
以前の記事で、女子校から共学校への流れについて書きました。
そこで今回は、男子校から共学校への流れについて書いてみます。
共学化した男子校
◆早稲田実業学校 初等部・中等部・高等部
記憶に残る古いところでは、早稲田実業でしょうか。たしか2002年でした。
ご存知のように、早稲田実業は早稲田大学の附属校ではなく系属校です。大隈重信の婿養子だった大隈英麿を初代校長に迎えて創立されました。教育目標は実業教育にあったため、早稲田大学から離れて、実業教育以外にもスポーツにも力を入れます。1963年に早稲田大学の傘下に戻るとともに、商業科に加えて普通科も作られました。
設立経緯からしても、質実剛健な男子校のイメージしかありませんでしたが、2002年に共学化・商学科廃止・初等部開校と、大きく変化しましたね。
それまで、早慶附属を目指す女子の選択肢としては、慶應中等部・慶應湘南藤沢しかなかったので、早実の共学化は大きなインパクトがありました。大学受験は回避したいが慶應は嫌いだしGMARCH附属では物足りない、そうした生徒を集めます。
◆ 市川中学校
市川といえば、千葉で東邦大東邦と人気を二分する進学校でした。1月のお試し受験校としても人気を集めていた男子校です。お試しといえども、合格したら手続きをして進学する生徒も多くいました。
しかし、渋谷幕張の登場が、千葉の受験地図を大きく塗り替えることになったのです。
イギリスのパブリックスクールを模範として創立された経緯を考えると、2003年の共学化は思い切った改革でした。しかしこれが功を奏したのか、人気も進学実績も伸びて現在に至ります。
◆ 法政大学第一→法政大学中学
◆明治大学付属明治中学
この2校については、「男くさい男子校」と私は勝手にイメージしていましたね。特に生徒募集に苦戦しているという話も聞いたことはなかったので、共学化は意外でした。知人にこの学校の卒業生がいるのですが、「あり得ない! 俺の母校は消滅した」と憤っていましたね。学校にもいろいろな考えがあっての変革でしょうけれど、卒業生の気持ちは踏みにじります。
◆頴明館
◆郁文館
◆安田学園
◆ 京北中学→東洋大学京北
◆法政大学第二
◆芝浦工業大学附属
私がざっと思いつくのはこれくらいです。他にもまだまだあると思いますが。
きちんとカウントしたわけではありませんが、男子校の共学化は、女子校の共学化にくらべて半分以下、おそらく3分の1くらいの学校数かと思います。
女子校の共学化が、生徒減→経営危機→起死回生の共学化 という経緯が大半なのに対して、男子校の共学化は、少々異なる様相に見えますね。
もちろん少子化が背景としてあって、将来を見越しての共学化なのでしょうけれど、それだけではないように思えます。
女子校が、「女子だけ」を集めての教育に意義を見出して設立されたものの、時代の変化とともに「女子だけ」の教育の必要性が薄れ、共学化へ踏み切ったのに対し、男子校は別の理由がありそうです。
生徒募集に苦戦しての共学化以外いも、大学附属のため、別学の意義が薄れたという理由なのでしょう。
今後については、生徒が集まらず経営的に苦しい男子校の共学化はあるでしょうけれど、進学校で大学実績も出ている男子校は共学化する必要性はありませんので、男子校から共学校への流れはさほど大きな潮流にはならないかと思います。
完全な憶測にすぎませんが、大学附属の男子校はいずれ共学化するような気がします。