
今回は難しいテーマに挑みます。
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
素朴な疑問
タロウ:先生、前から気になってたんだけどさ。
私:何だ?
タロウ:どうして戦争するの?
ワタル:あ、僕もそれ気になってた。
ゲンタ:ウクライナとかパレスチナとか、戦争ってなくならないもんな。
私:逆に聞くけど、どうして戦争するのだと思う?
ゲンタ:戦争をしたいから?
ワタル:そんなのおかしいよ。戦争をしたい人なんていないでしょ。
タロウ:そうだよな、戦争って結局人を殺すことだもんな。人を殺したい人なんてそうそういないはずだし。
一同:う~ん。
国家とは
私:まず、戦争というものを定義してみようか。
タロウ:それは、国と国が戦うことじゃないの?
ゲンタ:そう、いろんな武器を使ってね。
私:そうだな。それじゃあ国って何だ?
ワタル:国は国だよ。
タロウ:そうだ! 弥生時代に稲作が広がってから、ムラができて、やがてクニができたって習ったよね。
ゲンタ:そうそう! ムラの周囲を堀で囲んでさ。それで戦いをくりかえすうちにクニにまとまってきて、それでクニどうしが争って大きくなっていったんだ。
ワタル:紀元後前1世紀の漢書地理志には百くらいの国に分かれてるって書いてあったのに、紀元後3世紀の魏志倭人伝には30くらいの国があるって書いてあったよ。だから、戦っているうちに国がまとまって大きな国がまわりの国を支配するようになったってことだろ。邪馬台国もそういう大国だったんだ。
タロウ:ワタル、凄いね! よく知ってるじゃない!
ワタル:好きなんだ、このあたりの歴史って。もう邪馬台国がどこにあるか気になって夜も眠れないくらいだよ。
私:それで授業中に居眠りしてたのか。
ワタル:しまった!
ゲンタ:ちょっと待って! それじゃあ、もう邪馬台国の時代からクニどうしが戦争してたってこと?
タロウ:人間ってどんだけ戦争が好きなんだ?
私:それで、最初の質問だが、国って何だろう?
ワタル:ええと、いくつものムラが集まってできてるんだ。大勢人が住んでる所?
タロウ:それで、周囲を堀で囲って戦争なんかするんだろ。ここまでは俺の領土だ、この線を越えたら侵略者とみなすぞ! みたいな境界線があるんじゃないかな。
ゲンタ:それで大王がいるんだよ。支配者ってやつ?
私:正解! 国の条件は3つあるんだ。まず領土。そして国民。3つめは主権。
ワタル:主権? 国民主権の主権?
私:これは国の主権って意味なんだ。そもそも国民主権ってどういう意味だったかな?
ワタル:それは国民が一番偉いって意味だよ。
タロウ:そうそう。国の政治を決める権利は俺たち国民にあるんだぜ、って先生教えてくれたじゃない。
ワタル:一番偉い国民が政治の決定権を持つってことだよね。他の国に指図なんかされないぜ、俺たちの国のことは俺たちで決めるからって。
私:その通りだ。国の主権っていうのは、自分の国のことは自分の国で決めるという権利のことだね。国家の独立って考えたほうがわかりやすいかもしれない。
タロウ:なるほどね。領土と国民と、そしてそれを動かす他の国から独立した仕組みがそろうと「国」になるんだね。
私:さらに、他国と外交関係を結ぶ力も必要とされている。おもしろい話を教えてあげよう。今から60年位前に、イギリスで元軍人の男が、沖合にあった放棄されていた要塞を占領して、「シーランド公国」という独立国だと宣言したんだ。
ワタル:なにそれ!
私:その男は自ら公爵を名乗ってね。もちろんイギリスは退去を求めたが、なにせ領海の外に位置していたため、イギリスの法律が及ばなかったんだ。そこでその「公爵」は、憲法や国家を制定したりパスポートを発行したりした。武装集団の襲撃を撃退したこともあったようだ。
タロウ:まさか、それで国になれるの?
私:どう思う?
タロウ:ええと、領土の要塞があって、誰かが住んでて、そしてイギリスの領海の外なら、もう国じゃないの? だって支配者だっているんでしょ?
私:問題は、領土だな。これは人工的に作られた海上要塞にすぎない。ほら、島の条件って覚えてるだろ?
ゲンタ:ああ。満潮の時でも、自然な状態で海面から上に無いといけないんだよね。だから沖ノ鳥島も、ちょこっとだけ飛び出てる岩の周りをコンクリートで保護してるのさ。
タロウ:ああ、それじゃあ人工的な海上要塞だと領土にならないんだね。あれ、でも最初にその要塞を作ったのはイギリスだよね? それじゃあイギリスの領土?
