
記述力が何より大切なのは誰もがわかっています。
しかし、どうやって記述力を伸ばしたらよいのか、そこがわからないのです。
「やはり、知識だよな」
「知識だけあっても役に立たないよ。背景までしっかりと理解していないと」
「日本語の文法知識じゃないかな」
「とにかく量を書かないと」
「書き方のパターンを身に着ければ何とかなるものだ」
「記述力なんて、やがて自然に身につくものさ。自分がそうだったし」
「これからは生成AIの時代だから、記述力よりも、それを判断する力のほうが大切だ」
どの意見も正しく、どの意見も間違っています。
明石康氏の講話
だいぶ以前ですが、明石康氏の講話を聴く機会があったのです。明石氏といえば、日本人初の国連職員として国際政治の社会で活躍し、国連事務次長まで上り詰めた人物です。国連事務総長代理としてカンボジアPKOを成功に導いた人物として知られています。「国際人」という定義があるとすれば、まさに第一級の「国際人」です。
「核軍縮」をテーマとして英語で行われた講話に、私は感動しました。
若い頃から世界で活躍していた方ですので、さぞかし流暢な英語を駆使するのだろうと思っていたところ、良い意味で予想を裏切られたのです。
日本人の私にも実に聞き取りやすい発音で、ゆっくり丁寧に話されます。そしてその内容が深い。
どうも我々は、英語のスピーチというと、発音やスピードなどのネイティブなみの流暢さを持ち上げる傾向があるのですが、本当に大切なのは、何を語るのか、その中身であることを再認識させられたのでした。
記述の本質は中身
これは真理です。
どうも「記述力」というと、段落構成や書き方の指導に傾きがちですが、それは違います。まず中身なのです。そしてその「言いたいこと」をどう伝えるか、伝わる文章にするためにはどう書くべきなのか、そのために「形式」が存在します。
多くの生徒たちが、中身も形式もともなっていない文章しか書けません。
したがって、記述力向上の指導というのは、その両方を同時に鍛えていくことが大切になります。
添削指導の効果
すべて文章というものは、読み手が存在します。
学校の課題作文であれば、読み手は担当教師です。
年賀状ならば、読み手は相手ですが、もしかして相手の周囲にいる家族も読むかもしれませんから、そこも意識しなくてはなりません。
日記であっても、読み手として未来の自分が存在します。
そして、入学試験における記述の読み手は、出題者=採点者の先生になります。
そこで、記述の指導の基本は、「読み手の立場からの指導」になるのです。
これが「添削指導」ということになります。
この添削指導については、ただ漢字の間違いを指摘し、文法上の誤りを指摘するだけでは不十分です。
どうしてその書き方では伝わらないのか。
伝わる書き方にするためにはどう直せばよいのか。
どのような知識を書くべきだったのか。
どのような意見にすべきだったのか。
こうした点について、細かく指導することで、同時に教養も高めていかねばなりません。
私が考える「記述添削指導」とはそういうものです。
これを繰り返すことでのみ、記述力は向上します。
添削指導のない記述練習は意味がありません。
例えていえば、英語初習者が、誰にも添削されないで英作文を書いているようなものでしょうか。
正しい単語が使えているのか、文法はどうなのか。
そもそもその内容で合っているのか。
読み手にきちんと意見が伝わっているのか。
誰かが指導しないかぎり、英作文力は伸びませんね。
【お知らせ】
いよいよ、明日(4/1)から新しい指導体制をスタートします。
☆記述添削指導
☆オンライン個別指導
この2本を柱とした指導を行います。
ご興味のある方は、明日のブログでHPのURLも公開しますので、ぜひごらんください。