2026年の渋谷渋谷中帰国生入試、日本語作文の問題を見てみましょう。
次の題名で600字以上800字以内の策部員を書きなさい。
「自分だけが知っている〇〇のいいところ」
※〇〇にことばを入れて題名としてください。
※〇〇に入るものを具体的にあげて、その「いいところ」をわかりやすく紹介してください。また、「自分だけが知っている」ということに関してのエピソードも具体的に書いてください。
※〇〇には、人、物、食べ物、場所、スポーツ、行事など何を入れてもかまいません。
※海外生活の中で得られた経験をできるだけ生かして書いてください。
海外生活の体験や気づき・学びについて書かせるのは、帰国生入試日本語作文の定番です。渋谷渋谷も例外ではありません。
ただ、渋谷渋谷の特徴としては、「一ひねり」しているところでしょう。
少し出題の角度をずらして、さらに「縛り」があるところが特徴なのです。
この問題も、「自分だけが知っている」という条件が、問題の難易度を跳ね上げています。
つまり、誰もが知っているような周知のことは書けないのです。しかし、日ごろ生活していて、「自分だけが知っている」ということって、どれだけあるでしょうか?
空欄には、人、物、食べ物、場所、スポーツ、行事など何を入れてもかまわないとなっています。
ただ、物や食べ物について書くのはまず無理でしょう。
「〇〇は、みんなが嫌っているし美味しくないというけれど、実はぼくだけが〇〇のいいところを知っているんだ」
ここに当てはまる食べ物はありますか?
「〇〇は、みんなが使いづらいと文句をいっているけれど、実は僕だけが〇〇のいいところを知っているんだ」
ここに当てはまる物を思いつきますか?
スポーツも無理でしょう。なぜなら、どんなスポーツであれ、それを「楽しんで」やる人がいるのですから、「自分だけがよいところを知っている」が成立しないのです。
行事についても、クリスマスや正月のようなものは入りません。誰もが「気に入って」いるからこそ続いているのです。
行事=イベントととらえ、もしそこに入れるとしたら、誰もが嫌っていて、誰もがやりたがらない、そうしたイベントを入れるしかありません。
「テストはみんなが嫌っているけれど、自分だけはテストのいいところを知っている」
こんな作文になるでしょうけれど、これは「あざとい」ですね。
そう考えると、〇〇に入れられるのは、「人」と「場所」しかないでしょう。
おそらくはほとんどの受験生が、自分の友人のエピソードを書いたと思います。
「A君はこんないいところがあるのだけれど、それを知っているのは自分だけだ」
という流れですね。
ただし気を付けなくてはならないのは、「自分だけが知っている」という点です。つまり、A君のいいところを誰も知らないことが前提になります。すると、どうしてもこう書いてしまいがちです。
「A君はみなに嫌われている乱暴者だけれど、実は小さい子供にはとてもやさしい。ある時・・・・」
つまり、最初にA君を悪者にしないと、いいところが引き立たないのです。しかし、友人のことを悪者扱いするのは褒められたことではありません。
あくまでも、他の人は知らない一面を自分だけは知っている、そちらを強調して書かないとなりません。
実は案外と書きやすいのが「場所」です。
誰もが知っている有名な景勝地ではなく、ちょっとした場所の良さをあげるのがコツですね。
「校舎の屋上はいつも風が強くて皆が行きたがらないけれど、実はそこから見える景色がすばらしい」
「校舎の裏はゴミ置き場になっていて皆が行かない所だけれど、実はその隅にきれいな花が咲いている」
こんな書き方が出来ると思います。
ただしもう一つ条件がありましたね。
「海外生活の中で得られた経験を生かす」というものです。
つまり、海外でのエピソードを書かねばなりません。
まあ、一般的には、「ロンドンのこんな良さをぼくだけが気づいたんだ!」といった方向性になるかと思います。そこに暮らしていたからこそ気づけた何か、それを書くというのが王道でしょう。
ここまでが通常の考え方です。
ここから、渋谷渋谷の出題意図を深読みします。
そもそも「帰国生」を入試で特別扱いしてまで学校に迎え入れようとする意図は何だかわかりますか?
それは2つです。
・英語力
・異文化体験
英語力についてはわかりやすいですね。英語ができる生徒は大学入試に有利だという理由と、英語ができる生徒が、英語初習者の一般生徒に与える影響もプラスです。
そして異文化体験については、学校の多様化に寄与します。国内で受験勉強をして進学してきた生徒たちは、どうしても画一的な思考になりがちなのです。そこに、まったく異なる環境で暮らしてきた帰国生が混ざることで、学内全体が活性化するという考えですね。
つまり、帰国生にはそうした「日本国内の生徒たちにはない視野・視点」が求められています。
ということは、この作文についても、「海外生活で得られた視点があったからこそ気づけた日本のエピソード」を書くことが求められているとも考えられるのです。
〇〇のところに「日本」と入れてもよいのですが、それではあまりに広すぎます。もっと絞ったほうが書きやすいですね。
日本に暮らしている私たちでは当たり前すぎて気が付いていないけれど、実は海外から来た人が驚くような、そう考えてみましょう。
例えば、子どもらしい発想で書くなら、こんなものはいかがでしょうか。
「日本では道端のいたるところで見かける自動販売機だけれど、僕が住んでいたアメリカでは全く見かけなかった。コインがつまった自動販売機が路上にあれば、すぐに悪い人に壊されてお金が盗まれるからだ。しかし治安の良い日本では、まるで景色の一部のようにどこにでも自動販売機が置かれ、24時間365日、いつでも飲み物を買うことができる。例えばニューヨークに居たときに・・・・・」
こんな作文がすぐに書けるでしょう。感動的な作文にはなりませんが、とりあえず合格点くらいはもらえそうです。
もう少し高得点をねらうなら、「学校給食」もよいかもしれません。いろいろ批判もある学校給食ですが、成長期の子どもの栄養を支える面は高く評価できますし、昨今の貧困家庭の子どもの命綱としても重要な役割を果たしています。「出てくるのが当たり前」「おいしくないから残す」、そんな感覚の他の生徒たちとは違って、自分だけは給食のよい所を知っているんだ。そう書いてみましょう。
もちろん給食の良さは、「自分」以外にも周知の事実ではありますが、あまりそこにこだわりすぎると書けることが何もなくなってしまいます。

※前回とりあげた作文でも、「給食」をとりあげました。もしかして渋谷渋谷帰国生作文のキラーアイテム?かもしれません。
もちろん海外にも給食は存在します。ある生徒が通っていたフランスの学校では、フルコースだったとか。さすがにフルコースはないだろうと思いましたが、つまり何皿もバランスよく出されていたようですね。
あるいは、日本ではどこの飲食店にいっても当たり前のようにコップに入った水が「無料で」出てきますが、諸外国ではありません。ミネラルウォーターを「有料で」買わないかぎり水は出てこないのが普通です。
あちらこちらで言い古されたテーマですが、水の豊かな日本の自然とからめて書ければ良い作文になりそうです。
「食」は人間にとって最重要なものですから、書きやすいのです。