
世の中に数多ある塾ですが、なかにはいくら通っても成績が上がらない塾というものが存在します。今回の記事は、そうした「怖い」お話です。
1.安請け合いする塾
本来、成績というものは、家庭学習によって伸びるのが基本です。それなのに塾に通うというのは、家では教えてもらえないようなこと、参考書には出ていないようなことを教えてもらうのが目的の一つですね。
もう一つの目的は、家で一人で自習できないので、監視の目が光っているところで勉強させてもらおう、そういうことになります。
①新しい問題・知識を習う
②定着させ、暗記する
③定着度を測定する
④反復演習する
この4過程のうち、塾が役立つのは①と③の部分です。その他は本来は家でやるべき学習です。
しかし、世の中には、②と④まで塾に丸投げしたいという需要があるのです。そしてそれに応えようとする塾も多くあります。
「ご安心ください。毎日通ってくれれば成績は上がります」
こういわれると、すべてを任せたくなりますね。
しかし、その塾が任せてよい塾なのかは別問題です。
自習室で勉強していると思っていたら、友達と話しをしていただけ、そして塾はそれを放置していた。そんな話も聞きます。
塾で何をやっているのかと思えば、プリントを配って解かせていただけ、フィードバックがゼロだった。
質問しても答えられない講師ばかりだった。
まともな塾なら、成績向上や、まして合格について安請け合いすることなどあり得ません。せいぜい、努力することを約束するくらいです。
2.コバンザメ塾
その個別指導A塾は、成績優秀者の多いB塾をターゲットとして教室展開しています。そして、B塾の通塾生にしか配られないB塾のテキストやテストを、ネットオークション等で入手して完備してるのです。A塾のうたい文句は、「B塾の成績を上げます」です。たしかに普通にB塾に通っているだけでは入手できない、先取り教材や毎月のテストの過去問題がありますので、B塾の成績は上がります。そこで、勘違いして本来の学力とかけ離れた学校を受験して玉砕する、そんな悲劇まで起こるのです。
B塾では足りない部分を補って着実に成績を上げてくれるのなら良いのですが、姑息な手段で小テストや毎月のテストの点数を上げるだけの勉強では効果は望めません。
そもそも塾の成績を上げることを目標として他の塾に通うことの異常さに気づくべきでしょう。
3.合格実績の誇大表示
合格実績の水増し広告、これは塾業界の悪習です。それでもいくつかまともな塾はあるのです。自分のところにきちんと通って合格した生徒だけをカウントしている塾ですね。しかし、他塾の優秀層を取り込んで合格実績の水増しをはかる塾が多いのも事実です。
C塾は、優秀な生徒が多いことで知られています。開成・筑駒等にも多くの合格者を出しているのです。すると、そのC塾の近くにD塾の特別教室がオープンしました。C塾の授業が行われない曜日にぶつけるようにして、「開成特訓」「筑駒特訓」を行うのです。
自分の塾の教材や教師の育成に力を注ぎ、生徒の学力向上に全力を挙げる、その結果として合格実績がついてくる、これが本筋です。他塾の実績をかすめ取ることに注力する塾にまともな指導は期待できないと私は思っています。努力のベクトルが完全にずれているからです。
4.特待制度がある
成績優秀者を優遇する塾も多いですね。特待制度もよく見かけます。
しかし冷静に考えてみてください。営利企業に過ぎない塾が特待制度を設ける理由を。
これは成績優秀者をかき集めるための撒き餌に他なりません。
そのためには、塾の優秀な教師を、そうした特待生の対応にあたらせます。そのほうが目立つ合格実績につながるからです。
しかし、その他の生徒の立場はいったいどうなるのでしょうか。そもそも特待生の費用は誰が負担しているのでしょう。
子どもを預かった以上、成績がどうであれ、全力を尽くして指導する。これが当然です。少なくとも私はその信念で35年間指導してきました。
偏差値70の生徒が筑駒に合格した喜びと、偏差値30の生徒がなんとか進学校を確保した喜びに違いなどありません。塾教師といえども、「先生」と生徒から呼ばれる以上、最低限の矜持は持っているべきでしょう。
5.教え方が下手
