
「中学受験は親の受験」
こんな言葉を聞いたことがありますね。
今回はこの話題です。
小学生は一人で勉強できない
「中学受験は親の受験」といわれる最大の理由はこれです。
小学生は一人で勉強できないのです。
そもそも勉強の意義もわからず目的も不明瞭です。ただただ、親に言われるからやるのが小学生の勉強スタイルです。
従って、親は子どもの勉強に並走することが求められるのです。
しかし、多くの御家庭がこの認識について誤っています。
「うちの子は一人では勉強やってくれなくて」
「いつになったら一人で勉強ができるようになるのでしょう」
そんな声をよくうかがいます。
これは、「子どもは一人で勉強するもの」という誤解があるからでしょう。
そんなのは無理です。
4桁の子どもたちを指導してきた私でも、「親に言われずに自主的に勉強して中学受験で成功した」子どもは片手の人数くらいしか知りません。
いったいなぜこうした「誤解」が蔓延したのでしょうか。
◆アメリカ式の子育てが中途半端に入ってきた
アメリカでは、高校を卒業すると家を出るのが普通です。公共交通機関が発達しておらず、「町」という概念が日本とは異なるアメリカでは、自宅から大学に通うのがほぼ無理だからという理由もあります。高校生は、自分で全米の大学の中から行きたい大学・行ける大学を選んで出願します。いわゆる「入学試験」はありません。学力のスコア・エッセイ・課外活動のレポート・高校の推薦状などを自分で用意して多数の大学に出願すると、入学の可否が判定されるスタイルです。
こうして遠くの大学に進学すると、大学の寮に入るのが普通です。そのまま就職し、やがて結婚する。実家にはもう戻りません。クリスマス休暇のときに帰るくらいでしょう。つまり18歳で自立します。成人年齢が18歳に引き下げられた時に、「18歳の高校生が政治について判断できるのか」と議論になった日本とは根本的に異なります。
「自立意識」を育てる教育は、生まれたときから始まります。ベビーベッドは夫婦の寝室とは別の子ども部屋に置かれ、一人で寝ることから教育は始まるそうです。「個」の意識を重視するからです。学校教育も「自立」を目標としたものになるのです。
アメリカ映画を見ていると、小学生くらいの子どもが、「レモネード・スタンド」を出して売っている場面を見かけます。これは、定番の「スモールビジネス」の教育として行われているのです。レモンの仕入れから販売価格の値付け、利益率の計算、広告の工夫、場所や時間帯、こうしたビジネスの基本を学ぶために行われます。もちろん大人は一切手を出しません。
これらは文化の違いですので、アメリカ式と日本スタイル、どちらが良い・悪いというものではありません。
しかし、表面的な「アメリカ式」を中途半端に取り入れることには賛成できません。
アメリカをまねて「独立した子供部屋」を与えたものの、やがて「リビング学習が有効」と揺れている現実があります。
中学受験勉強を「自分で」やらせるのなら、それまでの子育てのやり方、教育方針がどうであったかを検証する必要があります。
たとえば、幼稚園に行くときに服のボタンが掛け違えていたら、親が直してあげてはいませんよね。「自分で間違った着方をしたのだから自分で恥ずかしい思いをすれば正しい着方が身につくだろう」と考えたでしょうか。
たとえば、夏休みの自由課題、終わりそうもないので親が手伝ってあげたりはしていませんよね。「自分でできなかったのだから学校で先生に叱られるのは当然だ」と考えたでしょうか。
たとえば、子どもが夜泣きをしたときに、夜通し抱き上げて寝かしつけたりはしていませんよね。「いずれ泣きつかれて寝るのだから、放っておくことで自分で寝る術を覚えるだろう」と考えたでしょうか。
こうしたことの蓄積の先に、「自立して自分で勉強する子ども」になるのです。
そうでないのなら、「子どもは自分で勉強できない」ことを前提とすべきでしょう。
中学受験勉強はハード過ぎる
大学入試は高校の学習範囲の中から出題されます。
高校入試は中学校の学習範囲の中から出題されます。
中学入試は小学校の学習範囲の中から出題されません。
ここに中学入試の「ハードさ」があるのです。
小中高、それぞれの学習指導要領に定められた学習内容は、専門家たちが多大な時間を使って、それぞれの発達段階に応じて適切に設定したものです。そのはずです。
中学入試はそれをあっさりと無視しています。
だいたい、中学生の学習範囲が出題されると思ってよいでしょう。
つまり、高校入試と同等レベルか、学校によってはそれより難しい内容となっています。
中3生と同等レベルの学力を小6が要求されると考えていいでしょう。
その内容の学習を、「小学生が一人で」勉強できるはずがありません。
中学受験では親が並走するべき
自立できないのですから、親が並走するしかありません。
まわりからどう思われようと気にすることはないでしょう。
なぜなら、中学受験生は「皆」そうだからです。
「うちの子は放っておいても自分で勉強して〇〇中に合格した」
そんな声は無視しましょう。なぜなら「本当の話」ではなく、「盛った」話だからです。
「親が付きっ切りで勉強を見てあげてやっと合格できた」
「子供が一人で努力して合格できた」
これは後者のほうが世間体が良く思えますね。だから「盛る」のです。しかし、実際にそうした子はほんのわずかしかいません。私の感触だと、1%もいませんね。
私は、「親が付きっ切りだった」ご家庭の親を尊敬します。
なぜなら、それは大変な努力を要するからです。
親は入試問題も解かなければなりませんし、塾の教材だって見ておかないといけません。しかも、休日は確実につぶれますし、有給休暇だって子供の学習スケジュールに合わせてとらなくてはならないのです。
それだけの努力を子供のためにできる親って素晴らしいではないですか。
子供が自立できなくなる?
「親が付きっ切りで勉強させていたのでは、いつまでたっても自立できない子に育つ」
これも良く聞きますが、気にしなくてよいでしょう。
親に言われないと勉強しない大学受験生。そんなの聞いたことないですね。
つまり、中学受験のときには親に頼りきりだったとしても、いずれ自走するようになるものなのです。中高時代はそうした時期なのだと思います。親が促さなくても、「塾に通いたいからお金出して」と言いにくる時が来るはずです。勉強については学校も頼れます。