中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【中学受験】父親の役割 何してほしい? どうあってほしい?

中学受験において、父親の役割は何でしょう?

そんなものは家庭によって異なる。それはそうですね。

でも、「こうあってほしい」「これではダメなのか?」という疑問はあると思います。

今回は、過去の経験からケーススタディとしていくつかご紹介します。

(本来なら「お父様」と表記すべきでしょうけれど、このブログでは、敬語表現を省いて「父親」「母親」と書かせていただいています)

ボスとしての父親

面談・保護者会等、平日の昼間でも塾に来るのはいつも父親でした。母親の姿を見たことはありません。よく息子を迎えにも来ていました。

いわゆる「強面」の方で、巨大なドイツ車を交差点に堂々と路駐していましたね。服装もサラリーマン風ではなく、夏は派手なアロハシャツの胸元にゴールドのチェーンがのぞいていたものです。

他の職員や保護者からは、「あの人は怖い」と避けられていたのですが、なぜか私はこの父親に気に入られてしまったようで、世間話や学習相談を頻繁にしたのを覚えています。

息子は、頭が良いもののやんちゃな生徒でした。

父親の教育スタイルは、ある意味筋の通ったものでした。

「ひと様に迷惑をかけるようなことがあればぶっ飛ばしていただきたい」

そう言われたからといって「ぶっ飛ばす」ことはできませんが、厳しく接してほしいという要望だったのですね。

私はこの親子を見ると、いつも「〇〇組の親分と子分」を連想したものです。子分である息子は親分である父親に絶対服従なのです。ただし、親の顔色をうかがうようなことはなく、相変わらず自由気ままな勉強スタイルです。父親も、息子の生活や勉強の細かいところには口出しをせずに、基本放置です。ただし、締めるところは締める、そういう感じでした。

父子関係は極めて良好でした。

この親子に合う学校はあるのだろうか?

どう考えても、私には1校しか思いつきませんでした。港区にある、自由な校風で知られるあの学校です。

幸いにして、志望どうりの進学を果たしました。

しかし、それから2・3年して、この父親に会う機会があったのですが、その学校でも何かやらかしていたようで、きちんと通っていないとのことでしたね。ただしそれを言う父親も、「まったくうちのバカ息子が」といった態度で、とくに気に病んでいる風もありませんでした。

その後この子がどのような人生を歩んでいるのかは知りません。プラスかマイナスかはわかりませんが、いずれにしても大物になっているのでは、と予想しています。

 

万人に受け入れられるスタイルではありませんが、ポイントは2点あると思います。

◆父親の姿勢はぶれない

◆つねに近くにいる

 

子どもに対して強い態度を示す父親などたくさんいます。

しかし、その姿勢が、ぶれてしまうと、子どもの信頼を失います。

同じことをしでかしても、気分しだいで怒ったりスルーしたり。

また、子どもの日常に全く関わらないのに、時たま気まぐれに叱るような父親も、子どもから見れば尊敬できません。

ここで紹介したこの父親は、少なくとも子どもに接する態度はぶれませんでした。

 

子どもを枠にはめすぎる

 

父親の希望は、娘を何が何でも医者にすることでした。

ちなみに父親の職業は医者ではありません。自営業でした。

中学受験においても、医学部進学実績だけを考えて志望校を選びました。

さらに、その中学校の入試問題の分析を徹底的に行い、その学校の合格に必要なことだけを勉強させたのです。

娘が小学校と塾に行っている以外の時間は、完全に父親が勉強をコントロールします。相当厳しい指導のようでした。

その甲斐あってか、娘は志望校に合格を果たしました。

しかし、中学生にもなれば、子どもにも自我が芽生えます。周囲のクラスメイトの家庭環境も知ります。

娘は全く勉強をしなくなりました。もう父親の言うことなど聞きません。いわゆる「反抗期」が強い形で現れたのです。

また、この学校は、娘の学力レベルには合っていませんでした。無理をしてテクニックだけを磨いての合格でしたので、基礎学力が伴っていなかったのです。勉強においても周囲に置いていかれ、落ちこぼれていきます。

