
最近ネットニュースで見かけました。
学習塾enaが、中学受験生対象に、1月の平日昼間に「入試必勝直前特訓」なる講座を企画したのだそうですね。
9:00~16:00、平日15日間を全て受講すると264000円という講座でした。
おそらく通常のenaの授業はその後にあるでしょうから、スケジュールに「16:00~ 休憩(軽食可)または移動」となっているのは、その後は夜までの授業に参加するということなのだと思います。
小学校の授業を休ませることを前提としたこの講座、もちろん大炎上して中止に追い込まれたのです。
enaが公立中高一貫校に特化した塾であり、この講座も公立中高一貫校受験生を対象としたものであることも批判に油を注ぎました。
そもそも、公立中高一貫校の適性検査が、「小学校の学習内容に基づいた出題」であり、「これは入学試験ではない」建前をとっていて、「中学受験塾の対策が不要」であるべきなのに、実体はそうなっていないという矛盾を内包しています。
しかし、ここでは、適性検査の是非について論ずることは避け、「小学校を受験のために休む」ことについてのみ考えてみたいと思います。
塾業界の反応
まさか塾業界全体の反応まで私にはわかりません。私の知人数名とたまたまこの話題になった時に聞いただけですが。
「やっちまったな」
「えっ、やってもいいの?」
この2種類でしたね。ほとんどは前者、つまり「enaさん、やっちまったね」というものでした。
もともと、中学受験というのは「異常な」世界です。本来なら高校受験の中学3年生レベルの学力を、小学6年生に求めるものですので。
当然小学校の学習だけでは全く足りないため、それを補うための「中学受験塾」が存在します。
しかし、成長期の小学生を、夜の9時・10時まで拘束して机に縛り付けているような(本当に縛り付けてはいません)受験塾は、子どもの健全な成長にマイナスの影響しかもたらさないのです。睡眠時間は不足しますし、規則正しい食生活も不可能ですし。
だからこそ、私は「塾に行かない中学受験」を勧めているのです。
詳細は拙著をぜひお読みください。
いずれにしても、中学受験塾というのは、「時代の仇花」のようなものだと思っています。需要があるから存在するサービス業ですが、「分をわきまえ」、義務教育である小学校の邪魔にならない範囲でひっそりとサービスを提供する、そうした存在です。
今回のenaの講座は、その「不文律」を破ってしまったことに問題がありました。
義務教育の普通教育とは?
「義務教育」については、憲法にこう書かれています。
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
② すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
つまり、国民には教育を受ける権利があるから、親には子どもに普通教育を受けさせる義務があるということですね。
これ、入試問題のささやかなひっかけでよく見かけます。
「小学生と中学生は、義務教育のため、学校に通う義務がある」というものですね。
さらに「教育基本法」にはこうあります。
第4条 (義務教育) 国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
2 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
文科省によると、
普通教育とは、通例、全国民に共通の、一般的・基礎的な、職業的・専門的でない教育を指すとされ、義務教育と密接な関連を有する概念である。
九年の具体的な内訳については、教育基本法は特に規定せず、学校教育法に委ねている。
のだそうです。
また、このような判例もありました。
「けだし、憲法がかように保護者に子女を就学せしむべき義務を課しているのは、単に普通教育が民主国家の存立、繁栄のために必要であるという国家的要請だけによるものではなくして、それがまた子女の人格の完成に必要欠くべからざるものであるということから、親の本来有している子女を教育すべき義務を完うせしめんとする趣旨に出たものである」(昭和39年2月26日最高裁大法廷判決)
そして「学校教育法」には、「普通教育」についてこう書かれていました。
第二十一条 義務教育として行われる普通教育は、教育基本法(平成十八年法律第百二十号)第五条第二項に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
二 学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
