
今までの記事同様、「新興校」を、1966年以降創立の学校と定義しています。
・校名変更
・共学化
この場合も、「新たな価値観による変革」と考えて、そこを創立とみなしました。
※特定の学校を持ち上げる意図も貶める意図もありません。あくまでも私の主観を書き散らかすだけの内容ですのでご容赦ください。
- ◆日本工業大学駒場中学校(2008)
- ◆日大第一・第二・第三中学校(1991~97)
- ◆八王子学園八王子中学校(2012)
- ◆広尾学園(2007)
- ◆広尾学園小石川(2021)
- ◆三田国際科学学園(2025)
◆日本工業大学駒場中学校(2008)
1908「東京工科学校」開校、1931「東京工科学校」併設、1935「東京高等工科学校」、1948「東工学園中学校」「東京工業高等学校」、1967「日本工業大学」開校、2008「日本工業大学駒場中学校・高等学校」に校名変更し共学化。2023年、115年に及ぶ工業教育運営を終了し普通科専一校になる。
かつての工業高校を、普通科のみの中高に再編成したと私は理解しています。
この学校が位置する駒場エリアにはたくさんの学校がありますね。東大駒場キャンパスを筆頭に、私立駒場学園高校、駒場東邦中高、都立駒場高校、筑波大付属駒場中高、都立国際高校等です。
従来は工業高校の色が濃かったのですが、最近は、理系人気の追い風もあり、よく名前を聞く学校となりました。ただし共学化したものの、男女比は中学全体では9:2なのには注意が必要です。
◆日大第一・第二・第三中学校(1991~97)
日大一中が1997年に男子校から、二中が1996年別学校から、三中が1991年に男子校から共学化しました。開校順でいうと、一中が1913年に日大初の附属校として設立、二中が1926年、そして三中が1930年です。
同じ共学校といっても、前身が女子校だったのか、男子校だったのかが、共学化後の男女比に影響を及ぼします。
日大一中は、募集要項には「男女50名」「男女110名」と男女を区別しない募集定員が書かれていますが、倍率も合格最低点も異なります。どちらも女子のほうが「入りにくい」結果となっていて、実際の生徒数も男子のほうが多くなっています。おそらくは意図的に女子の人数をしぼっているのではないかと思われます。
その理由までは不明ですが、多くの場合「設備」不足、例えばトイレ数の不足等が考えられます。
また、別の学校のケースですが、「元気の良い女子に男子が圧倒される」ので女子を男子の半分に抑えているという学校もありました。
◆八王子学園八王子中学校(2012)
1928年「多摩勤労中学」として設立され、1935「八王子中学校」、1948「八王子高等学校」、そして2012年に中学校が開校し「八王子学園八王子中学校・高等学校」に改称。
◆広尾学園(2007)
この学校については、以前に記事にしましたのでそちらを参照してください。
1918「順心女学校」、1947「順心中学校」、1948「順心女子高等学校」、2007「広尾学園中学校・高等学校」に改称・共学化。
創立からまだ20年もたっていない学校ですが、すでに人気校です。男子よりも女子に人気のようですね。中学の男女比も、女子が56%と多めです。人気だけでなく、東大実績も2025で18名ですから、実力も大したものです。
この学校は入試を細分化しており、一般生入試だけでも5回実施、さらに帰国生入試が2回となっています。とくに1日午後は、70名の募集枠に831名が殺到しました。ただし合格者も328名出しましたので、実質倍率は2.53倍ほどでした。
こうして入試を細分化すると、各塾が算出する偏差値データが高く出ることには注意が必要です。また、広尾学園を本命とする受験生は1日午前にも受験するはずですが、実質倍率が4.2倍以上、合格者最低点も15点以上高くなっており、1日午前だからといって合格しやすいわけではないことにも注意しましょう。
さらにこの学校は、帰国生の受け入れにも積極的で、編入試験も行っています。そのためか、海外大学合格実績も375名(2025)という数字となっています。このあたりに魅力を感じる受験生も多いでしょう。
校地は5000平方メートルに満たない狭さです。だいたい都内の小学校の面積が1万平方メートルとされていて、麻布や駒東が2万平方メートルくらいです。しかし実際に行ってみるとわかりますが、上手に敷地を利用していて、手狭な印象はありません。渋谷渋谷もそうですが、都心の新興校は校地が狭いのが当たり前になっている気がします。このあたりは伝統校にはかなわないところです。
◆広尾学園小石川(2021)
1909「村田学園」、1931村田簿記学校内に村田女子計理学校併設、1943「村田女子商業学校」、2021共学化して中学校を開設 「広尾学園小石川中学校・高等学校」に改称。
広尾学園の成功をうけての開校でしたので、開校前から注目を集めました。第一期生がまだ卒業していませんので、私には何とも評価はできません。コース名や試験回数が多いことなど、広尾学園と同じですね。
ところで、この学校は「小石川」にありません。住所は文京区本駒込2丁目です。学校HPのアクセスも、
◆都営三田線「千石駅」A1出口より徒歩2分
◆東京メトロ南北線「駒込駅」出口2より徒歩12分
◆山手線「巣鴨駅」「駒込駅」より徒歩13分
となっています。
学校HPには、「文京地区での学び」とありました。「小石川」のイメージはよいですね。当初は名前が紛らわしいと都立小石川高校から抗議されたとも聞きます。
別に「広尾学園駒込」でも全く問題は無いと思うのですが、やはりイメージにこだわったのでしょうか。そういえば「三田国際科学学園」も三田ではありません。この学校の前身の「戸板裁縫学校」発足の地が三田界隈でした。
もっとも「小石川植物園」も現住所は「白山三丁目」、「小石川後楽園」は後楽一丁目です。これは、明治から昭和にかけて、現在の文京区が「小石川区」と「本郷区」に分かれていたからですね。およそ白山通りより西側が小石川区とされていました。ちなみに広尾学園小石川は東側ですが、昔小石川区だったかどうかまではわかりませんでした。
◆三田国際科学学園(2025)
1902「戸板裁縫学校」創立、1916「三田高等女学校」を創設、1937「三田高等女学校」が「戸板高等女学校」に改称、1947「戸板中学校」、1948「戸板女子高等学校」を発足
1950「戸板女子短期大学」を発足、1993中・高部は世田谷区用賀へ移転、2015「「三田国際学園中学校」「三田国際学園高等学校」と改称し、共学化、2025「三田国際科学学園中学校」「三田国際科学学園高等学校」と改称
私は「戸板女子中高」時代の校長先生にお会いしたことがあるのですが、こんな会話だったことを覚えています。
「御校の生徒さんたちは真面目そうな子が多いですね」
「いえいえ、とんでもない!」
たぶんご謙遜だったのでしょう。その後すぐに、広尾学園を成功させた大橋 清貫氏が学園長に招聘されて「三田国際」に変身しました。大橋氏の手腕に期待したのか、開校時から人気を集めていたものです。10年たち、やっと「三田国際」の名前が浸透してきたタイミングでの「三田国際科学学園」への校名変更、正直言って少し驚きました。学校にもいろいろとお考えがおありでしょうけれど、大切な看板である校名を変える必要性がそこまで高かったのでしょうか。
★ 前2回の記事もぜひお読みください。