
今回は、「精神論」の話題です。
基本的に私は「精神論」は好みません。気合と根性だけで合格できるほど中学入試は甘い世界でないことを熟知しているからです。「必勝」のハチマキなど愚かなことだと思っています。やるべき学習をきちんと積み上げた生徒だけが「合格」にたどり着くと思っています。
しかし、そうした理屈では割り切れない事象があることも知っています。
開成から駒東に変更したら
ご存じのように、男子校の最難関といえるのは首都圏では開成中学です。ここを目指して努力する生徒を大勢見てきました。
そして、開成受験生の多くが受験するのが筑駒なのです。
2月1日に開成の受験が行われ、合格発表が2月3日に行われます。
筑駒の入試日は同じく2月3日となっています。
開成受験生の多くが、2月2日には聖光か栄光を受験します。ただし神奈川に出にくい受験生は渋谷幕張か渋谷渋谷を受験します。
もともと開成を志望する生徒は、男子進学校を希望しています。共学校の渋谷渋谷や渋谷幕張の志望者とは少々異なる層なのですが、2日校にはちょうどよい学校がなかなかないのですね。最近は聖光人気が高いので、そちらを受ける生徒も増えました。
さて、1日に開成、2日に聖光を受験すると、3日の筑駒を受験しに行くときには、まだ一つも合格がとれていない状況です。これは勇気がいりますね。下手をすれば3校とも全滅の可能性もあるからです。
そこで、こう考える保護者が出てくるのです。
「1日の開成はやめて駒東にしよう。そうすれば2月2日に駒東の合格発表が確認できる。それで合格していたら安心して3日の筑駒を受ければよい。もし駒東が不合格だったら、3日の筑駒を回避して海城にしよう。」
実に合理的かつもっともな考えですね。
こうして、本来の志望校ではなかった駒東に変更する受験生というのが毎年いるのです。その際には、このような「理由づけ」が行われます。
「もともと開成と筑駒に両方合格したなら筑駒に進ませたかったのだから」
矛盾しています。
こうして開成から駒東に変更した生徒は、のきなみ筑駒には不合格となるのです。
学力的には開成と筑駒の両方に合格してもおかしくなかった子たちなのに。
筑駒の入試問題は、学校のレベルを反映していません。満点勝負の戦いになるのです。つまり、1つのミスが命取りになって合格できない、そうした戦いです。
その際に、前日に駒東の合格を知って「浮かれてしまった」受験生と、まだ合格が一つも出ていない「背水の陣」の受験生では、どちらがミスをしないのか、そうしたことなのだと思います。
開成から麻布に変更したら
手元のSAPIX偏差値表を見ると、開成が68、麻布が60となっていました。
偏差値で6の差は大きいですね。
しかも、一般的な模試では、合格可能性は常に麻布のほうが高く出るはずです。
実は麻布タイプの実力を測る模試はとても少ないのが原因です。
そこで、こう考える方が出てきてしまうのです。
「開成に行かせたかったけれど、うちの子の学力では合格可能性がいつも低くでてしまう。けれど麻布なら80%が何度も出た。麻布だってよい学校だから、開成から麻布に変更しよう」
この変更も、6年生になる前ならともかく、そろそろ願書を準備する年末に行うと悲惨です。
そのまま頑張れば開成に合格してもおかしくなかった子が、麻布に「下げた」結果、麻布にも不合格となる。そうした子も何人も見てきました。
麻布は熱烈なファンの多い学校です。偏差値レベルが届いていない子でも、麻布に進学したい一心で記述特訓を頑張った。そうして合格する子には勝てないのですね。
受験機会が増えたことによる弊害
渋幕や市川など1月受験校の人気が高くなりました。また、午後入試や複数回入試が一般化したことで、受験機会は確実に増えています。今や平均して7校(7回)程度には出願するのは珍しくないのです。
しかし、このことが、第一志望校に対する憧れの気持ちを減らしているのは間違いありません。
まだまだ自己分析もできず、集中力も低い小学生が、その年代では不可能と思われる質・量の勉強をするのが中学受験の世界です。正直に言うと、中学入試は、高校入試と同等かそれ以上の難易度なのです。
その「不可能」とも思われるチャレンジを可能にするのが、「学校に対する憧れの気持ち」なのは間違いありません。「〇〇中学の制服を着たい!」「〇〇中学で6年間過ごしたい!」そうした思いが、あとひとがんばりを生みますし、あと1点につながるのだと思います。
しかし、これだけ受験機会が増えると、「まあA中学がダメでも、B中学もC中学もあるからね」という油断が、親にも子どもにも生じてしまうのです。
親子で「とても気に入った。ぜひ入りたい(入れたい)」と憧れをいだける学校を見いだすことが、中学受験の成功に至る最善の道であることは間違いないでしょう。
教師の能力の問題
新6年生のクラスを新たに担当する2月最初の授業で、私はいつも生徒一人一人に志望校を聞きました。
「第一志望校はどこだ?」
「〇〇中学です」
「そうか。いい学校だ。だが、入るのは難しい。これから一緒に頑張ろう!」
まあ、本人に中学受験生としての自覚を持たせる儀式のようなものですね。もちろん中には自分の志望校がはっきりしない生徒もいます。
「まだ決まってないっていうか・・・」
「そうか。いい学校はたくさんあるから迷うよな。でもなるべく早く決めたほうがいいぞ」
本当なら6年生になる段階で志望校が決まっていないのは問題なのですが。まあこれは本人のせいではなく、ご家庭の責任ですので。春先の保護者会で話せばよいのです。
しかし、ある時を境にこのスタイルはやめました。ある男子生徒の父親からクレームを受けたからです。
「うちの子が皆の前で志望校を言わされて恥をかかされた」
志望校を口にすることが「恥になる」という発想が私にはありませんでした。6年生になると土曜日の「志望校別特訓」の授業も始まります。模試も増えてきます。互いの第一志望校など生徒同士は知っているのです。ライバルというよりは戦友として一緒に切磋琢磨して頑張る雰囲気を作ると、予想以上に合格が出ることを私は知っています。
しかし、残念ながらそうはとらえていただけない以上、生徒に志望校を聞くのはやめることにしました。
それでも、提出していただいた書類により、生徒一人一人の志望校はわかっています。そこで、授業中に意図的に志望校の話題をまぜることは続けました。入試問題の傾向はもちろん、卒業生から聞いた学校のエピソードなどを時おり話してあげるのです。とくに長い授業で生徒がだれているときに、そうした話題をしてあげると生徒の目が輝きます。それで1問でも集中して解く、少しでも授業に集中できればよいのです。
こうした気持ちが前へ進む大きな力になり得るのです。
ただ、そのためには教師の側にも知識とスキルが必要です。無駄話に費やす時間は全くありませんし、そもそも学校の情報に通じていないと話すこともできません。
長い間講師の指導をしてきましたが、年々、教師の授業以外の力量が下がっているような気がします。たぶん忙しすぎて、学校を訪問する時間もとれないのでしょう。