しくて満足だという学校が選べたのです。全てが第1志望校といってもよいほどでした。結果として第1志望校に進学しましたが、たとえ第5志望の学校だったとしても、その嬉しさに一点の曇りもなかったと断言できたのです。
そして合格可能性が高い学校の受験も予定していたことで、第1志望校の受験をあきらめることもしなくてすんだのです。
(4)競争させなかった
塾では、多くのライバルたちが鎬を削ります。それは多くの場合、生徒のやる気を引き出し、成績向上に寄与します。しかしその反面、悪い意味で点数にこだわり過ぎる弊害をもたらします。時によっては姑息な手段で点を稼ごうとする子も生じます。そうした得点至上主義は、勉強の本質とは相いれないものです。
しかし、塾に行かないことで、ライバルは常に自分自身だという理想的な状況となりました。効率は悪かったかもしれませんが、勉強としてはこちらのほうが正しいことは間違いありません。
