
前々回の記事で、塾選びで迷った場合の3つの目安についてこう書きました。
◆家からの距離
◆拘束時間(の少なさ)
◆まじめさ(誠実さ)
このうち、家からの距離や拘束時間については客観的な指標としてわかりやすいのですが、「まじめさ(誠実さ)」については、曖昧すぎますね。
そこで今回は、塾&塾教師における「まじめさ(誠実さ)」について書いてみたいと思います。
※ここで書くのは、私が35年におよぶSAPIX生活で考え、講師研修で意識していたことになります。「塾なんて合格させてくれさえすればそれでいい」「塾講師に誠実さは求めない」という方はどうか読まずに飛ばしてください。
教師の人間性
塾といえども授業は人と人との関係で成り立ちます。たとえどんなに授業が手練れていても、人間として「?」がつく教師には、子どもは教えてほしくはないですよね。
ただ、これが少々難しいのです。
そもそも「人間性」も定義しづらいですね。
まあ「まじめさ」「良識がある」「信頼できそう」「きちんとしている」といったあたりでしょうか。
しかし、授業の魅力というのはそれだけでは語れない側面もあるのです。
算数や理科はともかくとして、国語と社会については、いろいろ人生で寄り道をしてきた人間のほうが、授業に幅というか奥行というものが出ることがよくあるのです。なんというか、誰もが歩んできたまっすぐな道があるとすると、そこから少しはみ出し気味の人間のほうが魅力的なことってありますよね。
そうはいっても、大切な子どもを預けるのですから、最低限の良識は備えていて欲しいと思います。
まあ私が偉そうに言えるセリフではありませんが。
保護者目線で教師の「人間性」をチェックするのなら、言葉遣いが一番わかりやすいでしょう。
生徒だって子どもといえども一個の人格として尊重する姿勢がなければ、教師失格です。
私の大嫌いなのは、生徒への言葉遣いが乱暴な教師です。生徒を「お前ら」呼ばわりしたり、怒鳴ったり、ののしったり。そうすることで自分が「偉い」と勘違いでもするのでしょうか。下品な言葉遣いの教師ほど実力が無いものです。私がよく研修で話していたのは、「保護者が教室の後ろに立って授業を見学している状況でする授業と普段の授業が同じでなければならない」というものでした。親に見せられないようなスタイルの授業では困りますので。
営業臭がしない
塾も商売ですから、より多くの生徒、より多くの収益を求めるのは仕方がありません。しかし、そもそも「教育」と「商売」は相いれない概念なのです。そういえば江戸時代の「寺子屋」も決められた授業料のようなものはなかったそうですね。通う子の家庭の余裕に応じて、先生へ「謝礼」を支払ったのだとか。ある意味これが理想です。
多くの塾では、現場担当者に「収益を上げる」ことを求めます。オプション講座や講習取得率によって賞与の査定が決まるところもあります。塾の教師だって企業の社員にすぎませんので、上からの命令には逆らえません。熱心に営業努力をするしかない立場なのです。
それでも、良心的な教師はそのあたりを上手にかわします。
「先生、この算数特訓講座は、やはり追加してとらないとダメなのですか?」
「ああ、これは余裕のある生徒向けですよ。タロウ君なら、今の授業と教材をきちんと学ぶだけで十分でしょう」
「先生、系列の個別指導の案内をもらいましたが、やはりみなさん併用しているのでしょうか。集団指導だけでは合格できないと聞いたのです」
「ああ、それはデマですね。集団指導の授業をきちんと受講すれば必ず実力はつきます。ここだけの話ですが、余計なお金を使うくらいなら、中学に進学した後のためにとっておきましょう」
こんな先生なら信頼できるというものです。
反対に、親の不安を煽って多くの講座をとらせようとする教師は信頼できませんし、それを社員に強要する塾も同様です。
ちなみにSAPIXは伝統的にこうした営業を教師にはいいっさい求めません。教師はただひたすら良い授業をすることだけを(&良いテストと教材を作ることを)求められるのです。
予習にかける
私の経験上、1コマの授業の予習には最低でも3時間以上はかかります。これはベテランになった私の場合です。そもそもSAPIXのテキストはかつて自分が教科責任者時代に作ったものですので目を瞑っていても授業できるほど熟知しているのです。それでも毎回新たな気持ちで予習しなおします。気が付けば5時間以上予習しているのも普通です。
