元SAPIX 中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【中学受験】鶏口VS牛後

「鶏口となるも牛後となるなかれ」

志望校選びのご相談を受けているとこの問題にぶつかります。

そもそもの意味

中国の歴史書『史記』の「蘇秦伝」に出てきます。

紀元前4世紀の戦国時代の中国、強大な秦と、小国の韓・魏・趙・楚・燕・斉 が争っていました。蘇秦は「縦横家」の一人です。「縦横家」とは、まあおのれの弁舌の才のみを武器として諸国をめぐり立身出世をはかる外交策略家のようなものですね。彼は「大国である秦に従うより、独立国として連合して秦に対抗すべきだ」と説き、同盟を組ませて秦に15年間抵抗する同盟(合従)を維持しました。6か国の大臣を兼任したそうです。縦横家は、諸子百家の中でも、理想の実現を求めたわけではなく、どちらかといえば利己的な目的から弁舌を振るったようですね。

 

以二有レ尽之地一、而逆二無レ已之求一。此所謂市レ怨結レ禍者也。不レ戦而地已削矣。臣聞、鄙諺曰、寧為二鶏口一、無レ為二牛後一。

 

「終わり(限界)のある土地をもって、相手の終わりのない(底なしの)要求に応じようとする。これこそが、いわゆる怨みを買い、わざわいを招くというものです。戦いもしないうちから、土地はすでに削られてしまいます。私は、世間のことわざに「むしろ鶏の口(頭)になるとも、牛の尻(後ろ)になって付き従うな」と言われているのを聞いております。」

こういって渋る韓の王を説得しました。これを読むと、蘇秦以前にすでにこのことわざがあるようですが、そこまでは私も未確認です。何せ縦横家ですから、「そう世間では言われているのです」くらいの嘘は言いそうな気もします。

 

現代では、「大きな組織の末端にいるより、小さな組織のトップのほうがよい」というくらいの軽い意味で用いられていますね。

 

鶏口牛後の学校選び

志望校の相談ではこう使われます。

「うちの子の学力でギリギリ合格できるA中学に入ったとしても、きっと成績は最下位グループですよね。それくらいなら、うちの子の成績で楽に合格できるB中学に進学して、トップグループにいたほうがよくないですか?」

 

これは、完全に間違っています。

この考えが成立するためには、この生徒がA中学にギリギリの成績で合格後も、ずっと最下位の成績にいるはずだ、という前提が必要です。

しかし、どの中学校の先生も必ずこう言います。

「入学時の成績と卒業時の成績はリンクしない」

つまり、中学進学後の成績は、その後の努力次第でシャッフルされる、ということなのです。

私の見てきたところによると、開成・桜蔭・麻布・女子学院・筑駒等の最難関トップ校については、とんでもない青天井に学力の高い層が存在します。おそらく中学受験の際の成績もトップで、そのまま大学まで突き進む子たちです。過去にそうした生徒を大勢指導してきました。(そうした生徒の指導ができるのもSAPIXの醍醐味でしたね。小学生時代には算数オリンピックのメダリスト、そののちは数学オリンピックでメダルを取り、そのままアメリカの大学で数学者になるような生徒もいたのです。そういえば、私は指導していませんが、開成から東大に行き、ピアニストになった彼もSAPIX出身ではなかったかな?)

このようなごく一部の能力青天井突破組を除くと、あとは努力で進学した生徒たちです。この子たちの間にそこまでの学力差はありません。進学後も努力をし続けるかどうかが大切です。

 

このような最難関トップ校を除くと、多くの学校では、そこまでとんでもない優秀層は多くはいません。なぜなら、そうした層はさらに上の学校を受験してそちらに抜けていくからです。同様の理由で、「なぜこの学校に進学できた?」と首をかしげたくなるような層もほとんどいません。「奇跡の逆転合格」などないのです。つまり、進学者の入学時の学力差はそこまで広くはないのです。

したがって、「牛後となる」ことを心配するのは愚かです。進学後、というよりは2月の合格後からの日々の過ごし方でその後の学力は決まります。

 

鶏口になれるかどうかも、実はわかりません。

そもそも「レベルを落としたからきっとわが子ならトップだ」と思うとすると、それは不遜です。どの学校にも、成績や偏差値ではなく、その学校を気に入って進学した生徒が必ずいるのです。学力的にはもっと上の学校を目指してもよかったはずなのに、「気に入った」から進学した生徒です。

こうした生徒たちの学力は侮れません。

また、「帰国生」の存在も不気味です。

一般に英語力だけを評価されて合格してきたように思われがちですが、異国の恵まれない教育環境の中で、日本の中学受験を目指して並大抵でない努力をはらってきた子たちが必ずいるのです。

きっとトップをとれると思って「余裕の」進学をしてみたら、実は成績は真ん中くらいだった、と言う話をよく聞きます。

 

つまり、「鶏口牛後」が成立するための前提がそもそも間違っています。

 

合格後のことなど今から心配するより、本当に進学したい学校に受かることだけを考えるべきだと思います。