
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
バリアフリー
タロウ:先生! 質問していいですか?
私:いいぞ。何かな?
タロウ:バリアフリーって何ですか?
ワタル:タロウは知らないの? そんなの常識だよ。
タロウ:それじゃあ言ってみて。
ワタル:バリアを無くすことだよ。
タロウ:それじゃあ、バリアって何?
ワタル:それはバリアはバリアだよ。よくアニメで出てくるじゃないか。「バリア!」とかいって敵の攻撃を防ぐやつ。
タロウ:それは違うだろ! バリアっていえば、壁のことでしょ。車いすの人達が通れない段差みたいなもの。僕たちには壁でもなんでもないけれど、車いすの人にとってみれば、通行不可能=壁、だからバリアって呼ぶんだよね。それを無くすのがバリアフリー。
ワタル:なんだよ、タロウ、よく知ってるじゃないか。だったら、何が聞きたいの?
タロウ:車いすの人が通れない段差をバリアって言うのはわかりやすいんだ。だからそこにスロープをつけてあげれば自由に壁を通り超えることができる、それをバリアフリーって言うのはわかるんだよ。でも、今日学校で先生が、それ以外のバリアの例を10個見つけてきなさいって宿題を出したんだ。そこでいろいろ考えてたんだけど頭がこんがらがっちゃって。
私:なるほど、そういうことか。バリア=壁という言葉のイメージにとらわれ過ぎないほうがいいね。それでは、まず最初に、車いすの人にとってのバリアの例を皆で考えてみようか。
ワタル:トイレ! 最近は車いすの人でも使える多目的トイレが増えたけど、まだまだ不十分だと思うんだよね。
タロウ:ドア。自動ドアはいいけど、そうでなければ、車いすの人は使いづらいと思うよ。
ワタル:確かにね。たかだかドアなのに、それがバリアになるんだね。
タロウ:エスカレーター。僕たちには便利だけど、車いすの人にとっては壁そのものじゃないか。
ワタル:キッチン! うち、お父さんもお母さんも背が高いんだよ。だから、家を建てるときに、キッチンの流しの高さをすごく高くしたんだ。それなのに洗い物を頼まれたりすると、もう大変なんだよ。あんなの僕だって大変なくらいだから、車いすの人には不可能だよ、使うの。
タロウ:図書館。
ワタル:何で?
タロウ:図書館の書棚って天井まであるじゃないか。高い所の本って取りずらいんだよね。梯子とか脚立とかないと手が届かないんだよ。もう車いすの人がかわいそうだよ。
ワタル:点字ブロック
タロウ:何で? あれって障害者のためのものじゃないか。
ワタル:あれは視覚障害者のために作られてるよね。でも雨の日はすべりやすいし、第一凸凹してて車いすの通行向きじゃないと思うよ。
タロウ:こうしてみると、ずいぶんたくさんあるんだね。
私:みんなはエレベーターの壁に鏡がつけてあるのを見たことないかな?
ワタル:あ、よくあるよね。
私:あれは何でつけてあるのか知っているかな?
ワタル:あれは髪を整えたり、あと自分の顔にうっとりするためのものでしょ?
タロウ:うっとり?
私:そうじゃない。そもそも今何の話をしてたんだ?
ワタル:車いすとバリアフリー。あ、あれは車いすの人用なんだ。でも何で鏡?
私:車いすでエレベーターに乗り込むときは前から乗るよね。でもエレベーターの中では方向転換できないから、出るときは後ろ向きじゃないとでられない。そこで、鏡で背後のドアがあいたことを確認したり、人にぶつからないように注意するために、あの鏡は役立つんだ。
ワタル:いろいろあるんだね。
私:それじゃあ、目の不自由な視覚障害者にとってのバリアって何があるかな?
タロウ:それこそ、全てがバリアなんじゃないかな。だって周囲が何も見えなかったら、怖くて外に出られないよね。僕だったら家から一歩も出られないと思う。
ワタル:点字ブロックの上で立ち話してる人とか、自転車が置かれてたりするのも見かけるよね。あれってひどくない?
私:周囲が見えない場合は、音や匂いなどあらゆる感覚を研ぎ澄ませて、自分の居場所や方角を探るそうだよ。だから、日曜の商店街は歩きづらいと聞いたね。
タロウ:どうして?
私:音や匂いで、ああここは魚屋さんだからもう少しで右に曲がろう、といった具合に頭の中の地図の目印にしているんだそうだ。そのお店が閉まっていると、自分がどこを歩いているのかがわからなくなるそうだ。あと騒音も困るそうだね。
タロウ:そうか。視覚障害者にとっては、音や匂いまでバリアになる場合があるんだね。
私:それでは、お年寄りにとってのバリアを考えてみようか。
タロウ:この間レストランで、メニューの文字が小さくて困っている人がいたよ。
ワタル:エスカレーターに乗り降りするのが危なっかしいお年寄りを見たことがあるなあ。
ゲンタ:ごめん! 遅くなっちゃった!