SAPIXの場合は、「復習主義」のため、テキストは毎回1冊使用します。周囲を見ていると、ボロボロに手ずれした書き込みだらけのテキストを持って授業に臨む先生も多いですね。過去の予習教材を大切に保存しているのでしょう。そうした教師を私は内心軽蔑していました。毎年生徒は変わります。教師だって新たな気持ちで予習しなおすのが生徒に対する最低限の礼儀だと思うのです。また、予習は楽しいのです。毎回新たな発見があり、予習次第で毎年の授業内容も変化します。これを厭う心理がよくわかりません。
みなさんが中高生の時代に、ボロボロになった講義ノートを使って授業をする先生はいませんでしたか? 毎年同じ授業、ギャグまで同じという先生が。そうした先生の授業は楽しかったですか? 退屈にきまっていますよね。
私は、学生時代に某塾で「予習シリーズ」を使った授業をした経験があります。あれは楽でしたね。全く予習しないで教室に入っても、とりあえず「授業らしき」ものが何とかできるからです。もちろんこんな姿勢では教師は全く成長しません。
授業の質は予習で決まります。
教師が「模範解答・解説集」を手にして授業しているような塾は信頼できません。
受験校を無理強いしない
ずいぶん昔ですが、6年生の外部生が12月になってからSAPIXへの入塾希望で訪れたことがあります。この時期の入塾希望者は断ります。指導する時間が少なすぎて、「責任を持った指導」ができないからです。ただ、状況があまりにもかわいそうだったので、室長権限で入塾させました。
この子はK塾に通っていたのですが、最終受験校を決める面談でこう言われたのだそうです。
「お子さんの成績では駒東には届きません。受験しないでください」
どうしてこんな指導をされたのかには訳がありました。
このK塾は、「合格率100%」を売りにして宣伝している塾だったのです。この「合格率」というのは、その塾からの受験者数に対する合格者数の割合です。そう聞くと「すごい!」と思いますよね。もちろんそう思わせるのが目的です。
しかし、この「合格率」は、容易に操作が可能な数字なのです。もうお気づきのように、受かりそうもない生徒を受けさせなければいいのです。つまり分母をしぼってしまえば、いくらでも操作が可能な数字です。
このお母さまは、「どうしても駒東を受けるというのなら、もううちでは指導できませんから」とまで言われてしまいました。
私はK塾のやり方を知っていましたので、義憤に駆られ、涙ながらに訴えるそのお母さまの子どもを引き受けることにしたのです。
結論からいえば、この子は見事に駒東に合格しました。
ちなみにそのK塾は今は存在しません。
当然だと思います。
もし「合格率」を宣伝している塾があればやめたほうがよいと断言できます。
さて、逆に無理やり受験をすすめてくる塾もやめたほうがよいのです。
「お子さんの成績で駒東はもったいない! ぜひ開成にチャレンジしましょう!」
そういわれれば嬉しいですが、ちょっと待ってください。この言葉の真意はどこにあるのでしょうか。
A:本当に開成に合格できるレベル。しかも駒東よりも開成に向いているタイプである。弱気を諫め、ぜひ開成に進学してほしいと願っている。
B:親が不安から開成→駒東に進路変更をした。だが開成に十分届く可能性がある。ここはあきらめない受験をしてほしい。
C:とりあえず開成の合格者を出すためには受験生を増やさないと。ダメ元でどんどんチャレンジさせよう。
AやBなら良いのですが、Cだったら最悪です。
たしかに偏差値では開成>駒東ですし、大学実績も開成>駒東です。しかし両校はそれぞれ違う魅力を持つ学校です。ご家庭の希望や方針もあるでしょう。やたらに「上の偏差値の学校」ばかりを進めてくる塾は信頼できません。
1月校&関西受験をすすめない
まず関西受験について。はっきりいえば、「灘中」の受験です。関西においては「灘」は圧倒的なブランド力があります。灘中の合格者数が1名でも増えることは塾の戦略上重要な意味を持つのです。ただし、灘の試験日は1月の中旬です。2026は1/17・18でした。
たとえば開成を第一志望としている生徒がいて、灘にも合格できるレベルだったとします。塾としてはぜひ灘中の合格実績を稼いでほしいですよね。そこで受験を勧めてくるというケースがあるのです。