ワタル:だから、勝手に公海に人工要塞を作っても、領土にはならないんだよ。だからイギリスも追い出すことができなかったんだよね?
私:その通りだ。何といっても、このシーランド公国を認めている国は一つも無いんだ。
タロウ:そっか。何か残念。
ワタル:もしこれが国家として認められたら何でもありになるからこれでいいんだよ。
戦争とは
私:それでは、国が何なのかがわかったところで、戦争について考えてみるよ。戦争って何だ?
ワタル:だから、国と国が戦うことだよ。
ゲンタ:そうそう。領土をめぐってね。
タロウ:自分の言う事を聞かせるためってのもあるよ。
ワタル:あっ! 国の3つの条件だね。領土を守るため、そして主権を守るために戦うんだ。
ワタル:守るだけじゃないよ。よその領土を侵略するためだったり、よその主権を奪うための戦争もあるじゃないか。
私:よく気が付いたな。ロシアからみれば、ウクライナの土地を奪い、ウクライナを支配する目的で始めた戦争だが、ウクライナから見れば、自国の領土と主権を守るための戦いということになる。
ワタル:それじゃあ3番目の条件の国民をめぐる戦争は?
タロウ:それはさ、たとえばイスラエルがガザ地区を攻撃しているのって、もともとガザ地区のハマスって組織が、イスラエルから大勢人質をとったのがきっかけだよね?
ゲンタ:さらにさかのぼると宗教上の対立でしょ?
私:そうだな。自国民の安全が侵害されることは戦争の原因の一つだ。また、国民の心の問題、宗教上の対立も戦争の原因となる。
タロウ:あとさ、外交上のトラブルで戦争に発展することだってあるよね。
私:その通りだね。そもそも国家の成立要件である領土・国民・主権、そして外交、これらが全て戦争の原因にもなるんだ。
ワタル:それじゃあ国があることが戦争の原因ってことになっちゃうよ。
戦争を無くすには?
私:それじゃあ記述課題を出そう。どうしたら戦争を無くすことができるのかについて書いてくれ。
一同:ええっ! そんなの無理!
私:なんでもいいんだ。どんな小さなことでもかまわないから、何か書いてみてごらん。
タロウ:一応かけたよ。自信ないけど。
私:いいよ、書くことが大事だからな。
タロウ:「私たちは人を殺したり殺されたくはない。それなのに国単位の戦争が起きてしまうのは、国を作ったことに原因がある。そこで、すべての国をなくして、地球という一つの星の住民、すなわち地球民であることにすれば、戦争は無くなるはずだ。」
ゲンタ:うわ! いきなりでっかい話になった!
私:なかなかいいと思うぞ。文章構成も悪くない。ずいぶん上達したな。地球民というのは気に入ったぞ。
タロウ:それじゃあ何点?
私:満点!
タロウ:うわ! ついに満点!
私:確実に一つの解決策を提示している。この際実現可能かどうかはどうでもいいんだ。
ゲンタ:それじゃあ僕のは?「戦争は、始めるときには皆興奮して始めるけれど、終わらせるのは難しい。そして終わった後には深い後悔と反省の時期がやってくる。この後悔と反省を徹底することで、いつしか戦争そのものを始める前に考えるようになり、戦争もしなくなると思う。」
ワタル:これもいいね! やっぱり反省だよね、大事なのは。
私:そうだな。興奮と後悔が交互に訪れるというのはその通りだ。だからこそ私たちは戦争の記憶を風化させてはならないのだね。これも満点にしよう。
ゲンタ:やった!
ワタル:僕のも聞いて。「国が違えば、文化も言葉も生活も違う。そのため、見知らぬ国の人と打ち解けられず、理解もできないことが多い。人は理解できないことを恐れる生き物だ。だから、まずは共通言語を普及させるべきだと思う。そうして理解がすすめば、人々は相手を尊重することを覚えるし、そうやって人の心に相手を大切に思う気持ちが芽生えれば、それが平和のとりでになるはずだ。」
ゲンタ:おお! 何かかっこいい!
タロウ:あ、ユネスコ憲章を使ったね! 戦争は人の心に生まれるものだから、人の心に平和のとりでを築かねばならないってやつ。
ワタル:世界中の人たちが自由にコミュニケーションがとれるようになればいいと思ったんだ。
私:これも素晴らしい! 満点だ!
ワタル:今日は先生、甘くない?
私:そんなことはない。みんなよく書けている。先生もみんなの意見に賛成だ。戦争は国の偉い人たちが考えることだなんて思わずに、今の自分たちの問題だと思ってほしかったんだ。