元SAPIX 中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

プロとアマチュアの差について、受験業界で見る景色

最近、プロとアマチュアの差がなくなってきたと感じます。

「プロ」がプロらしい仕事ができず、「アマチュア」が勝手にプロを名乗る、そんな風潮が感じられるのです。

とくに私が生息する受験業界について顕著です。

プロとアマチュア

一般には、報酬を得るか得ないか、で区分されますね。

しかしそれでは、学生の家庭教師アルバイトまで「プロ」になっていまいます。

そこで、基本定義としては、「それで生計を立てている」としましょう。

その仕事で生活しているのなら「プロ」、そうでないのなら「アマチュア」です。

それをベースとして、「受験のプロ」を再定義します。

 

受験のプロを名乗る資格

私はおこがましくも「中学受験のプロ」を自称しています。

そう名乗る根拠は、経験値の多さです。これでも、35年にわたりSAPIXで中学受験の現場を走り続け、SAPIXを牽引してきた自負がありますので。

そこで、「受験のプロ」を名乗るために必要な条件を3つに整理してみました。

(1)経験値

これは、シンプルに、指導人数の多さで積みあがります。

例えばSAPIXに入社した新入社員の講師を想定します。

火・・・小6ABCコース担当:15人×3コース

水・・・小5CDコース担当:15人×2コース

木・・・小6DEFコース担当:15人×3コース

金・・・小4ABCコース担当:15人×3コース

土・・・小6志望校別コース担当:15人×4コース

これくらい担当するのは普通ですね。

延べ指導人数が225名となります。

実際には、1クラスの生徒人数はmax20名なので、それで計算すると300名になりますが、小規模校舎の場合は1クラス10名の場合もあるでしょう。さらに、6年生の土曜特訓の授業では、火・木で教えていたのと同じ生徒たちも大勢含まれます。

平均すれば、だいたい一人の教師が年間に指導する生徒の人数は、ダブりをカウントしなければ150名くらいはいるとみてよいでしょう。

毎年150名の生徒の指導に必死に取り組む、そんな生活を6年続けます。

なぜ6年かといえば、4年生から担当した生徒を3年間指導して、その生徒が受験を迎えるのに3年かかる、それを2周するのに6年かかるからです。

150人×6年で900名の指導経験が積みあがりました。

このあたりで「プロ」を自称する資格が生じる、というのが私の考えです。

 

もちろん新人講師研修の際には、「お金をもらっている以上甘えは許されない。プロとしての自覚を持って仕事をしなさい」とは指導します。

生徒を指導することで生計をたてている以上、プロには違いないのですが、まだまだプロを名乗れるレベルとはいえませんね。

最低でも900名、できれば1000名くらいは指導して初めて「プロ」を名乗る資格が生じると思います。

 

(2)仕事の質

ただ漫然と年数を経れば「プロ」になれるわけではありません。

入試問題の研究をかかさず、学校訪問も積極的に行い、保護者への対応も的確に行う。これがなければ「プロ」とはいえません。

入試問題については、毎年最低でも100本は解かないとダメですね。それを怠る者は教師失格です。

 

(3)実績

 この「実績」とは、「私の指導で開成中に〇〇名合格させた!」ではありません。多くの「自称プロ講師」がこの点で間違っています。

合格は生徒個人の手柄、そしてそれを支えた家庭の力です。我々塾教師、まして一科目の一人の教師の力で合格させたわけではありません。

私がSAPIXの中途採用講師の採用を担当していた当時、多くの「他塾のベテラン講師」が応募してきました。そこで、職務経歴書や面談で「私は開成に〇〇名合格させました」とあるような応募者は採用しませんでしたね。明らかに「勘違い」しているからです。

教師の実績は、いかに生徒の学力を伸ばしたか、これに尽きます。

「先生に教えてもらうようになってから社会科が好きで得意になった」

「先生のおかげで社会の成績が上がった」

こうした声の蓄積が、「実績」です。

 

