
デジタル教科書を正式な教科書にする改正学校教育法が10日に国会で成立しました。2030年度から順次、小中高校で使用が始まることになります。
現状
学校教科書というのは、一般書籍とは異なる存在です。
◆事前に文科省による「教科書検定」をパスしなければならない
◆各市町村の教育委員会が使用する教科書を採択
◆義務教育の場合無償で配布される(無償措置法)
◆私立校の場合は、学校単位で採択
◆原則として市販されない
教科書として従来法的に認められていたのは、「紙」の教科書だけです。
英語など一部認められていた「デジタル教科書」は、紙の教科書を同じレイアウトで電子化しただけで、「代替教材」の位置づけでした。
今回の学校教育法改正は、デジタル教科書も「正式な教科書」として認めるというものになります。
今後
A:紙の教科書だけ
B:デジタル教科書だけ
C:併用
採択にあたっては地域ごとにこの3パターンから選べるのだそうでう。おそらくはCの併用パターンが多くなるのでしょう。
理由
私が気になるのは、「誰が何の目的でデジタル化を推進するのか?」です。
普通に考えれば、学校教育現場からの声がきっかけのはずです。
「紙の教科書ではダメだ。デジタル化しないと教育に支障をきたす」という強い要望をを受けて、プロジェクトが始まるというのならわかります。
しかし、私が話を聞いたことのある学校の先生方の誰一人として賛成する方がいないのです。もちろん私のまわりのほんのわずかの例では一般化できません。
私個人の意見でいえば、「紙のテキストがデジタル化されればなあ」という要望を抱いたことはただの一度もないのです。
どうやらボトムアップではなく、トップダウンの施策であることは明らかですね。
そこで、推進母体である、文部科学省の「中央教育審議会-初等中等教育分科会-デジタル学習基盤特別委員会」の中の「デジタル教科書推進ワーキンググループ」の報告をみてみましょう。
生成AIをはじめデジタル技術が飛躍的に発展し、社会を大きく変革しつつあるとともに、社会のグローバル化と分断・対立、気候変動に伴う自然災害の激甚化などにより不確実性が一層増しており、今後の社会の在り様を見通すことがますます難しい時代に入ったといえる。多様な個人が「人生100年時代」とも言われる長い生涯を送る中で、世の中がどのように変化しようとも、主体的に考え、異なる価値観を持つ多様な他者と協働しながら様々な問題を発見・解決し、豊かな人生を切り拓いて持続可能な社会の創り手となっていけるような力が求められている。
冒頭にこう書かれていました。
いきなり話が大きくなってきましたね。
さらに続きを見ましょう。
そのような中、学校教育における学び も 、「 何を学ぶか」だけでなくその内容を学ぶことで「何ができるようになるか」(身に付けるべき資質・能力)を明確にし、それを育成するために「どのように学ぶのか」を重要視して、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を通じて、「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指す方向となっている。そうした学びを、情報技術の特性・強みを生かして多様な子供たちを包摂しながら一層充実させる学習環境を実現するものとして、GIGAスクール構想が国を挙げて推進されているところである。
なるほど。例のGIGAスクール構想が出てきましたね。
こんな調子で延々と書かれています。長いので、関連するところだけを抜粋します。
情報技術を活用して学習に困難を抱える児童生徒を含めて学びの一層の充実を図るため
「学校教育の基盤的なツールとして、ICTは必要不可欠なものである」
学校におけるICTの活用は国際的に大きく遅れていた。
ち学習の基盤としてデジタルが位置付けられていない状況
障害のある児童生徒などのアクセシビリティも考慮
注意集中に課題がある児童生徒の場合
報告書はあまりにもくどくどしく長いので非常にわかりづらいのですが、要するにこういうことだと私は認識しました。
・日本は他国に比べてデジタル化がおくれている。
・GIGAスクール構想の延長として教科書をデジタル化しよう!
