
私のところに時折持ち込まれる相談があります。
「普段はA塾に通っていますが、日曜日だけB塾の特訓講座を受けたほうがいいでしょうか?」
今回はそうした疑問に向き合います。
塾の戦略
塾は、「合格させてナンボ」、の世界です。したがって、塾を選ぶ際には、みなさん塾の合格実績を気にします。どうしてその塾を選んだのか、アンケート調査をすると理由のトップが「合格実績」なのですね。
それがわかっているからこそ、塾も合格実績を競い合うのです。
そのためには、中学入試問題を分析し、最適な指導法と教材を作り、生徒を育てあげて合格まで導く。
これが王道です。
しかし、残念ながら、世の中にはこうした「王道」ではなく「邪道」に走る塾があるのですね。
他の塾に通っている生徒を、何とかして取り込もうと画策するのです。完全に転塾させるのならまだしも、週1回程度通わせることで、「指導実績=合格実績」を稼ぐことに注力します。
例をあげましょう。
開成・桜蔭・筑駒といった最難関校を目指す場合、一番に候補に挙がるのがSAPIXですね。

四大塾とよばれる、難関校の実績を競い合っている塾の中で、ダントツの実績を誇っていますので。
※四谷大塚の実績は、YTnet加盟塾の総計です。四谷大塚のテストと教材を使っている全国の塾の実績を合わせたものですので注意が必要です。ちなみに早稲田アカデミーもYTnet加盟塾です。また早稲田アカデミーについても、公表データは個別指導等のグループ塾の総計となっています。
さて、SAPIXの実績を見て、「指導法や教材を参考にしよう」と考えるのが普通のはずなのですが、そうはならないのです。
SAPIXの小6の授業曜日は、前期は火・木・土、後期はこれに日曜がプラスされます。
SAPIXの大規模校がある同じ駅に作られた、某塾の授業曜日を見てみます。
◆筑駒・開成算数講座・・・金曜
◆筑駒・開成国語講座・・・水曜
偶然なのでしょう。たまたま開講曜日がSAPIXの授業曜日とズレただけなのでしょう。
そう考えるには、私は業界に長く居過ぎするのです。
その他にも、同様の授業曜日設定の塾はいくらでも探せます。
大手塾に通っている優秀な生徒を、なんとか取り込もうとして必死なのだと思います。
無料テストの成績優秀者にピンポイントでセールスをかける、などというのも定石です。
もちろん、これは需要があってこそ成り立つ戦略です。
SAPIXだけでは開成対策の算数が物足りない
そう考える家庭もあるということなのかな?
しかし、こうした「需要」は、不安を煽ることで喚起できるのがやっかいなのです。
他の塾を併用しなければ難関校には届かない!
そう思わせることで商売が成り立つ側面を無視はできません。
兼塾してよいケース、いけないケース
◆通っている塾では物足りない
どう考えても、兼塾してよい、兼塾したほうが上手くいくケースはこれだけでしょう。
通っている塾の指導だけでは、志望校合格が見込めないケースです。
それなら転塾したほうが良いと思うのですが、転塾できない・したくない理由があるかもしれません。
例えば、家のすぐ近所の小さな個人塾に通っている、そんな場合です。低学年のころから通っていて、塾長は子どもの状況や家庭の状況までよくわかっている。信頼できる先生との出会いは大切にしたいですからね。しかし残念ながら、その個人塾からでは、開成や桜蔭に合格した生徒は過去に一人もいない。どんなに人間的に優れた先生でも、指導経験・指導実績が無い場合には、まともな指導は期待できないのです。どんな勉強をどれくらいやらせれば、そしてどれくらいできるようになれば、開成に届くのか、それが経験としてわかっていないので。
かといって、電車で数駅離れた大手塾までは通いたくない。時間ももったいない。
そこで、普段は今まで通り個人塾に通い、土日だけ、大手塾に通う。そうした戦略は有効だと思います。
◆通っている塾では物足りないと思い込んでいる
進学実績も出ている塾に通っているのに、日曜だけ、あるいは別曜日だけ他の塾の特訓を受講するケースは、賛成できかねます。
どう考えても、復習がおそろかになることが目に見えているからです。
