
最近、真面目に相談されました。
「うちの子は桜蔭めざしてがんばっているのですが、もう桜蔭のような教育は古いと言われたのです」
「誰に?」
「何人かの知人に。一人はお子さんを桜蔭に進学させた方。一人は広尾学園に進学させた方。一人は渋谷渋谷を志望している方でした」
「ああ、なるほどね」
「それに、教育評論家の方が、雑誌で伝統進学校の人気が落ちてきている、と書いているのを見かけてしまって」
「わかりました。少し説明しましょうか」
伝統校/新興校とは?
伝統別学進学校と新興校、どう定義すべきでしょうか。ここは単純に、大学附属ではない進学校で100年以上の歴史がある男子校・女子校を伝統別学進学校(長いので以下伝統校と表記)、50年以下の歴史しかない進学校を新興校とよぶことにします。
そして、これも乱暴を承知の上で、サピックス偏差値表の50以上の学校を見てみたいと思います。
国公立は除外しました。また、複数の入試を実施している学校については、第一回の入試における偏差値で取り上げています。さらに、一部の学校では、「〇〇コース」といった特別コースに細分化して入試を実施しているため偏差値がわかりづらいので、これも一般生入試の偏差値だけを見ることにしました。
また、伝統校であっても、途中で校名を変更したり共学化した学校は新興校とみなしたいと思います。例えば、明大明治については、HPのトップぺージには「進化する伝統校」と表示されており、創立100周年を盛大に祝ったことも書かれてあるのですが、2008年に共学化し校地を移転しましたので、新興校とすることにします。実は、知人に明大明治出身の方がいるのですが、母校の共学化を知ったとき、「もう俺の母校でなくなった」と言っていたことを覚えていたのです。彼は自分の息子を別の学校に進学させました。
こうしたルールでも設けないことには、2015年創立の三田国際科学学園ですら、123年の歴史を誇る伝統校となってしまいます。また広尾学園も、1918年に板垣退助夫妻(とくに妻)の尽力により創立とHPでは謳っていますが、板垣退助夫妻が作ったのは「順心女学校」であって、まさか広尾学園を設立したつもりはないと思います。
校名変更をもって新興校としようかとも思いました。学校名こそその学校の守るべき重要なアイデンティティだと考えたからです。そうすると、創立10年であっさりと校名を変えた三田国際科学学園はどうしましょう? また、古い学校ほど、創立初期に何度か校名が変わっているケースもあるのです。
もうおわかりのように、実はこうした伝統校VS新興校の議論は、定義からして曖昧なので、あまり意味は無いのです。
【伝統校】
女子学院(1870)
フェリス(1870)
開成(1871)
学習院女子(1847/1877)
海城(1891/1906)
白百合(1881)
豊島岡(1892)
麻布(1895)
早稲田(1896)
逗子開成(1909)
雙葉(1909)
浅野(1920)
武蔵(1922)
本郷(1923)
桜蔭(1924)
洗足学園(1924)
鷗友(1935)
吉祥女子(1938)
栄光(1947)
農大第一(1950/2005)
東邦大東邦(1952)
駒東(1957)
聖光(1958)
浦和明の星(1967/2003)
【新興校】
栄東(1978)
昭和秀英(1983)
渋幕(1983)
神奈川大附属(1984)
渋渋(1996)
広尾学園(2007)
市川(1937/2002)
明大明治(1912/2008)
広尾学園小石川(2021)
さて、いちおう創立年で並べてみました。
前述したように、市川と明大明治は共学化した時点で考えると新興校です。
ただし、創立年を確定しづらい学校が多いのです。前身の〇〇校が創立者の自宅で私塾としてスタートした年とするのか、あるいは高校設立年度とするのか、あるいは中高一貫校のスタート年度とするのか。
例えば農大第一を例にしてみます。
1891年 榎本武揚により東京農業大学の原点、徳川育英会の育英黌農業科として設立
さて、ここの年を創立年と考えるとなかなかの伝統校ですね。明治24年です。それにしても榎本武揚ですか。この時期の学校の設立には、いわゆる「元勲」がかかわることが多いですね。日本の将来を見据えたとき、教育の重要性を認識していたのでしょう。
1911年 東京農業大学と改称
校名が「農大」になりましたので、ここをスタートとしてもよさそうです。
1950年 東京農業大学附属第一高等学校開校
高校ができたので、ここがスタートにふさわしいかな。
1956年 女子部併設(男女別学)
女子を受け入れ(別学)たので、ここをスタートとしましょうか?
