
長年この世界で仕事をしていると、塾の集客戦略について詳しくなりました。
今回はそうした集客戦略の内幕を紹介します。
特定の塾を貶める意図はありません。また、全て私が直接・間接に耳にした実話ですが、さすがに洒落にならないので、塾を特定されないようぼかして書いています。
A個別指導塾のケース
私がとある校舎の責任者(室長)をしていたときのことです。
母親から強いクレームを受けたのですね。
「どうしてうちの子の個人情報をA個別指導塾に漏らしたのですか!!」
まったく意味がわからなかったのですが、何とか聞き出した話を整理するとこういうことでした。
A個別指導塾から勧誘の電話が入ったのだそうです。その時こう言われたのですね。
「お子さんはSAPIXにお通いですね。でも算数が苦戦しているようです。SAPIXの指導だけでは理解できていないのですよ。うちにはSAPIXの教師も大勢所属していますので、そのあたりの事情は詳しいのです。うちの個別指導を併用すれば、デイリーチェックテストやマンスリーテストの高得点をお約束できますよ。実はSAPIXの生徒が大勢うちに通っているのです」
「なんでうちの子の成績についてそこまで知っている!」
というお怒りでした。
実は、これは、全て嘘なのです。
A個別指導塾には、SAPIXの教師は一人も所属していませんし、SAPIXから移籍した教師もいません。SAPIXの生徒が大勢通っているというのももちろん嘘です。
すべてが勧誘(引き抜き)を目的とした営業トークだったのです。
たまたま私の知人に、A個別指導塾で長年仕事をしていた人間がいたので、内部事情はわかっていました。
A塾には、勧誘専門チームがいます。新規に校舎を開くと、そこにこの特殊部隊がやってくるのです。
1か月で生徒をかき集め、そしてまた別の新規開校校舎に派遣されていきます。いわば勧誘のプロ集団ですね。その勧誘手段は、合法ギリギリではあっても、完全にモラルに反したやり方でした。
その地域の小学校の生徒名簿を入手し(今では考えられませんが、その当時では闇ルートで売買されていたのです)、かたっぱしから電話勧誘を行います。そして生徒を入塾させると、今度はその子を通じて、SAPIXに通っているお友達の名前を聞き出すのです。そして冒頭の電話と相成るのです。
もちろん勧誘した生徒が算数が苦手というのも、あてずっぽうに過ぎません。大半の生徒が算数に苦手意識を持っていることを利用した詐欺トークなのです。まるで占い師のトークのようですね。
さらに、過去の生徒を通じて、デイリーチェックテスト(毎回の授業で行う小テスト)やマンスリーテスト(試験範囲の決まった月例テスト)、さらにはテキストのバックナンバーをストックしています。メルカリやヤフオクも駆使して揃えているそうです。
SAPIXでは教材の前渡しは禁じています。授業が最初、それから教材を家で復習というスタイルを堅持しているのです。
しかし、A個別指導塾に行くと、全ての教材のバックナンバーが揃っているので、予習がいくらでも可能です。
そうすると、日ごろの小テストやマンスリーテストの成績は上がります。しかしこれは真の実力を反映していません。ごまかしの高得点に過ぎないのです。
職員室ではこうした会話が交わされています。
「最近B君のデイリーチェックの点数がやけに高いんだけど、どうしたのかな? 授業中の質問にはほとんど答えられないのに、デイリーだけ満点なんだよ」
「B君は上の兄弟が通っていましたか?」
「いや、B君は一人っ子のはずだ」
「ああ、それなら、おそらくA個別指導塾に通いはじめたのでしょう。あそこに通うようになると本当の学力がついていないのに、みかけの点数だけはとれるので、志望校選択に失敗するのですけれどね」
幸い私の校舎では、私を含め教師たちの実力も信頼も厚かったせいで、生徒はほとんど取られずにすみました。そのかわり、普通なら1か月で他所に行くはずの勧誘特殊部隊が3か月以上も居座って迷惑したものです。
B塾のケース
この塾は、合格実績を上げることに全力を注いでいます。それ自体は当たり前、というより塾としてはあるべき姿です。
しかしB塾は、「自前で育てて合格」させることより、「他塾の優秀な生徒の実績を盗む」ことに力を注いでいたのです。
その手口はこうでした。
①無料公開テストで釣る
無料テストですから、多くの生徒が「気軽」に受験します。ここで、成績優秀者の個人情報を収集するのです。学年・在籍小学校・氏名・連絡先、そして通っている塾と志望校。これらの情報が簡単に集まります。
②入試終了後に電話が入る
受験が終了した直後に、B塾の教師陣は電話の前に張り付いて「仕事」をします。過去に無料模試を受験した生徒宅に片っ端から電話をかけて、合格校を聞き出すのです。
さらに「うちの合格者一覧に名前を載せませんんか?」と誘います。