三 我が国と郷土の現状と歴史について、正しい理解に導き、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに、進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
四 家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと。
五 読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。
六 生活に必要な数量的な関係を正しく理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
七 生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。
八 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。
九 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸その他の芸術について基礎的な理解と技能を養うこと。
十 職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。
引用してみましたが、例によって法律はわかりづらいですね。
1.社会性
2.自然を尊重する
3.伝統文化・愛国心・郷土愛・他国の理解と尊重
4.家族の理解、衣食住・情報・産業の理解
5.読書を通じた国語力
6.数量関係の理解=算数
7.自然現象の理解=理科
8.生活習慣と運動
9.音楽・美術・文芸
10.職業の知識と態度、勤労意識
ざっとまとめてみましたが、またずいぶんと盛りだくさんですね。学校の先生方の苦労がしのばれます。
これらの全てが中学入試で問われるのなら、小学校生活に注力することで合格につながるのですが、現実はそうはなっていません。
算国理社の4科目の得点のみで合否が決まるのです。なかには、算数だけの単科入試まで存在します。
つまり私立中学校の意図は明らかです。
「算国理社の学力が高いことだけが重要」だということですね。
これでは、いくら「小学校の普通教育こそが最も大切だ」と正論を唱えたところで、中学入試の現実がそうなっていないのですから、矛盾が生じるのは当たり前です。
それでは、中学入試において小学校の普通教育を重視するやり方はないのでしょうか。
すぐに思いつくのは「内申」の重視ですね。
これがいかに「愚策」であるかは、公立高校入試の内申重視の歪みを見れば明らかです。主観に基づく内申点を、客観・公平であるべき入試に使うことがそもそも間違っています。
・授業中は先生の目を見て積極的に挙手・発言することで意慾を示す
・先生の発言に大きくうなずく
・先生の発言を細かくノートにとって積極性をアピールする
・丁寧でわかりやすく「時間をかけた」ことがわかる提出物を期限内に提出する
・任意提出の課題もかならず出す
・先生に相談に行くことで信頼していることをアピール
・部活は、担任が顧問のものや、学校が力を入れているものを選ぶ
・委員会活動に積極的にとりくみ、役職につく
・定期テストで高得点をとる
これは、知人の、高校受験専門塾の先生から聞きました。内申点を上げるコツなのだそうです。私には、最後の項目しか肯けませんでした。
先生に質問するのにもコツがあるのだとか。決して先生が答えられない類の質問をしてはならないのだそうです。本当は質問の必要がなくても、ちょくちょくと先生に質問に行くことで、「教えがいのある生徒」を演じるのだそうです。
私はこれを聞いたとき、冗談だと思いましたよ。
内申点オール5でないと受からないと噂の日比谷高校に進学する生徒って、もしかして「スーパーいい子ちゃん」ばかりなのでしょうか。
「普通教育」を重視するために、「小学校で学ぶ全てのこと」を試験に取り込むことは不可能ですね。社会科見学のレポートを書かせたり、修学旅行について作文を書かせたり、校歌を大声で歌わせる入試、ありえません。
「小学校の普通教育」を重視したはずの公立中高一貫校の「適性検査」がそうはなっていないことはすでに書きました。
中学受験生の現実あれこれ
A子さんは、6年生になってからほとんど小学校に行かなくなりました。朝起きられず、結局昼過ぎから学校に行くくらいなら、と休むことが増えたのです。
親はたくさんの医者に見せましたが、起立性調節障害・発達障害・睡眠障害、どれも診断は出ませんでした。
いじめもなく、友人関係も良好です。