1962年 東京農業大学附属第一高等学校を東京農業大学第一高等学校に改称
「附属」が取れただけの校名変更ですので、ここをスタートとするのはおかしい?
1964年 男子部、女子部を共学として新発足
共学化しましたので、ここをスタートとするのはどうでしょう?
2005年 中等部開校
中学校のスタートはここです。
2024年 完全中高一貫化(高校募集停止)
ここも大きな区切りですが、普通はスタートとはみなさないでしょう。
100年で区切ってみましたが、洗足と鷗友の間に線が引かれるのははたして妥当といえるのか? 世間の評価としては、洗足学園は新興校の扱いのようにも思いますし。
こうして学校沿革を調べていて思うのは、伝統校と新興校の区分にさほどの意味は無いということですね。
もちろん、伝統校には新興校が逆立ちしてもかなわぬ「歴史」の重みがあります。その学校を卒業した生徒がやがて親となって自分の子どもを通わせる。そうしたサイクルが2回転以上するためには、やはり100年くらいの歳月は必要なのです。
しかし、そうした卒業生がわが子を進学させるケースを除くと、多くの受験生は、学校をその基準では選んでいないでしょう。現在の教育内容を重視するのは当たり前ですから。
以前なら、伝統校には「変わらない」強みがあると思っていました。すでに過去の伝統がありますので、簡単には変わらない、そこが強みであると。教育内容や理念を時代に合わせてコロコロ変えてくるようなことがない、安心感があるのが伝統校だと思っていたのです。
しかし、その伝統をあっさりと捨てて、共学化や校名変更に踏み切る学校がこうも出てくると、状況は変わってきたと言わざるを得ません。
さすがに、「開成グローバルサイエンス学園」という共学校が誕生するとは思いませんが、共学化してもおかしくはない伝統校はいくつか思い浮かびます。
理念VS大学実績
結局のところ、「伝統別学進学校の時代は終わった」という意見は、別学VS共学という対立軸になるのだと思います。
このテーマについては過去に何度か記事にしています。もうそこで結論を出してしまいました。
共学化したからといって進学実績が出るといった単純なことではありません。生徒募集に苦戦していた女子校時代よりは、それは進学実績が向上しているのは事実ですが、「思ったほど」ではない学校も多数あります。それに、大学実績を出すためには、カリキュラムの精査や教師の力量の向上など、時間がかかるものなのです。
そこで、多くの新興校は、「設備の充実」や「新しい教育」「グローバル化」「帰国生受け入れ」「海外留学」「海外大学進学」といった点に力を入れていきます。
とくに「帰国生受け入れ」と「海外大学実績」をリンクさせると、手っ取り早く「成果」を出しやすいのです。海外大学の入学制度は日本とは全く異なりますので、そもそも日本の高校には、海外大学進学のノウハウがありません。日本の高校生の「内向き」志向もありますし、そもそも現在の日本の経済力では、高額な海外大学留学を簡単にさせられる御家庭も多くはないのです。
そこで、アメリカの高校・大学から、進学支援の専門家を雇い入れます。授業を担当する教師ではなく、進学支援の専門家というものが存在するのです。そして帰国生を集めると、体制は整います。
また、日本の大学は世界でもランキングが大したことない、という世評(事実とは必ずしもいえない)が関係してきますね。
言ってしまえば、お金で何とかなるドーピング的な手法ですが、実に効果的です。
しかも、受験生側から見ても魅力的です。
伝統に胡坐をかいた学校が古臭くて色あせて見えてくるのも仕方がないことでしょう。
また、新興校の中には、「東大」を前面に出してくる学校がありますね。
すでにコース名に「東大」のに文字を入れ込んでいたり、HPの大学実績のところに、「東大現役〇〇名合格!」と、まるで塾の高校のように掲げている類の学校です。
さすがに東大への合格者を二けたも出すのは並大抵のことではありませんので、学校と生徒の努力の大きさがうかがえます。
しかし、中高6年間の学びは、それだけなのでしょうか?
この対立軸から離れるために、一度、大学実績を中高選びの基準から外してみることをお勧めします。
6年間の学びそのものの充実を重視し、どんな同級生たちとどのような6年間を過ごすのか、そして学校の先生方はそれに十分応えてくれるのだろうか、そういう基本に立ち返って学校を見るべきだと思います。
私に言わせると、広尾学園も渋谷渋谷もとても良い学校だと思います。女子学院も開成も良い学校です。洗足もフェリスも魅力的です。これらを対立軸で見ることがそもそも不毛ですね。