これら「経験値」「仕事の質」「実績」の3つを兼ね備えてはじめて「プロ」を名乗って良いと思っています。

 

似非プロに注意

残念ながら、塾の教師には何の資格も必要ありませんし、誰もが明日から「プロ」を名乗れる世界です。

参入障壁が低い業界(それゆえ撤退率も高い)です。

しかし、わが子を預ける保護者の立場としては、「似非プロ」にはあたりたくないですよね。

そこで、注意したほうがよさそうなケースをいくつかあげましょう。

(1)プロ家庭教師

 プロ家庭教師は本当に玉石混交です。ただ共通しているのは、「経験値が低い」ことなのです。一人の家庭教師が指導できる人数には限界があります。これは構造的な問題ですのでやむを得ないのです。

 したがって、プロ家庭教師を評価する軸は、「経験値」ではなく、「人柄」になります。「開成と桜蔭に〇〇名私が合格させました!」という人物より、「丁寧に子どもの弱点に向き合い長所を伸ばしましょう」という人物のほうがいいですね。より「信頼できる」人物を選びましょう。

(2)個別指導

 家庭教師と全く状況は同じです。人柄=信頼性重視です。

私もオンライン個別指導を行っています。私の場合はSAPIXでの指導経験がベースですので指導人数も数千名に達するのですが、まずは私の人柄を信頼してくださることが大事だと思っています。

lws.peter-lws.net

 

(3)元SAPIXを名乗る

 「元SAPIX」を名乗る方もいますね。もちろん私もそうですが。

しかし残念ながら、SAPIX内部で長年講師の研修や採用を担当していた私ですら全く知らない方ばかりです。学生アルバイト講師を1~2年やった程度で「元SAPIX講師」を名乗る、お顔の皮がとても厚い方もみかけますね。

そういえば、以前にとある個別指導塾の広告を見て驚いたことがありました。そこでは指導教師の紹介ページにこういう「元sapix」の先生が紹介されていました。

「当塾の塾長が長年かけてやっと口説き落とした先生です。SAPIXでは開成コース・桜蔭コースを担当していたまさに国語のプロ」

まあだいたいこういった文言でしたでしょうか。しかし残念なことに、この先生は、開成・桜蔭コースどころか6年生も担当できなかった先生でした。

それにしても、「元日能研」「元早稲田アカデミー」といった方はあまり見かけないのが不思議です。それだけ「SAPIX」が世間に認知されてきたのなら嬉しいですが。

 

(4)受験生の親

「自分の子どもを2人中学受験させて最難関校に合格させました!」

こうした文言で、家庭教師・個別指導・受験コンサル等をされたり本を書いている方もよくいらっしゃいますね。

私なら全く信用しません。

たった1名か2名の経験、実績では、いくらなんでも「プロ」ではありませんので。

なかには、「現在中学受験のわが子を指導中」という肩書まで見かけるのはびっくりです。

 

無知の知

ソクラテスの思想です。

この思想の由来はこうなっています。

ある時、ソクラテスの友人がデルフォイの信託所で「ソクラテスより賢い者はいるのか」を尋ねたところ、巫女は「ソクラテスより賢い人間はいない」と答えました。

これに驚いたソクラテスは「賢者」とされていた政治家や詩人たちなどを訪ね歩き、問答を通じて自分より賢いものを見つけようとしたがいません。そしてソクラテスは気づいた。

「賢者」の彼らは、実際に知恵がないのに「ある」と思い込んでいるだけだ。だが自分は自分が「知らない」ことを自覚している。その点において彼らより少しだけましである。

「無知の知」として知られていますが、正しくは「不知の自覚」ですね。

 

私も「中学受験のプロ」を名乗って偉そうに語ってはいけないのですね。

まだまだ「無知」であることを自覚し、精進し続けなくてはならないと自戒します。

そもそも「無知の知」の解釈だってだいぶ怪しいものです。

ソクラテス先生、すいません。