
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
問題提起
タロウ:先生、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。
私:何だ?
タロウ:僕の苗字って珍しいよね。
ワタル:確かに! 俺、最初タロウに会ったときは読めなかったよ。
ゲンタ:全国に数百人しかいないって自慢してたよね。
タロウ:僕、自分の苗字、珍しくて気に入ってたんだ。それなのに、この前クラスの女子にからかわれたんだ。タロウの苗字だと、結婚できないって。
ワタル:どういうこと?
ゲンタ:ああ、タロウの苗字になりたい女子はいないってことだね。
タロウ:うん。先生、どう思う?
私:そんな女子は放っておけばいいさ。愛があればどんな苗字だって大丈夫だ。
タロウ:先生、真面目に答えてる?
私:先生はいつだって真面目だぞ。
ゲンタ:もし女の子がタロウの苗字に変えたくないのだったら、タロウが変えればいいじゃないか。
ワタル:そんなことできるの?
ゲンタ:できるって聞いたよ。ね、先生?
民法の規定
私:それについては、民法という法律にこう書かれているんだ。
第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
ワタル:これはつまり、どっちの苗字でもいいってこと?
私:そうだ。結婚するときに、夫の苗字にしてもいいし、妻の苗字にしてもいいということだね。
ゲンタ:ね、これで解決さ。
タロウ:ちょっと待ってよ。それじゃあ僕が苗字を変えなくてはならないってことだよね。
ゲンタ:そうすれば問題解決じゃないか。
タロウ:やだよ。僕、自分の苗字変えたくないよ。気に入ってるっていっただろ。
ゲンタ:あきらめたら。愛があればどんな苗字だって大丈夫さ。
タロウ:でも、生まれた時からこの苗字だし、けっこう古くから続く家柄だって聞いたことあるんだ。だから変えたくないよ。
私:なるほどな。タロウの言い分もわかるな。でもみんな、女性だって変えたくないはずって考えたことないかな?
タロウ:あっ! 僕が苗字変えたくないのと同じように、女子だって苗字変えたくないかもしれないよね。
ワタル:なるほど。確かにそうだよな。ううむ、どうしたらいいんだろう。
ゲンタ:タロウが結婚をあきらめればいいんだよ。それで解決さ。
タロウ:そこ?
夫婦同姓は伝統か?
ワタル:そもそもさ、なんで結婚すると苗字を一緒にしないといけないんだろう?
私:みんなはどうしてだと思う?
ゲンタ:昔からそうなってるからじゃないの?伝統ってやつ。
タロウ:なんか夫婦の一体感が増すっていうか、家族の絆が深まるんじゃないか?
ワタル:別に苗字を一緒にしたから仲が良くなるってこともないよ。
ゲンタ:だから、昔からそう決まってるんだよ。家族なんだから、苗字が一緒なのは当たり前じゃないか。
私:実は昔から当たり前だと決まっていたわけじゃないんだ。
ゲンタ:そうなの?
私:1898年の明治民法で初めて決められたんだね。
ゲンタ:それって明治31年だよね。それより昔は夫婦の苗字はどうだったの?
ワタル:あ、江戸時代以前には、武士以外は苗字が無かったじゃないか。
ワタル:そうか。それなら結婚後の苗字問題なんて起きるはずなかったよね。
ゲンタ:でも明治になったら苗字をみんな名乗るようになったよね。それっていつからなんだろう?
私:1870年(明治3年)の「平民苗字許可令」が出されたからだね。まあ実際のところは、その5年後の「平民苗字必称義務令」が公布されてからだけど。
ゲンタ:その後民法ができるまでの間はどうなってたの?
私:妻は結婚後も生家の苗字を名乗ると決められていた。
ゲンタ:ええ! それじゃあ結婚後に女の人が苗字を変えるのって伝統でもなんでもなかったんだ!
ワタル:でも、江戸以前の武士はそうなってたんだよ、きっと。だからそういうルールを明治31年に全員に広げたんだよ、きっと。
私:違う。苗字を持つ武士の場合は、女性は結婚後も実家の苗字を名乗っていた。
タロウ:それじゃあ先生、このおかしなルールって、いったいどこから湧いて出てきたの?
夫婦別姓の導入
ゲンタ:明治時代だからなあ。きっと西洋のまねでもしたんじゃないのかな?
私:その通り! いい推理だ。西洋の制度を日本の家制度に変えて導入したんだな。
ワタル:それじゃあ、日本以外の国、欧米でも女性が苗字を変えなくてはならないの?
私:昔はそうだったようだが、今は違う。それでは男女平等の原則に反するからな。今は法律で夫婦同姓を強制している国は他にはない。世界で日本だけなんだ。
ゲンタ:それって・・・・。
タロウ:他の国はどんなやり方してるの?
私:まず、日本スタイルを夫婦同姓という。法的には男性に合わせても女性に合わせても良いことになってはいるが、実際には95%の夫婦が男性の苗字に合わせているので、とてもじゃないが男女平等とはいえないな。それから、結婚後も男女とも苗字を変えないスタイルがある。これを夫婦別姓という。この場合、結婚後に同姓にしても別姓のままでもどちらでもいいですよ、というのが普通だ。これを選択的夫婦別姓という。
タロウ:それが一番良さそうに聞こえるけど。変えたい人は変えればいいし、変えたくない人はそのままでいいんだよね。
私:その他にも、連結姓というのがあるね。結婚したら苗字をくっつけてしまう。
ワタル:それも面白いね!
私:また、夫婦が新しい苗字を作ってしまう国もあるんだ。創作姓だ。
ゲンタ:そんなこともできるんだ!
私:アメリカやイギリスは、別姓も連結性も創作姓も選べるようだね。
タロウ:まさに自由だ!
選択的夫婦別姓
タロウ:これからどうなりそう?
私:選択的夫婦別姓については議論が続いているね。世論調査では賛成する人が多いようだが、国会の議論がなかなか進んでいないんだ。国連女性差別撤廃委員会からは、日本に対して夫婦同姓の強制を是正するよう勧告が何度も出されてしまった。男女平等の観点からも、前向きに議論しなくてはならないだろう。
先日、とある女子生徒から、「なんで結婚したら女子だけ苗字変えなくてはならないの!」と詰め寄られてしまったのです。夫婦別姓の問題については、学校でもきちんと教えてもらっていないうえに、塾でも扱われないようですね。選挙の前だけ話題になるけれど、それ以外のときにはニュースにもあまりなりません。それでも、夫婦別姓を訴える裁判はときどき起こされています。
夫婦別姓問題については、歴史的経緯も含め、一度きちんと理解しておく必要があると思います。