
今回は制服についての話題です。
どこの学校の制服が良いとかそういった話ではありません。
中高生にとって制服のもつ意味や購入の負担について考えてみたいのです。
高額な制服負担
公立中学は、私服が認められている学校は5%程度だそうです。
その場合も、完全私服の学校もあれば、標準服が定められていて私服も可という学校もあります。
都内では、 杉並区立井荻中学校、天沼中学校、神明中学校、富士見丘中学校、練馬区立石神井西中学校などとなっています。神奈川では横浜市立青葉台中学校、岩崎中学校、大磯町立大磯中学校などですね。
こうした中学校の登校風景では、学校指定の体育着(ジャージ)姿が多くみられますので、まあこれも制服?の一種といえるのかもしれません。完全自由の学校はほとんどないと考えてよいでしょう。
実は、昨今、制服の負担が話題となっています。
価格については地域差が大きいのですが、おおむねこうなっています。
制服一式(冬・夏): 約30,000円〜60,000円
ブレザー(単品): 約25,000円〜
スラックス・スカート: 約10,000円〜16,000円
ジャージ・体操服上下: 約12,000円〜
シャツ・ブラウス: 約2,000円〜5,000円
一式そろえると、4万円~7万円もするそうですね。
しかも成長期ですので、同じ制服で3年間いけるかどうかは微妙です。
丈夫に作られているのはわかりますが、私の感覚からすれば、「あのデザインの服でこの金額?」と少々納得がいきませんね。
これには理由があるのです。
公立中学校の生徒数は平均して1学年300名程度です。しかも学校ごとに異なるデザインです。
つまり、制服ビジネスは、毎年300着のサイズ違いの服を商う商売となっているのです。しかも、売れる時期は限定的です。
これ、ロットが小さすぎて普通に考えても儲からないことはすぐにわかります。
それが理由なのか、制服製造メーカーは4社の寡占状態なのだとか。
菅公学生服(カンコー)、トンボ、明石スクールユニフォームカンパニー(富士ヨット)、瀧本(スクールタイガー)が大手4社です。ちなみに、瀧本だけは大阪ですが、残り3社は岡山県に本社があります。岡山の繊維産業は小4で習うことですが、こうして実社会と知識が結びつくのは何かうれしいものですね。そんなことで嬉しいのは私だけ?
こうした事情がわかると、すぐに解決策が浮かびます。
制服を共通化してしまえばよいのです。
神戸モデル
神戸市では、3年前から市立中学校の制服を共通化しました。
「神戸モデル」と呼ばれる標準服を、認定13社が生産しているそうです。
その結果、市内公立中学校の制服価格格差が1.7倍もあったものが解消され、価格も平均で3800円下がりました。
学校ごとの個性は、ワッペンやリボンなどで出しています。
後ろから見るとどの学校の生徒かわからないことをデメリットと感じるのでなければ、実に合理的なやり方ですね。
こうした制服共通化は、福岡市が最初だったそうです。従来の詰襟&セーラー服から制服を変更するタイミングで共通化に踏み切る自治体も増えてきています。
いっそのこと全国で統一すれば、さらに大量生産によって価格が下がります。
もっとも、全国の中学生が同じ制服というのは何か奇妙というか不気味かもしれません。人民服みたいですね。学校教育は地方自治の管轄ですので、地域ごとに統一というくらいが妥当なのでしょう。
ユニクロ制服の行方
4年ほど前に、さいたま市立大宮北高校がユニクロ製品を制服の選択肢に加えたことが大きなニュースになりました。
たしかに、ブレザーとスラックスくらいなら、ユニクロで間に合いますし、品質も悪くない。しかもいつでも買い換えられるのは大きなメリットですね。
従来の制服が5万円程度なのに対して、ユニクロ制服は1.2万円程度です。まさにスケールメリットを実感しますね。そもそもユニクロの低価格は、シンプルなデザインを大量生産することで維持していますので、まさに制服向きです。
しかし、意外なことに追随する学校は現れませんでした。三重県の中学や、来年から栃木の県立中等教育学校が採用するらしいですが、私の知る限りそれくらいです。
もしかして、制服業者と学校の癒着の牙城を切り崩せなかったのか?
