私はクリスチャンではありません。先祖の墓はお寺にありますが、仏教徒と思ったことはなく、初詣には神社に行きますが神道の信者と思ってはいません。いわゆる無宗教というもので、 まあ日本人の多数派に属する人間です。
しかし、世界史を学んだり、欧米の本を読むにあたっては、聖書・キリスト教の知識は欠かせません。また、ヨーロッパの美術館や教会を訪れるときにも、そうした知識は必須です。
今回は、そうした知識を得るのにうってつけの本を紹介します。

◆「旧約聖書を知っていますか」
◆「新約聖書を知っていますか」
まずは、阿刀田高氏のこの2冊から。
聖書を読むのはしんどいですね。私も過去に何度もチャレンジしたものの、すぐに挫折しました。
聖書の解説書は、平易なもの、子供向けのものから難解なものまで大量にありますが、この「・・・知っていますか」シリーズはおすすめです。
冒頭を少しだけご紹介します。
旧約聖書は広大で、幽遠で、複雑で、畳々(じょうじょう)たる山塊に似ている。踏破するのは、なかなかむつかしい。ちょっと眺めるだけでも疲れてしまう。
登り口がいくつかあって、第一ページの天地創造から入る道、一番なじみの深いモーセの生涯あたりからたどる道、あるいはまた美しい雅歌の文句に魅せられて散策を始める人もいるだろう。
だが、私の見たところ、意外と登りやすいのがアブラハムの事蹟からたどって行くコースである。初心者向きであり、主だった風景もよく見える。このエッセイも、その道を選んだ。
(「第1話 英雄アブラハム」)
この本は、あくまでも「エッセイ」です。これを1冊読んだからといって、聖書について詳しくなったり正確な知識を構築するようなものではありません。
しかし、とても読みやすいのです。不謹慎と言われる一歩手前でとどまり、あくまでもわかりやすさ・読みやすさを優先して聖書の世界を適当に散策するような趣の本です。
とりあえず、聖書に対する抵抗感を減らすのには最適だと思います。
ちなみに、この「・・・知っていますか」シリーズには、「ギリシア神話を知っていますか」「コーランを知っていますか」「源氏物語を知っていますか」「イソップを知っていますか」などがあり、どれもおすすめです。
とくに「コーラン(クルアーン)」については、イスタンブールに宿泊していたときに、アヤソフィアとブルーモスクから「アザーン」が街に流されていたことを思い出します。異教徒の私からみれば変わった風習くらいにしか思えず、そうしたモスクで詠唱者の生アザーンを聞いてもよくわかりません。そうした未知の「コーラン」が、この本を読んで少しだけ身近になった気がします。イスタンブールを訪れる前に読むべきでした。
◆目で見る聖書の時代
一転して、こちらはまじめな資料集のような書籍です。
聖書に出てくる語句や地名の解説が豊富な写真とともにまとめられている本です。
例えば「イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。(マルコによる福音書)」
とあって、「会堂(シナゴーグ)」について解説があります。
また、「善きサマリア人のたとえ」に出てくる「サマリア人」って? ということも、解説されています。
エデンの園にあった「命の木」と「善悪の知識の木」についてもページが割かれています。
これを読むと、どうやら「命の木」は「ナツメヤシ」のようですね。そして問題の「善悪の知識の木」、ご存じアダムとイブが蛇にそそのかされて食べてしまい、エデンを追放されることになった、あの木の実です。
私はずっと「リンゴ」だと思い込んでいました。なぜなら、西洋絵画に描かれるその実は、必ずといっていいほどリンゴだったからです。
しかし、たしかアダムとイブは、羞恥心を覚えたとき、イチジクの葉で身体を隠したとありましたね。そのことから、知識の木とはイチジクであるという説も有力なのだそうです。その他には、ザクロやブドウという説もあるようです。この本では、当時にもすでにリンゴが栽培されていたことを紹介するにとどめています。
ただしこの本は、聖書とその世界を網羅するような解説書ではありません。読者が興味を持ちそうないくつかのテーマについて書いてある、そうしたスタイルです。だからとても読みやすいのです。
もう少し網羅的に知識を整理したいのなら、こちらのほうがお勧めです。
◆キリスト教資料集(日本キリスト教団出版局)

同種の資料集の中では、もっとも手軽かつ見やすい構成だと思います。とくに煩雑な旧約聖書・新約聖書の構成や登場人物が整理されているのが助かります。
ところでこの出版社は、「日本基督教団」の出版部門です。この教団は、日本最大のプロテスタントの教会組織とありました。なるほど。実はこの本は教え子でプロテスタント校に通っていた子が大学生になり「もういらないから」といって私にくれたものなのですが、中高生のときに学校配布の副読本だったそうです。
一転してこちらは、イラストを多用した2冊です。
◆「イラストで読む 旧約聖書の物語と絵画」
◆「イラストで読む 新約聖書の物語と絵画」

作者(イラストレーター)の杉全美帆子氏は、美術全般にも造詣の深い方のようですね。イラストと語り口が軽妙で非常にわかりやすいのです。
私の手元にはこの2冊しかないのですが、その他にも「イラストで読む」シリーズとして、
「ヨーロッパの王家の物語と絵画」
「ギリシア神話の神々」
「印象派の画家たち」
「奇想の画家たち」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「ルネサンスの巨匠たち」
と計8冊も出されています。どれも実にそそられるタイトルです。
私が読んだ本は、旧約聖書・新約聖書の内容をイラストでわかりやすく紹介しながら、それに関連した絵画も登場するという構成です。例えば「受胎告知」「東方三博士の礼拝」あるいは「バベルの塔」など、西洋絵画のモチーフとして無数に描かれている内容が紹介されているのです。これは、ヨーロッパ旅行で美術館を訪れる予定があれば、ぜひ事前に読んで置くことを強くおすすめします。
たとえば有名なミケランジェロの「ダビデ像」、フィレンツェのアカデミア美術館に行くと、目玉として広間のセンターに飾られています。人の背丈の3倍はありそうな巨象で、写真に収めようと思うと、壁際まで下がらないと全体が撮れません。これだって、ダビデについて何も知らなければ、ただのイケメン青年の裸像です。しかし、預言者サムエルによって第二代のイスラエル王となりイスラエル王国に繁栄をもたらしたこと、初代王のサウルにねたまれ殺されそうになったこと、人妻バト・シェバに心を奪われたこと、のちに二人の間の子がソロモン王になったこと、そうした知識があるとより楽しめます。ルーブルにはレンブラントによる「ダビデからの手紙を待つバトシバ」という絵があります。憂いをおびた表情の理由も理解できようというものです。

西洋絵画の源流は間違いなく宗教画です。美術館に行くと、そうした宗教画がこれでもかというくらいに並べられていて、基礎知識が無いと一つも面白くないのです。例えれば、仏教を全く知らない欧米人が、日本の奈良・京都でお寺の仏像を見ているようなものでしょうか。
絵画に限らず、欧米の小説の根底には、聖書とシェイクスピアの言葉が背景となった表現がたくさんあります。例えば「赤毛のアン」にだって、たくさん見かけられるのです。作者のモンゴメリは牧師夫人でしたから。





