
今回は本の宣伝になります。
やっと新しい本を上梓しました。
「短文作成で記述力UP!」
というタイトルです。
前回の記事にも書いたように、記述力は書くことでのみ向上します。
正確に言えば、読むことで知識・語彙・教養を増やし、それを書くことで定着させていく、そうした流れになります。
とくに、語彙の定着には短文作成が最も有効なのです。
少し例をあげてみましょう。
「粉骨砕身」
普段めったに使わない言葉ですね。何か昭和の香りすらします。
当然小学生も普通に読書している程度では出会わない語句です。
これを予備知識なしに子どもに見せたら意味はわかると思いますか?
事故で身体中の骨が折れるという「怖い」想像をしそうなことは容易に想像がつきますね。
そこで「力の限り努力すること」という意味を教えましょう。
生徒:なるほど。骨が砕けるくらいまで努力するって意味なんだね。
私:粉骨砕身を使った短文を作ってみて。
生徒:「僕は勉強を粉骨砕身して合格した」
私:「間違ってはいないけれど、ちょっと違うんだね。この言葉は、自分のためというより他人のために努力するニュアンスで使ったほうがしっくりくるんだ」
生徒:「僕はお母さんの掃除を粉骨砕身手伝った」
私:「それは凄すぎるな。そんなに掃除を頑張らなくてもいいと思うぞ」
生徒:「チームの優勝目指して粉骨砕身努力した」
私:「それだ! この語句は自己犠牲と相性がよい表現なんだ」
もともとこの語句は、「禅林類纂」という、唐代の禅宗の経典に書かれていた言葉です。
粉骨砕身未足酬
一句了然超百億
(私は身を粉にしているが、まだまだ一句だけで百億年の修行を超える価値を持っているお釈迦様に報いるには足りない)
こんな意味になります。
「身を粉にする」も同様の意味ですね。
「朝三暮四」
私:「朝三暮四」の意味は知っているかな?
生徒:なんだっけ。命令がころころ変わるって意味だっけ?
私:ああ、それは「朝令暮改」だね。ちょと短文を作ってみて。
生徒:先生の指示は朝令暮改で困る。
私:正解。でも実際に使ってはだめだよ。それで「朝三暮四」はわかるかな?
生徒:朝に3時間、夜に4時間勉強しなさいってこと?
私:まったく違う。たしかに勉強は大事だが。ヒントをあげよう。サルが関係している。
生徒:サル? その場しのぎのあさはかな考え?
私:それは「猿知恵」
生徒:見え見えなごまかし?
私:それは「猿芝居」
生徒:観阿弥・世阿弥の能楽の元になったやつ
私:それは「猿楽」。もはや慣用句ですらないじゃないか。もしかしてわかってやってる?
生徒:ほんとうにわからないんだよ。
私:昔、宋に狙公という人がいたんだが、お金に困ってしまってね。そこで飼っていいたサルの餌を減らそうとしたんだ。猿に「これからは、トチの実を朝3つ、夕に4つにする」と言ったところ、サルが「それでは少ない!」と怒ってしまった。そこで、「それでは、朝に4つ、夕に3つにしよう」と言ったところ、サルは喜んで納得した。そのことから、「目先の違いにとらわれて結果が同じことに気づかない」「目先の利益にとらわれて全体の利益が見えない」や、「言葉巧みにだますこと」という意味になる。
生徒:おバカなサルだね。
私:それでは短文を作って。
生徒:僕のお母さんは朝三暮四のダイエットをしている。
私:意味がわからないなあ。
生徒:朝食をへらしているけど夕食をたくさん食べているから意味がないと思うんだ。
私:なるほど。実はこの語句は、文章の最後に付け足すかんじで使うとわかりやすいんだ。
生徒:僕のお母さんはダイエットのために朝食を減らしているが夕食をたくさん食べているので朝三暮四だ。
私:正解! でも、お母さんにそれを言ってはだめだぞ。念のためにもう一つ作って。
生徒:毎日の宿題が減って喜んだけど、その代わり夏休みの宿題が増えることに気が付かなかったのは朝三暮四だ。
私:その通り! これでこの語句は君のものになったな。
使いなれない語句の多くは中国の故事に由来していたり、仏教用語だったりします。これらは日常的に使う頻度が少ないので、実際に短文を作ってみないと身につかないのです。
文法的には正しくても使い方や場面が不適切ということがありますので。
以前に出した「ロジカルライティング」では、麻布中を目指す3人の男子生徒を登場させました。教師と3人が掛け合いのように討論しながら、社会問題の記述力を高めていくといった構成です。
今回の「短文作成で記述力UP!」は、ロジカルライティングの入門編の位置づけとして書きました。国語が苦手な3人の女子生徒が登場し、語句の意味を確認しながら短文作成をして、私にダメ出しされる、そんな構成となっています。
この本は、この1冊で記述力が向上するようなものではありません。そんなことは不可能です。この1冊をきっかけとして、短文作成を習慣化させ、記述力向上につなげてほしい、そうした思いで書きました。