・障害を持つ生徒や学習困難児童にも役立つよね
たしかに、字の拡大機能や音声読み上げ機能は、それを必要とする生徒にとっては福音になると思います。
しかし、その誰も否定できない目的はよいとして、結局のところは「デジタル化ありき」で進められた気がしてなりません。
ちなみに、「デジタル教科書推進ワーキンググループ」の委員はこうした方々です。
阿部 千鶴 横浜市立荏田南小学校校長
岡本 章宏 一般社団法人教科書協会デジタル化専門委員会委員長、教育出版株式会社ICT事業本部本部長
坂本 雅彦 東京都教育委員会教育長、全国都道府県教育委員会連合会会長
中川 一史 放送大学教授
中村 めぐみ つくば市立みどりの学園義務教育学校教頭
奈須 正裕 上智大学総合人間科学部教授
細田 眞由美 前さいたま市教育委員会教育長、 国立大学法人兵庫教育大学客員教授
主査 堀田 龍也 東京学芸大学教職大学院教授
松下 妙子 一般社団法人全国高等学校PTA連合会前副会長、特定非営利活動法人ふじみ子育てネットワーク代表、野外保育森のいえぽっち園長
松谷 茂 学校法人文化杉並学園理事長、 日本私立中学高等学校連合会常任理事
全員を詳細に調べたわけではありませんが、学校教育現場で長年生徒を教えてきた経歴がある方は、たぶん太字の3名だけだと思われます。ちなみにつくば市立みどりの学園というのは、小中9年生学校で、ICT教育を標榜している人気校です。
はたして現場の先生方の声がどこまで反映しているのかは疑問ですね。
問題点
◆生徒の集中力の妨げとなる
子どもたちは、複数の作業をパラレルでこなすことができません。ノートをとっているときには話が耳に入っていきませんし、自分がしゃべっているときにも教師の話が聞けません。だから私が授業をするときには、「私が声を発しているときには、全ての作業を中断して私にだけ注目する」ことを求めます。授業中に講義をしているときには、生徒全員がこちらを向いていてくれないとダメなのです。そうすることで、生徒の理解度も手にとるようにわかるのです。
「あ、タロウ君は、うなずいているけれど実は理解していないな」ということがわかる状態で授業をするめるのが大原則ということですね。
したがって、私の授業では、テキストを使いません(社会科の場合)。問題演習の解説授業でなければ、黒板に書いた板書内容を見せながら、生徒一人一人と目を合わせながら話をするのが基本です。
デジタル教科書など生徒にいじらせらたらどうなるかは、火を見るより明らかです。
◆サイズが小さい。
今の学校教科書はA4サイズ/B5サイズ、そしてAB判という謎のサイズも存在します。
一番大きいサイズのA4教科書の場合、の見開き、つまりA3サイズのモニターを持つタブレットPCなら紙の教科書を開いた状態で表示できますね。家にあるPCのモニターにA4教科書を開いてあてがってみたところ、21インチでは横幅は余るのですが、縦が不足します。
↓こんなかんじに

24インチなら縦はちょうどよかったです(横は余ります)
さすがに24インチサイズのタブレットは存在しません。ipad proでも13インチですから。13インチのタブレットでかろうじて表示できるのはA4くらいです。つまり、A5サイズの小さなテキストを見開きで表示するのが限界です。つまり、ちまちまとしたサイズのタブレットPCでは、一覧性の一点においても、紙に全くかなわないのです。
これも教科書で勉強をした・教えた経験のある方ならわかっていただけると思います。何度もページをめくらなくてはならない授業がいかに子供たちの集中力の邪魔になるかを。逆に考えてみてください。見開きA4になるA5サイズの教科書に情報を詰め込むことを。
◆振り返りがしづらい
気になる既習部分を参照したり、ちょっと先読みをしてみたり。紙なら当たり前にできることができません。機能的にはできるのですが、「やりづらい」のです。
◆授業の質が低下する(可能性が多分にある)
授業の質とはすなわち、教師の力量とイコールです。そして教師の力量は自己研鑽によってもたらされます。
ある「ICTを活用した小学校の授業」の動画を見たことがあります。「模範的な授業」として紹介されていたものです。そこでは、電気回路を、タブレットPCを使って作ってみるという理科の授業を行っていました。小4くらいでしたでしょうか。タブレットPCには「電気回路をつくる」アプリが入っています。生徒たちは、乾電池や豆電球(のアイコン)を組み合わせて、おのおの回路を作っていました。うまくつながると画面上の豆電球が光る、そういったアプリです。
これ、わざわざタブレットPCを使ってやる必要ありますか?
