
低学年(小学1年~3年)の間は、何をどくれくらい勉強すればいいのでしょうか?
低学年の位置づけ
中学受験に向けたカリキュラムは、小4からスタートします。どの塾のカリキュラムもそうなっています。
これには理由があります。
1.頭脳の発達と歩調を合わせている
2.受験日から逆算してカリキュラムを組み立てる
3.他の塾と横並びにしないと集客上問題がある
あまりに早くから受験カリキュラムを初めても、低学年ではついてこれません。また、「小1ではまだ早いでしょ」という保護者の本音もあります。さらに、独自カリキュラムで突き進むと、他の塾から転塾しづらい、つまり集客に支障が出るのです。
そう考えると、「中学受験のための塾は、小4からで十分」という理屈が成り立ちます。
その通りです。
中学受験のカリキュラム学習は小4からがスタートです。
それでは、低学年のうちから中学受験塾に通う意味はないのでしょうか?
これは、YES&NOですね。
低学年のうちにやるべき勉強はあります。それを家庭でできるのなら、塾は不要です。家庭ではできないのなら、塾を頼るのもよいでしょう。
低学年で学ぶべきこと
塾に行こうと行くまいと、やるべきことはきまっています。
◆小1・小2
この段階では、まずは計算と漢字が大切ですが、それくらいはみなさん普通にやっていますね。小学校の学習範囲を1年~2年くらい先取りしてやっているはずです。
計算も漢字も「トレーニング」ですので、どんな教材を使おうと大差ありません。書店に行くと、「小学2年生漢字練習」「計算練習」といったタイトルのドリルがいくらでも売られています。適当なものを買ってきて毎日時間を決めてやらせましょう。
ここで、「学年先取り」で漢字をやる理由は、読書をさせたいことにあります。
さすがに絵本は卒業させたいので、「児童文学」の中から良いものを探して読ませたいのですが、漢字が読めないと話になりません。
かといって、「読み聞かせ」は卒業する時期です。自分で文字を追って文章が読めるのに、親が読んで聞かせる必要はありません。
計算ドリルだけではあまりにもつまらないですね。簡単な算数の問題にチャレンジしても良いと思います。ただし、いわゆる「受験算数」の必要はありません。パズル的なおもしろそうな問題集をやらせるくらいでよいでしょう。
ただし、これによって算数的な思考力を育てようなどと大それたことを考えてはいけません。あくまでも数字に親しむといったレベルで十分です。
◆小3
やっと、多少は歯ごたえのあるものに取り組めます。
ここから、理科・社会をはじめましょう。
ここで学ぶ理科・社会は、小4からの学習にスムーズにつなげることと、理科・社会の面白さを体感してもらうことが目標です。
私がSAPIXの教科責任者時代に、小3の社会科カリキュラムを作った際にはこんなコンセプトをかかげました。
「教室で疑似日本旅行」
日本地理を学ぶのなら、理想は実際に現地に行くことですね。それもただの観光旅行ではなく、私が子供たちを引率して、「どうしてこの盆地ではブドウの栽培がさかんなんだろうね?」「なぜここにはこんな工場が集まっているのかな?」などと考えさせる旅行になるはずです。実際にはこれは不可能ですので、教室の中で疑似旅行をするつもりのカリキュラムをつくりました。1年かけて47都道府県を旅してまわるつもりのカリキュラムとしたのです。「受験」を離れて自由に作るテキスト作りはおもしろかったですね。
(某塾の小3のカリキュラムを見たら、私が作ったカリキュラムとほとんど同じだったことに驚きました。まあ誰もが考えつきそうなカリキュラムということなのでしょう。もっとも、某塾のほうが後出しですが)
低学年の目標
3つの目標があります。
(1)家庭学習習慣をつける
(2)小4からの学習にスムーズにつなげる
(3)勉強の面白さを味わう
重要な順になっています。
「勉強するのが当たり前」という環境を作ってほしいのです。
ここをきちんとしておかないと、6年生になってまで、「勉強やりたくない!」といった意味不明のわがままが発露されることになります。
勉強は、やりたいからやる、やりたくないからやらない、という次元のものではありません。
やらなければならないからやるものです。
洗顔や歯磨きを面倒くさがる幼児は多いですね。だからといって、「歯磨きは楽しいね!」などと演出しましたか?
生徒から「風呂キャン」という言葉を教えてもらいました。「風呂キャンセル界隈」の略語なのだとか。気分が乗らない、面倒だから風呂に入らない。ありえないですね。
中学受験をしようとしまいと、小学生(&中高生)は勉強するものです。例外はあり得ません。
しかし、「まだ早いよね」「低学年のうちはのびのびと」という謎の方針のもと、自由に遊ばせていて、小4になってから「さあ勉強!」ではいけないのです。
しかし、多くの低学年の指導で間違っているのは、勉強の楽しさを優先することにあると思います。
「楽しいからやる」勉強は、「楽しくないからやらない」にすぐに転換するのです。