「やっぱりB塾の日曜特訓に通わないと合格できないんですって」
「みんなC塾にも行っているそうよ」
こうして風説に惑わされることはデメリットしかありません。
「D塾の無料テストで成績優秀者だったから、授業料免除の特待生扱いで特訓講座に誘われた」
これも怪しさ満点です。適切なサービスには適切な対価が伴います。こと「教育サービス」については、私なら無料を選びません。
◆通っている塾の勉強についていけない
この場合は、まず第一に考える必要があるのは転塾でしょう。明らかに塾の授業レベルと合っていないからです。
ただし、4科目のうち、3科目は問題ないのだが1科目だけついていけない、そうした場合もあるかもしれません。
その場合は、個別指導or家庭教師で苦手教科だけ補うのは悪くない考え方です。主軸は通っている塾に置いておくのが前提です。
◆特殊な対策を必要としている
私立と公立中高一貫を両方志望する場合が相当します。私立中学受験の勉強だけでは、公立中高一貫校対策が物足りないのです。かといって、公立一本に絞った学習では、私立に受からなくなります。例えば、公立中高一貫校の実績が目覚ましいenaの合格実績を見るとこのようになっています。
都立小石川 96名
都立大泉附属 114名
都立南多摩 120名
なかなかの実績ですね。そして私立の実績はこうです。
開成 2名
麻布 1名
桜蔭 0名
女子学院 1名
駒東 1名
筑駒 1名
あきらかに、指導のベクトルが私立中受験に向いていません。
そこで、普段は今まで通りの私立受験対策の塾に通い、週1日だけ、公立中高一貫校に強い塾に通うというのはアリでしょう。
◆麻布・武蔵・海城・鴎友を志望する場合
ここにあげた4校は、思考力系の問題を出す学校です。とくに社会科の記述が「攻めて」いるのです。
・読書が情報を得る手段だけとはいえない理由を論じる
・冷戦構造の変化について説明させる
・報道写真を見るさいのリテラシーについて論述
・解釈改憲の根拠や問題点について論述
こんな問題が普通に出題されていますので、別途対策が必須です。また、これらの記述の指導には、教師の側にも相応の準備・力量が求められます。Y/N50レベルの学校の指導を主戦場としている教師では難しいと思います。
塾との信頼関係を捨てる
塾は、指導する教師で成り立っています。そして教師も人の子です。低学年から手塩にかけて育ててきた生徒が、他塾に行くことを快く思うはずはありません。
丁寧な指導をする教師であれば、四科目の家庭学習の負担までを考慮して宿題の量を調節しています。いくら塾の授業が無い曜日だからといって、他塾に通うことは、弊害だとしか思えないのですね。また、変な解き方の癖をつけられることも好ましくはありません。たとえば算数で、面積図に統一して習熟させようとしているのに、天秤図を教えられてくるとか。理科で、電気回路については電圧・電流・抵抗の関係をきちんと理解させようとしているのに、おかしな簡易計算法を習ってくるとか。歴史年代は丸暗記をさせようとしているのに、語呂合わせを覚えてくるとか。
夏期講習を全て休んで他塾に通ったり、こちらの日曜特訓を申し込まずに他塾の特訓に通ったりする、そうした生徒については、さすがに見捨てることまではしないでしょうけれど、指導の優先順位は確実に下がります。
わかりやすくいうと、「あなたの指導だけでは合格できないから」と、塾の教師に喧嘩を売っているのと同じですので。喧嘩を売った以上、授業料以上のサービスを期待するのは図々しい話です。
つまり、兼塾するということは、今まで通っていた塾との信頼関係を捨てる、ということを意味します。
しかし、しょせん塾など、利用できるところだけ上手に利用すればよい、これも正論です。
塾の教師には、親身の相談に応じてもらうことや、特別な声掛けをしてもらったり、居残り補習をやってもらったり、過去問添削で時間外労働の無理をしてもらったり、そうしたサービスなど期待せず、授業料に応じた指導だけを期待する。そう割り切って、お子さんの学力や適性や志望校に合うように複数の塾を利用するのもよいかもしれません。