結局、「行けるときだけ行けばよい」と開き直ることにして、毎週2日だけ学校に行くことにしました。好きな科目の時だけ行くのだそうです。ずいぶん規則正しい「不登校」ですね。
残りの日は、自習室のある個別指導塾に朝から「通い」ました。
結果としてそれが功を奏したのか、中学受験は希望校に進学することができました。
A子さんは毎日元気に早起きして中学校に通っているそうです。
A子さん親子を知る私からみれば、「無理して小学校に通わせないことで精神のバランスが保たれ、中学校にも毎日通えるようになって良かった」話なのですが、これを他人が聞いたらどう思うでしょうか。
「学校には来なかったくせに毎日塾には通ってちゃっかり中学受験に成功したずるい奴」としか思えないでしょうね。
B太君は、6年生になってから成績が急降下しました。学校では元気に活動しているため、夜になると眠くて仕方がないのです。塾にいっても居眠りばかりしていて、家庭学習もすすみません。夏休みは小学校が無いので持ち直しましたが、9月になると成績は下がります。そこで、10月以降、小学校には行かせない決断をしました。「B太にとっては、小学校よりも中学受験で合格するほうが大切だ」と父親が判断したのです。
学校の先生には事情を説明してありましたが、周囲から向けられる視線は冷たいものであったことは想像に難くありません。もっとも小学校に行かないB太の耳には届きませんが。
入試結果は、第一志望は残念でしたが、何とか第三志望には進学できました。「あのまま小学校に行かせていたら、どこにも合格できなかったに違いない」とは父親の弁です。しかし周囲からは「小学校に行かせないで勉強させていたのに第一志望に合格できなかった」扱いです。
私は、B太の家庭の判断に異を唱えるつもりはありません。子どもを最もよく知るのは親を置いて他にいませんし、子どもの未来に責任を負うのは親しかいませんので。その親が判断を下したのですから、それが第一優先されるべきでしょう。
「学校なんか行かなくていい!」と勉強させなかった「教育虐待」ではありませんので。
C子さんは、1月は小学校を全て休みました。冬休みが始まってからはひたすら家庭学習の日々です。これは親が判断しました。理由はたった一つだけ、「感染リスクを減らす」ことにあります。インフルエンザは怖いですし、コロナも終わってはいません。家にいたからといって感染リスクはゼロではありませんが、少なくとも外出を控えることは有効だと考えたのです。塾も辞めました。リモートでの授業参加も提案されたのですが、夜遅くまでのリモート授業は体調管理上弊害のほうが大きいと思ったのです。
学校の先生は快く理解してくれました。普段から真面目に一所懸命学校の課題にも手を抜かなかったC子さんですから、先生も応援してくれたのです。
入試も満足の行く結果に終わり、すぐに小学校に復帰します。同じような生徒が多かったとは後で知りました。
D男君は、私立小学校に通っています。全員が中学受験をする、いわゆる「受験小学校」です。学校には休まず毎日通っていますが、9月以降はほとんどの授業が「自習」になりました。教室内にいれば、何を勉強してもよいのです。ほぼ全員が、「過去問」や「塾の問題集」に取り組んでいます。小学校で塾の宿題や過去問を解き、放課後は塾でその指導を受けるというリズムができました。
4名の実例を紹介しましたが、どう思われますか?
「ずるい!」と思いますか、それとも「当然」と思いますか?
結局のところ、中学入試が今の形で行われるかぎり、この問題は残り続けると思います。そして、現状の中学入試がうまく機能している、つまり学校が欲しい生徒が進学している以上、こちらも大きく変わることはなさそうです。
今回のenaの騒動についても、見かける意見の大半が「やり過ぎ!」「小学校は義務教育なんだから!」「そんなズルをしていいのか!」というものばかりで、それがなぜいけないことなのかについては納得できる意見は見かけませんでした。なかには、「一つの塾のしでかしたことで行政が動けば他の塾みなが迷惑をする」という的外れな書き込みも見かけましたね。
「サービス業なんだから、需要があればサービスを提供するのは当然。それを選ぶのかどうかは家庭の判断にすぎない」という意見がもっともしっくりきました。
今後こうした塾が増えてくるのかどうかはわかりませんが、きっと増えてくるでしょうね。それも巧妙なやり方で。
すでに個別指導塾に平日の朝から通う生徒はいますし、私立小学校の一部は実際に「朝からの中学受験勉強」を許容しています。
「他人にどう見られるか」ではなく、「うちはどう考えるか」だけで判断すればよいのだと思っています。
ちなみに、私はやらないでしょうね。いちおう生徒に「良識」を指導する立場ですので。