これは致命的すぎます。しかし、よく聞く話です。
塾の教師は、「生徒のわからないをわかる」力が必要です。しかし、それが難しい。経験と資質でしょうか。
とくに算数の教師に多い気がします。黒板にスラスラと解法を書き、よどみなく説明するのです。はたから見ていても感心します。しかし、ある程度理解力がついている生徒ならよいのですが、教室の半数はそうではありません。それはそうですね、簡単に理解できるのならそもそも塾に通う必要などないのですから。しかし、ダメ教師はそれがわからない。半数の生徒がうなずいていればそれでよしとして、先へ進みます。結局、理解できなかった生徒は家に帰ってから悪戦苦闘することになるのです。さらにひどい場合は、塾が用意した「解法つき模範解答」を見ながらそれを黒板に写すだけの教師までいます。こんな塾では、成績が上がるはずもないでしょう。
6.面倒見が悪すぎる
成績が下がろうと、塾をさぼろうと放置。たまに親が問い合わせても、まともな答えが返ってこない。そうした塾もあるのです。ひどい塾になると、授業をする教師は教えるだけ、親の相談にはのりません。相談に応じるのは、教室の事務スタッフなのです。いわゆる予備校スタイルですね。つまり親の相談電話を受けたのは教師ではありませんので、教室内の生徒の様子はおろか、教科内容についてもよく知りません。当たり障りのない受け答えしかできないのです。
私の知人は、そうした塾に子供を入れてしまいました。両親とも仕事で忙しく、子供がほとんど塾に通っていなかったことに気づいたのは1年後だったそうです。
ここで注意したいのは、「面倒見が悪い」=「塾から連絡がこない」ではないことです。こちらがアプローチすればきちんと対応してくれるならそれで充分です。とくに問題があるときだけは塾から連絡がある。それくらいの関係が理想です。
7.面倒見が良すぎる
これは良いことのように思うかもしれません。面倒見が良い塾、素敵ですね。頻繁に塾の担当教師から電話がかかってきます。子供のようすや宿題について報告があります。安心感絶大です。
しかし、塾の内情を熟知している私からすれば、これはあり得ないことなのです。
塾の教師は激務です。そういえば、20年以上前ですが、京都の某塾の先生が過労死した事件がありました。そう聞いても私には違和感がありません。テキスト作成・テスト作成・採点・入試激励・質問応対、そして保護者対応。学校情報の入手のために学校訪問も欠かせません。さらに入試問題を年間でも100校分以上は解くのです。そして授業です。授業のための準備にも無限に時間がかかります。準備に時間をかければかけるほど、良い授業になるからです。
もし、頻繁に保護者に電話をする余裕がある先生がいるとすれば、仕事のどれかを間引かないかぎり不可能です。そして最初に間引かれるのは、「授業準備」と「入試問題研究」です。これらは、間引いたところで塾の営業成績に直結しませんから。
授業の予習や入試問題研究に力を入れない教師の授業は受けたくないですね。
8.黙って俺についてこい
塾の教師というものは、指導についてそれぞれ独自の方法論を持っているものです。そこが魅力でもあるのです。
しかし、行き過ぎた「独自」の方法論は迷惑な場合もあります。
知人に、そうした塾に通ってしまった子がいました。
「僕のやり方は特殊ですから。僕の指示に従えないのなら来ないでください」
そう言ってはばからないその教師のところに3年間通ってしまったのです。私のところに相談に訪れたのは6年生の9月です。もう手遅れな状態でした。
それでも何とかリカバリーしようと、こちらも手を尽くしたのですが、そのことがその教師には不快だったのでしょうね。
「僕のやり方に不満でもあるのですか!」と怒られてしまったと、申し訳なさそうに私のところに母親が謝ってきました。そう言われてしまえば、私も引き下がるほかありません。入試結果は予想通りでした。
困ったことに、こうした「独善的教師」には、母親の洗脳に長けた教師もいるのです。すっかりその教師に「心酔」してしまった母親は、冷静な判断ができなくなってしまったのです。
独自な方法論は歓迎ですが、説明責任を果たせない塾は信用できません。