私:どうした? 何かあったのか?
ゲンタ:それがさ、今日PASMO持って出るのを忘れちゃって。それで駅で切符買おうと思ったら、僕の前におじいちゃんとおばあちゃんの団体がいたんだよ。券売機のタッチパネルの使い方がわからなくて困ってたんだ。しばらく後ろでイライラしながら待ってたんだけど、これはもう手伝ってあげたほうが早いなって思って、僕がおじいちゃんたちの切符を買うのを全部手伝ってあげたんだ。そうしたら遅くなっちゃった。
タロウ:まさにタッチパネルはお年寄りにとってのバリアだったんだね。それを助けてあげたゲンタがバリアフリーということだね。
ゲンタ:何の話?
ノーマライゼーション
ゲンタ:先生。質問いいですか?
私:何だ?
ゲンタ:ノーマライゼーションって何ですか?
ワタル:あ、それ! 僕も聞きたいって思ってたやつ!
タロウ:ノーマルが普通って意味で、普通にしようってことらしいんだけど、それだけでは全くわからなくて。
ゲンタ::バリアフリーと何が違うんですか?
私:そうだなあ。例えばゲンタが車いすを使っていたとするだろ。それでスーパーに買い物に行くことにするんだ。そうしたら、スーパーの入口に2段くらいの階段があってね。これだと店に入れないね。さらにスーパーのドアは自動ドアじゃなかった。さらに陳列棚の間が狭くて車いすが通れない。おまけに店員が不愛想で手伝ってもくれないんだ。
ゲンタ:ひどいね、それ。バリアだらけじゃないか。
ワタル:段差はスロープにして、自動ドアにして、陳列棚の間の通路は広くして、そして不愛想な店員は愛想のよい店員に取り換えないとね。
私:さて、探していたお菓子は、棚の一番上にあって手が届かないんだ。そこで店員呼び出しボタンを押して店員にとってもらうことにした。このスーパーでは、あちらこちらに呼び出しボタンが設置されたんだ。
ゲンタ:ずいぶん親切なスーパーになったんだね。それなら車いすの僕でも買い物ができるから何の問題もないんじゃないかな?
私:せっかく取ってもらったお菓子だけど、やっぱり買うのを止めることにした。そこでボタンを押して店員を呼び出して戻してもらった。新しいお菓子が見つかったから、また店員を呼び出した。途中で頼まれてた調味料も店員にとってもらったけど、結局それも買うのをやめて、元に戻してもらう。さらに重いジュースが欲しいので店員を呼び出してカートに入れてもらった。あ、やっぱりさっきのお菓子が欲しいかもしれないので店員に取ってもらった。でもお金が足りなくなったので戻してもらうためにまた店員を呼んだ。
タロウ:店員さん、大忙しだね。
私:夕方の買い物客でにぎわってきた。何度も何度も呼び出された店員が不機嫌そうな顔になってきた。「何度も呼び出すなよ!」という店員の心の声が聞こえるようだった。
ゲンタ:それは、わかる気がする。最初は親切に手伝ってくれたけど、だんだん嫌になってきてしまったんだね。僕だって遠慮しちゃうよ。
私:結局ゲンタは、欲しかったお菓子をあきらめることにした。
タロウ:もしかして、バリアフリーを実現しただけじゃダメなんだね。
私:どうしたらいい?
ワタル:陳列棚を低くすればいいんだよ。
私:でも先生は背が高いから、腰をかがめて買い物するのは嫌だなあ。
ゲンタ:あ、わかった! 同じ商品を上から下まで一列に並べておけばいいんだよ。そうしたら、車いすの人だって店員の手を煩わせなくても自分で買い物が自由にできるよ。それに、先生の腰だって痛くならなくてすむし。
私:正解! 実際にそうした工夫をしているスーパーも海外にはあるようだね。これがノーマライゼーションだ。
ゲンタ:つまり、皆が普通に買い物ができるということ?
私:その通り。障害者や高齢者にとっての壁を一つ一つ取り除いていこう、というのがバリアフリー。そしてそれをもっと進めて、誰もが特別扱いされることなく、普通に意識することなく同じように生活できる社会を目指す、それがノーマライゼーションなんだ。
ゲンタ:あ、それじゃあ駅の券売機のタッチパネルも?
私:そうだ。そもそもタッチパネルだと視覚障害者には使えない。昔ながらのシンプルなボタン式のほうが、結局使いやすいってこともあると思うよ。あるいは、AIの発達で、声で注文することだってできるはずだしね。
タロウ:僕たちにとっての普通が、全ての人にとっての普通じゃないってことなんだね。なんとなくわかってきた気がするよ。
私:よし。それじゃあ課題を出そう。ノーマライゼーションを実現するためにやらなくてはならないことを、具体例をあげて書くこと。
一同:うへえ。