中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【中学受験】ミッション系の学校を選ぶ意味

ミッション系の学校は、女子校、それも伝統校に多いですね。

浦和明の星

立教女学院
晃華学園
白百合学園
聖心女子学院
聖ドミニコ学園
雙葉中学
東京純心女子
カリタス女子
聖セシリア女子
聖園女学院
横浜雙葉
恵泉女学園
香蘭女学校
頌栄女子学院
女子学院
女子聖学院
東洋英和女学院
普連土学園
田園調布雙葉
光塩女子学院
清泉女学院
湘南白百合学園
横浜共立
フェリス

ちょっと思い付いただけでもこんなにあります。もちろんこれはほんの一部です。

 

実は、日本の女子教育の歴史は、大きく3つの系譜があるのです。

◆ミッション系

◆職業訓練系

◆教養系

 

職業訓練系とは、女子の自立のために、おもに裁縫を学ぶ学校が多く設立されました。和洋九段や豊島岡がすぐに思い浮かびます。豊島岡は、未だに運針が朝の日課です。

 

教養系は、女子の教育が軽視されがちな時代に高い教養を求めて生徒が集った学校です。跡見の名がすぐに浮かびます。

 

そしてミッション系は、キリスト教の伝道師たちや、そこに共鳴した人々によってつくられました。日本最古の女子校である女子学院とフェリスがどちらもプロテスタントなのには理由があるのですね。

 

さて、生徒・保護者の中には、カトリック・プロテスタント系の学校の教育に不安をお持ちの方もいらっしゃいます。

 

〇厳格な校風なのではないか

〇うちはキリスト教とは無縁の家風なのだが大丈夫なのか

〇聖書教育を受けることで弊害があるのではないか

〇朝の礼拝を強要されるのに抵抗があるのです

 

これに対する私の返事は明快です。

「少しでも気になるのならおやめなさい」

 

キリスト教系の学校は、程度の多少はあれども、聖書に基づいた教育が根幹になっています。時間割には聖書の時間がありますし、朝の礼拝も普通です。自由な校風で知られる女子学院でもそれは同様です。「うちの学校で一番大事なのは英語でも数学でもなくて礼拝だから」とは進学した卒業生の弁でした。

 

しかし、当然のことながら、どの学校も信仰を強制することなどありません。教育の根幹にキリスト教・聖書の考えがあるのであって、聖書の指導は、いわば教養の位置づけだと考えると良いと思います。

 

もっとも、昔の生徒で、カトリック系女子校に進学した生徒は、6年間が暗黒時代だったと愚痴をこぼしていました。せっかく良い学校に進学したのに暗黒? 話を聞くと、とにかくキリスト教の教えに反発しか覚えなかったのだそうです。ロザリオを作らされるのが嫌で嫌でたまらなかったのだとか。

この子が進学してはいけない学校だったのですね。もっともこの子は、他のどの女子校に行ったとしても、同様の嫌悪感を抱いた可能性が高いと思います。ほとんどの学校、とくに女子校は、「意味のわからない」校則など普通にあり、それを守ることを強要されるものですから。この生徒に合う学校は、おそらく麻布か武蔵しかなかったでしょう。不可能ですが。

 

こうしたキリスト教系の学校を卒業して大学生になった教え子にこんな話を聞きました。

少しゆっくり時間をとって、ヨーロッパを回ったのだそうです。いいですね。時間を使った海外旅行など、学生時代でなければなかなかできませんので。

ヨーロッパの都市の多くは、教会・聖堂を中心に発達しています。ケルン大聖堂は町の真ん中、実はケルン中央駅の目の前です。ストラスブール大聖堂も町の中心でしたね。フィレンツェの真ん中にあるのは、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂です。ここのジョットの鐘楼からはフィレンツェの街が一望できます。ただし階段がものすごく大変です。

 さて、この子も、当然、そうした教会・聖堂を見にいくことになります。ある街の聖堂で、日曜のミサをやっていたのだそうです。信者しか参加できないそのミサに、訳を話して参加させてもらったのだとか。「自分は、日本の〇〇派の学校に通っていた」と言って。そして、そこで歌われた讃美歌も周知のものだったので一緒に歌えたのだそうです。

「眠かった礼拝の時間が初めて役にたった」と喜んでいました。

また、ヨーロッパ旅行の醍醐味の一つに、美術館めぐりがありますね。そうした美術館に行かれたことがある方ならおわかりだと思いますが、作品の大半が宗教画ばかりなのです。聖書の一場面を描いた絵が延々続きます。

これは、聖書の素養が無いと、面白くもなんともありません。この子は、そうした宗教画がどの場面を描いたものなのか、ほとんどわかったそうです。とても楽しく美術館を回ることができました。

「眠かった聖書の時間が初めて役に立った」と喜んでいました。

 

欧米の文化を理解するためには、聖書の素養が必要不可欠です。

あとはシェイクスピアですね。この二つは、映画や文学作品に普通に引用される、いわば欧米人の基礎教養なのです。例えば「赤毛のアン」だって、作者のモンゴメリは牧師夫人ですので、随所に聖書の言葉が登場します。

 

しかしこの聖書、誰の案内もなく読むことはなかなか困難です。少なくとも私は、過去に何度もチャレンジしてその都度挫折しました。聖書の解説本を何冊か読んで、何とかお茶を濁しているような状態です。

その点、学校で聖書の授業を受けられるのは羨ましいですね。6年間も授業を受け続ければ、一通り聖書の基礎教養は身に着くことでしょう。

 

もしかして、キリスト教系の学校に通う理由の一つ(功利的な理由ではありますが)は、ここにあるのかもしれません。