普通に実物の豆電球や電池を使って、実際につなげてみればいいだけの話です。今までも、小学校ではそうやって理科の指導をしてきました。
まさに「タブレットPCを(無理やり)使うための授業」に他なりません。
メリット
もちろんメリットも存在します。
◆改訂が簡単
これは出版サイドにとってだけのメリットです。
◆複数教科書を全て1つに押し込める
子供たちのカバンは異様に重いですからね。アメリカのように、「教科書は学校に置いてあってそれを貸し出す」スタイルになればよいのですが。いっそのこと、家用と学校用の2冊用意すれば良いと思います。それだってタブレットよりはるかに安価です。
◆音声・動画・映像に強い
これが最大の利点です。
英語は音声が命です。ページの英文を触れるとすぐに音が流れるのはよいですね。
また、映像・動画も魅力的です。
たとえば産業革命を教えるときに必ず触れる「ジョン・ケイの飛び杼」の発明。これがいかに画期的な発明だったかは、動画を見れば一瞬でわかります。まさに杼が目に見えないスピードで飛ぶのです。あるいは、金閣や銀閣などの史料。浮世絵もいいですね。従来なら「資料集」のページを開かせるところですが、その手間が省けるのは素敵です。
しかし、これも生徒の集中力を考えると、大型モニターに映し出すほうが授業はやりやすいと思います。
◆紙の教科書が使えない生徒にとっての福音となる
これは否定できません。
現場の声
文科省によると、教科書採択権者(教育委員会・私立学校長)への調査結果はこうなっていました。

それはそうでしょうね。
現場ではデジタル化はほとんど望まれていないのです。本音は従来通りの紙の教科書を希望しているが、時代の流れ(&文科省の意向)に逆らうわけにもいかない、というところなのでしょう。
結論
毎年ビッグサイトで開催される「EDIX」というイベントがあります。学校・教育機関、企業の人事・研修部門など、教育に関わる方に向けた日本最大の展示会となっているのです。
私は、教育のDXをを否定するつもりはありません。特に今は、オンラインでの指導を行っていますので、あらゆるICT機器を試してみました。EDIXにも、何か画期的なものでもないかと期待して足を運ぶのですが、結局は「無駄足」となって疲れた足を引きずって帰ることを繰り返しています。
そこには「生徒目線」「教育目線」がないのです。
「こんな技術を使ったらこんなことができますよ!」という、ICT関連企業のアピールばかりが横溢しています。電子黒板とその派生形が多いですね。しかし、余ったCPUとメモリーのリソースを使って、どうでもいい機能満載で食指が動きません。
すくなくとも私の授業では、秒単位で無駄を排除し、生徒の集中をいかに引き出すかを考えてすすめていますので、「こことここをクリックすると直線がきれいにひける」のはどうでもよいのです。そんなものはフリーハンドで素早く書けばよいのですから。「アーカイブから白地図を呼び出す」機能もいりません。それくらいフリーハンドで書けます。
結局のところ、金儲けの匂いにむらがる企業と、それに翻弄される教育関係者、という図式が成立しているのです。SAPIXの名刺を出そうものなら、その後の営業が物凄いですから。
どうも、教科書のデジタル化には、EDIXで見聞きすることと同じ匂いがします。