しかし、2月1日の本番直前に、関西まで泊りがけで受験に行くのはリスキーです。インフルやコロナ、あるいは環境の変化で体調を壊すかもしれません。どう考えても関西受験はすべきではないでしょうね。
もちろん兵庫県にも家があって、「灘に合格したら進学する」つもりならば話は別ですが。
そういえば、某塾は、無料の灘受験ツアーをやっていました。模試で高成績の生徒だけ、関西まで無料招待なのです。親子の交通費・宿泊費に加えて、現地での特別授業までセットで招待です。なんとも太っ腹な話ですね。SAPIXでも灘ツアーはやっていましたが、こちらは生徒のみでもちろん有料(実費)です。本気で灘を目指し、受かったら進学するつもりの生徒のみが対象です。かたや有料でかたや無料、しかも親の旅費まで出してくれる。残念なことに、SAPIXの生徒も、幾人かそちらに参加してしまいました。もちろん某塾がそこまでお金を出す目的はたった一つです。手段を選ばず合格実績を上げようとするその飽くなき姿勢はいっそ清々しいほどです。
逆に、関西の塾が、開成や麻布の「受験ツアー」を行っていますね。灘に合格した子が「余裕の気持ち」で受けにくるのです。もしかして開成や麻布が本命なのかもしれませんが、そうでない生徒が大半でしょう。これは塾の合格実績稼ぎが目的です。しかしそうだとしても、すでに関西受験は終了しているので、子供たちへのマイナスはありませんから、まだマシだと思います。
1月校の受験については、「受かったら行く気あり」「受かっても行く気なし」で別れます。千葉・埼玉は1月から受験が始まりますので、2月の本番入試の予行演習として東京・神奈川の受験生が受けることが多いのです。
例えばさいたま市の「栄東中」は、10380人の受験者を集め、5996名の合格者を出しています。もちろん6000名が進学したわけではありません。大半が「お試し受験」の受験生です。
私が問題とするのは、「受かっても行く気がない」生徒の1月受験なのです。
これは意味がない、というのが私の持論です。
1月の極寒の時期に、遠い千葉・埼玉まで受験にいくことに何の意味があるのでしょうか。そんな予行演習をしなくても、子供たちは十分に模試でトレーニングを積んできています。
東京の城南エリアや神奈川の受験生に「1月校受験」を進める塾の教師は、この3パターンです。
A:この子はあがり症で気が弱いから、1月で合格させて自信をつけさせることが有効だ。
B:1月校は必ず受けさせるものだ
C:渋谷幕張や市川、東邦大東邦の実績を稼ぎたい
Aのパターンはいいですね。お子さんの性格までも把握しています。
Bは思考停止です。何も考えずに「一月校は受けるもの」と思い込んでいるのでしょう。たぶんこれが多数派だと思います。
Cは最悪ですね。子どもの体調より塾の実績優先です。残念なことにこうした塾・教師も多いのです。
子どもの弱点をはっきりと指摘してくれる
子どもの弱点を指摘されてうれしい親はいません。塾の教師だって本当は褒めてあげたいのです。しかし、弱点ははっきりと指摘しないといつまでたっても克服できません。
逆に、子どもの弱点の指摘しかしないのも困ります。これは「責任転嫁」の論法なのです。保護者会や面談で「ここができていないから家でこれをやってください。あれをやってください。」とすべての責任を家庭に押し付けるような教師は嫌ですね。
学校や合格可能性について断定的な言い方をしない
「〇〇中学は算数さえできれば受かります。タロウ君なら楽勝ですよ」
「●●中学はやめましょう。あの学校は厳しくて受験少年院と呼ばれています」
「お子さんは〇〇中学は受かりませんよ」
「〇〇中学は受ける意味ないですね」
信じられませんが、こんな断定的な物言いをする教師がいるのです。それも少数ではありません。
これは、「断定できる」自分がベテランであると勘違いしているだけなのです。
経験を積めば積むほど、未来にたいして確かなことは言えなくなるものです。
「絶対合格する」と思っていた生徒が落ちる、「受かるはずがない」と思っていた生徒が合格する。そうしたたくさんの経験をしますので。
また、学校の評価・魅力も数字では語れないのです。学校も努力・変化し続けますので。
もしこうした「断定」を多用する塾・教師があれば、やはり信頼できません。
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