
私の仕事は「合格請負業」です。
受験が終われば、もう次の受験学年の指導が始まります。
受験が終わった生徒のことは、そこですっぱりと忘れる、とはいきませんが、考える余裕はなくなります。まあ時折、授業中に「そういえば、去年のあの生徒もここで同じ間違いをしたなあ」とか、「あの子でも〇〇中に合格できたのだから、この生徒も行けるかも」などと思い起す程度です。
また生徒もさっぱりとしたものです。
たまに顔を出す子もいますが、それも夏までです。
中2にもなれば、それっきり、そういう子が大半です。
でも、それでいいのです。塾の教師は「恩師」にはなり得ないのですから。
それでも、たまに顔を出す生徒を見ていて、あることに気づきました。
受験指導をしていたときに、手がかかった子ほど来ないのですね。あの頃は毎日のように質問に来たり、ただ愚痴を言いにきたりと世話をやかせた子ほど、受験の後はそれっきり音沙汰がないのです。ところが、授業中目立たず、さほど印象に強く残らなかった生徒のほうが、なぜか卒業後も顔を出すのですね。
これってなぜでしょう?
思うに、向こうから積極的にアプローチしてくる子ほど、人の話をきちんと聞いていなかったのでしょう。だから質問も多かった。ところが、授業中に黙って集中して私の話を聞いていた生徒ほど、私の話が印象深く残ってくれていたのだと思います。
「この間の期末試験、先生に教わったのと同じ問題が出たよ!」などと中3にもなって報告してくれるのです。うれしいものですね。
「学校の歴史の先生、ぜったい先生と気が合うと思うんだ。だって言っていることがほぼ一緒だよ」
そんなことを言う生徒もいました。
そうした卒業生たちと話をしていると、どうやら何年たっても、同級生たちと中学受験のときの話題になることがあるそうです。
それだけ彼らの「まだまだ短い」人生にインパクトがあった体験だったのですね。
しかも、「成功体験」です。
ただし、それが必ずしも良いことばかりではないことにも気づきます。
難関校に進学した生徒によると、同級生の中にも、すでに赤点の常連や、留年の瀬戸際の生徒もいるそうです。ところが、こうした子たちは、必ずしも「勉強ができない」わけでも「頭が悪い」わけでもないのですね。やればできる子たちなのです。
「数学2点だった!」などと悪びれずに笑っていた子が、次の定期試験では8割以上をとるのだとか。聞くと、「とりあえず教科書を3周してみた」と言っていたそうです。
おそらくは、この瞬発力や集中力は、中学受験で鍛えられたものなのでしょう。それを自覚しているので、瀬戸際でもなんとかしてしまうのです。
しかし、やがて、「なんともならない」時が必ずやってきます。
その場での対応力よりも、積み上げたものがものを言う時期がやってくるのです。
そうなるともうお手上げです。
そこで焦って塾・予備校に通い始めて傷口を広げる子の何と多いことか。
そこから先は、こんな子の話を聞きます。
〇何とか低空飛行で卒業までこぎつけ、そこそこの大学に進学する。
どんな難関中高でも、卒業生の大学実績を見ていると、「おや?」と思わせる大学名が見かけられますね。それでも大学進学できたのですから大したものかもしれませんが、中学入学当時に思い描いていた夢とは異なる気がします。
〇途中で海外の高校に進学する
落第・留年するくらいならいっそ海外へ。卒業生たちに聞くと、途中退学して海外に行く生徒が学年に複数名いるそうです。海外でもやっていける英語力があるのも羨ましいですが、海外留学させられる財力も羨ましいですね。ただ、それが中学入学当時に考えていた進路なのかどうか。
〇浪人したが、一年発起して難関大学に進学。そうした子ももちろん多いのが難関中高の強みです。気づくのが遅かったですが、1年で巻き返せるのですから大したものです。ただし、この1年は不要でした。
いずれも、成功体験にとらわれた結果のような気がします。自己肯定感が高いのは素敵なことですが、それが地道な努力の阻害要因になってはなりません。
そうならないようにするためには、いったん「中受の成功体験」を捨てたほうがよいと思っています。
塾の思い出とともに、中受のあれこれもいったん忘れる。
それくらいでちょうどよいのです。