
この仕事をしていると、周囲は中学受験を当たり前と考えている人たちばかりです。今さら中学受験の是非を論じる必要はないとつい考えてしまいます。
しかし、東京都全体での受験率は3割弱、全国平均では1割程度です。
どちらがマジョリティかといえば、圧倒的に中学受験をしない子です。中受はあくまでも少数派ですね。
各ご家庭の方針や地域特性等に応じて考えればよいだけの話なのですが、どうも世間には、いまだに中受に対する批判が根強いようなのです。
1.他の習い事との違い
別に統計をとったわけではないのですが、どうもスポーツをやっている子・やらせている家庭への風当たりと、中受をさせる家庭への風当たりには違いがあるような気がします。
早朝から暗くなるまでボールを追いかけているサッカー少年・野球少年にたいして、「あんなに運動ばかりさせて・・・」という批判はめったに聞きません。それなのに、早朝から夜遅くまで勉強している子に対して、「あんなに勉強ばかりさせて・・・」という声のほうが聞こえてくるのです。
これは不思議でなりません。
どちらが子どもの将来につながるかといえば、間違いなく勉強です。
プロ選手を目指させる方もいるでしょうけれど、それはほんの一握りですね。もちろん子どものころの運動習慣は身体を作るというメリットはありますが。
他の習い事はどうでしょう?
バレエやピアノを習う子も多いですが、「あんなにバレエ(ピアノ)ばかりさせて」とは言われなさそうです。
ただし、本気でプロを目指すのなら話は別です。
私のピアノの師匠は、音大を主席で卒業した優秀な方ですが、子ども時代はピアノ一色に染められていたそうです。指を怪我する可能性のあることは一切させてもらえず、家族旅行先にもかならず練習用のピアノが確保されていたのだとか。おそらく周囲からは、「あんなにピアノばかりさせて・・・」と言われていたことでしょう。
2.好きで自発的にやるのか、嫌いなのにやらされているのか
他の習い事と比較してくると、なんとなく見えてくるものがあります。
それは、子ども本人が「好き」で「楽しく」、「自発的」にとりくむのかどうか、という点です。
サッカーが嫌いでやりたくないのに親に無理やりやらされている子もいないでしょうし、バレエが大嫌いなのにバレエ教室にレッスンを受けに行く子もいないでしょう。別にプロを目指すわけでなければ、嫌いならやめればよいだけですから。
しかし勉強はそうはいきません。
小学生(もちろん中高大生も)は勉強しなければならない時期です。本人がどんなに嫌がったところで、勉強させなくてはなりません。それが親の責任というものです。
そうなると、勉強から逃げ出そうとする子どもを机に縛り付け(比喩表現です)、無理やり勉強させることになります。
これが周囲から批判される要因なのでしょう。
親だって大変です。子どもに負い目も感じます。
そこで、いつか子どもが自主的に勉強してくれる時を願うのです。
「うちの子はいつになったら『自発的に勉強するスイッチ』が入るのか?」
よく聞く愚痴ですね。
しかし、子どもにはそんな便利なスイッチなどついていません。ごくまれに、放っておいてもひとりで勉強する、勉強が大好きな子どももいますが、本当に少数です。私のSAPIX35年以上の経験の中でも、ほんの少ししかいませんでした。もちろん好きな科目は自分から積極的に勉強する子などたくさんいましたが、4科目全てでそうした意欲を見せる子はなかなかいないのです。
3.やっかむ気持ちも
他人の成功とそのための努力について、素直に賞賛する心を持ちたいと思いますが、なかなか難しいですね。どうしても心の奥に、嫉妬する気持ち、妬む気持ち、やっかむ気持ちが蠢きます。
それが中学受験に対する批判につながることも理解できます。
4.他人は他人、自分は自分
周囲からどう思われているのか。
日本の文化は、この感覚が根強い文化だと思います。
このこと自体はけっして悪いことではありません。むしろ日本人の美徳に直結しています。
しかし、こと中学受験に関しては、この感覚はいったん凍結することをお勧めします。
周囲からどう思われようと、子どもの未来のために、家庭方針を貫くべきなのです。
そのためにも、受験が近くなる6年生くらいからは、ママ友づきあいやSNSも控えめにすべきだというのが私からのアドバイスです。