新聞折込チラシに合格者の氏名が一覧で載せられていた、牧歌的な時代の話です。今からは考えられない緩い時代だったのですね。生徒たちも、「あそこに名前を載せる!」と張り切っていた時代でした。
さて、この電話に応じる家庭がいるのか? と思いますが、けっこう釣れたそうです。合格直後の浮かれた精神状態に付け込まれてしまうのですね。「まあ、無料でテストを受けさせてもらえたことは事実だし」「別にこちらが損するわけでもないし。むしろ広く自慢できるのはちょっと嬉しい」そういった心理です。
しかし、中には「名前はちょっと」と断る家庭もあります。こちらが正常です。
その場合は、「名前を一文字変えて載せませんんか?」と粘ります。
・正直にフルネームで載せる
・名前の一部を変える
・小学校名を変える
・イニシャルにする
・全くの偽名に変える
ここまで粘ります。
そしてここが恐ろしいところなのですが、このそれぞれの成功した段階に応じて、電話をかけた社員に報奨金が支払われるのです。フルネームを獲得した場合はいくら、イニシャルの場合はいくら、といった具合ですね。
私も、自分が教えていた生徒(そしてB塾には通っていなかった生徒)の氏名をそのチラシでずいぶん見つけました。
それにしても、入試の合格発表直後は、塾の教師にとって最も大切で、かつやりたくない仕事をしなくてはならない時期なのです。
それは、受験結果が思わしくなかった生徒への対応です。
受験期間中は、毎日のように連絡をとりながら、翌日の入試に向けて励ましたり、緊急に受験校変更の相談をしたりします。
それが一段落しても、不本意な進学となった生徒、全滅してしまった生徒、そうした生徒たちをなぐさめ、はげまし、次に向かう気持ちをもたせる仕事が待っています。
正直言って、一年で最もやりたくない仕事です。
電話口で泣いている生徒、泣いている母親をなぐさめるのですから。しかし、すでに塾を卒業した生徒だとはいえ、そこまでケアするのは当然の誠意だと思います。
このB塾は、そうした仕事などせずに、全力で他塾の合格実績を盗む仕事をしているのですね。
さて、時代は変わり、さすがに電話1本で合格実績を盗みづらくなりました。そこでこのB塾は作戦を変更します。
③格安個別指導or特別指導に勧誘する
もちろん勧誘するのは、無料テストで成績が優秀だった生徒だけです。
「おたくのお子さんのために、4科目のベテラン講師によるタスクフォースをつくり、お子さんの最寄りのうちの校舎で格安の個別指導を受けられるようにしました」
これは実際にこの勧誘を受けた生徒の母親から聞きました。
とにかく、「入塾書類」を提出させ、規定の指導時間さえクリアしてしまえば、その生徒の実績をそっくり手柄にできるというわけです。
それだけ優秀なベテラン教師をSAPIXの生徒のために集結させてしまえば、その塾に所属している他の生徒への指導は手薄になるのは道理です。
このB塾、姿勢はぶれていません。
こんな仕事をさせられる教師はどう思っているのだろう?
知人のB塾の教師にこう言われました。
「一度でもうちの授業をうけたら、もううちの生徒です!」
言い切りましたね。どうやら社員の統率にも長けた塾のようでした
金で釣る
入塾金免除、授業料半額、無料1か月体験授業、特待生制度、もちろん無料テスト。
こうした「無料」「格安」「お得」を武器として集客する塾はたくさんあります。むしろマジョリティです。SAPIXのように、入塾テストすら有料にしている塾のほうが珍しいでしょう。
それにしても、こうした「無料」のサービスの原資はどうなっているのか、少し考えればわかりそうなものですが。
その塾に通っている生徒が支払う「授業料」が原資です。
つまり、支払ったお金が「授業」のためには使われていないのです。
私だったら絶対に納得しませんが、みなさんよく納得していますね。
ところで、SAPIXが無料体験授業をしていないのには理由が二つあります。
適正なサービスには適正な対価がともなう。
当然の考え方をしているのです。
そしてもう一つ。現在通塾している生徒の方を大切にするからです。
無料だろうが有料だろうが、「体験」授業の生徒が教室内にいることは、他の生徒にとってプラスにはなりません。むしろマイナスでしかないのです。
教師は「体験授業」を受けている生徒をお客様扱いせざるをえませんので、授業スタイルもそうしたものに変えるしかありません。他の生徒の集中力だってそがれます。「あいつ、だれ?」と思うだけでも無駄ですよね。
つまり、通っている生徒にとっていいことは一つもない体験授業をやらない、という見識です。
入室テストの際に、ちょっとした「体験授業」を設けているだけです。これは、外部の生徒だけに30分程度の授業を体験してもらうものですので、内部の生徒には悪影響はありません。