下世話な私はすぐにそういうことを考えてしまいます。
実際に、制服営業会社が教員を接待していたニュースもありました。公正取引委員会が異例の調査を行い、もっと公正な競争を促してもいます。
ただし、制服業界には言い分もあるようです。
そもそも儲けがさほど見込めない中、学校への営業も必須であり、学校の要望に応えて短期間で一期に納品しなくてはならず、さらにいつでも買い換え需要に応える必要があり、3年間の耐久性も求められる。たしかに大変そうですね。
ところで大宮北高校では、ユニクロのポロシャツならどの色でもOK、セーターもみとめているそうで、教室は色とりどりとなっているとの報道も見かけました。
それならもはや制服は必要ないのでは?
そう思いますね。
制服の役割
制服の役割は様々です。
〇管理しやすい
〇服装の乱れを指導しやすい
まず挙げられるのが、管理のためという理屈です。例えば学校近くの繁華街を教師がパトロールするのにも、制服姿を探せばよいですし、生徒も制服のまま町を徘徊しづらいということなのです。
また、制服の着崩し方で生徒の生活態度も把握できますね。
〇貧困家庭対策
もし私服だと、「毎日同じ服を着ている」「安い服ばかりだ」といった差別が生まれるという考えです。そこで制服なら、毎日全員が同じ服なので差別が生まれない。
しかしこれは本末転倒ですね。
そもそも誰がどんな服を着ていても、それを理由として「いじめ」「差別」が生まれるようなら、そうした生徒やそれを許容する家庭・教育に問題があるのです。
〇服選びが簡単になる
これは生徒・保護者双方からの声ですね。とりあえず制服を着ていけばよいのですから、服を選ぶ必要がありません。学生の本分は勉強ですから、毎朝着ていく服を考える時間が無駄です。
〇正装になる
結婚式等に出席すると、制服姿の中高生を見かけます。制服は正装ですので、行事で通用します。これば便利です。
〇かわいい・かっこいい
たしかに最近の制服は、とくに女子のそれは可愛らしいものが増えました。
しかし、これらの理由も、あえて制服にこだわる根拠としては希薄に感じます。
そもそも服装の指導は家庭の領分です。学校にその指導まで求めるのは違うと思います。
家庭できちんと中高生にふさわしい服装を指導すればよいだけの話だと思います。それでもなお「華美」「派手」「乱れた」服装で登校する生徒がいるとすれば、それは学校の責任でもなんでもありません。そうした生徒は、たとえ制服があったとしても、着崩したり、あるいは放課後着替えたりするのでしょう。
これについては、制服が無いことで知られる女子学院の院長先生が良いことを言っています。女子学院では1969年に、生徒と学校が徹底的に話し合って制服を廃止したのです。
当時の大島院長は、「服装は本来自由なものであって、通学服も同じこと。自分にふさわしいものを選びとっていくことが大切。このためには規定は邪魔になる」と語ったそうです。さらに、「派手な服装や流行に流される風潮があるとすれば、すでに学校の教育に大きな欠陥があることを示すだけ。服装よりも教育の在り方そのものを反省すべきである」と言い切りました。
なかなか言えないセリフですね。
もっとも私学の制服事情は公立とはまた異なります。
その学校の制服(を着る自分)にあこがれて受験勉強を頑張る生徒もたくさんいますので。
個人的には、制服は一応あるけれど、着るも着ないも生徒の自由、それくらいがちょうどよいと思っています。
実は私自身、制服のない学校に通っていたもので、制服のありがたみがあまりわからないのです。
上でとりあげた女子学院についてはこちらでも書いています。