そんな学校生活が楽しいわけもなく、娘は学校以外に楽しみを探すようになります。早い話が、「遊ぶ」ようになったのです。

大学入試に関しても、壮絶な父娘バトルがあったようです。父親はあくまでも医学部進学にこだわりますが、娘の学力が全く足りていないのです。もちろん娘だって医者になど興味はありません。とはいえ、スポンサーである父親が最終的な決定権を握っていることも確かです。

結局、娘は2年浪人した後に、デザイン系の専門学校に進学しました。やっと父親が諦めるまでに2年かかったのです。

 

子どもといえども一個の人格です。個性もありますし、学力だって親の思い通りにはなりません。

わが子の幸せを第一に考えた学校選びさえできていれば、そう思いますね。

 

学力で尊敬される

 

 子どもに中学受験をさせる、そう決めたときから、父親は中学受験のための勉強を「自分で」始めました。まずは、ネットで手にはいるいくつかの中学校の入試問題を解いてみることから始めたそうです。

「まったく解けませんでした。あんな難しいレベルの問題が出るのですね」

父親の率直な感想です。

自分でも歯が立たない入試にわが子を立ち向かわせる。そう考えると、まずは自分が入試問題くらい解けるようにならないとダメだ、父親はそう単純に考えました。

そこで、入手したのが、四谷大塚の「予習シリーズ」です。これは一般に入手可能な教材としては、カリキュラムが確立していることと、自学自習が可能だという特徴があります。実は父親は中学受験経験者で、小学生時代にはこの教材を使っていたそうです。

しかし、大昔に自分が勉強した内容などきれいさっぱり忘れていますし、最近の入試事情は自分の頃とは全く異なることもわかっています。ゼロからの受験勉強でした。

夜の1時間程度の時間と、週末の1日の時間。これを使っての受験勉強は、3年ほどで完了しました。どの学校の入試問題でも満点がとれる自信がついた頃、子どもが小学4年生となり、本格的な受験勉強が始まったのです。

基本的には塾の指導にまかせています。しかし、子どもが躓いたときにはすぐに手を差しのべます。子どもにとっては、こんなに心強いことはないですね。

勉強については全幅の信頼を子どもは父親に寄せていました。

志望校については、3つほど候補になった学校は、どの学校に進学しても第一志望校と言える学校だったそうです。そのうち最も難易度の高い学校に進学しました。

その後、父親は悩みました。自分も大学受験勉強をするかどうか、についてです。せっかく得た信頼を失いたくはありません。そのためには大学受験勉強を完璧にやるべきではないか。

結局、それはやめたそうです。ここから先は自立してほしいし、頼るべき相手は自分ではなく学校の先生であるべきだと考えたのです。

誰にでもできることではないですが、よく考えれば、誰にでもできることでもあります。

中学入試レベルの勉強から親が逃げているようでは、子どもに「勉強しなさい」と偉そうに語る資格はありませんので。

 

母親に同調する

 

母親が子どもを叱る場面では、一緒になって叱ります。母親が子どもを甘やかす場面では、一緒になって甘やかします。夫婦の言動がシンクロしているのです。

子どもにとってはこれはたまりません。口うるさい母親が家に二人いるようなものですから。

夫婦は役割分担が重要だと私は思います。

母親が感情的に子どもを叱っているときこそ、父親は冷静にそれをなだめなくてはなりません。母親が甘やかしすぎている場面では、父親は毅然とした態度が求められます。

大変失礼な言い方であることは承知の上であえていいますが、最近の父親は女性化(母親化)してきた印象があるのです。

それでも、両親の言動が完全に一致しているのならまだましなのですが、そうはなりません。ほとんどの場合、父親と母親の叱るポイント、注意ポイントが微妙にずれているのです。

 

「いつまで漫画読んでるの! 早く勉強しなさい!」

「さっきパパが、10分休憩とっていいっていったから」

 

「何だこの点数は! どうして間違えた!」

「でもママは、前回より点数がとれているからこの調子でいいって言ってくれた」

 

「いつまで算数ばっかり解いてるんだ! 理科はどうした!」

「ママが、算数を先に終わらせなさいって言ったから」

 

「今日は疲れているみたいだから、早く寝なさい」

「でもパパが、この問題解き終わるまでは寝るな!って怒った」

 

子どもが可哀そうですね。