この記事は、ロジカルライティング講座の入門編の位置づけです。論理的思考力を養成するより前に、まずは最低限の国語力を身に着けることが目的です。
※登場するのは、難関女子校を目指す、国語が苦手な6年生女子3人組、アヤネ・ミユキ・カホ(仮名)です。
一期一会
私:みんなは「一期一会」という熟語を知ってるよね。
ミユキ:先生、私たちのこと馬鹿にしてるでしょ。知ってるに決まってるじゃない。
カホ:私は5年生のとき、「いっきいっかい」って読んで笑われた。
ミユキ:それじゃあ私と同じだね。
私:こういう読みが変則的な熟語は、意味以外にも読みで出題されるからな。それじゃあさっそくだけど、「一期一会」を使った短文を作ってくれ。
ミユキ:「私とタロウ君の一期一会の出会いを大切にしたい。」
私:良さそうだな。ところでどんな意味で使った?
ミユキ:私とタロウ君って、この教室で偶然出会ったじゃない? だから、そうした偶然の出会いを大切にしたいなっていう意味だよ。
私:なるほど。それだと△だ。
ミユキ:どうして? 一期一会って偶然って意味じゃないの?
私:たしかに偶然という意味もゼロではないが、ちょっとずれているんだ。詳しく説明する前に、他の短文も見てみよう。
カホ:「私とワタル君は、最近一期一会に出会っている。」
私:どういう意味だ?
カホ:ええと、ワタル君と毎日一回は定期的に会うっていう意味。
私:なるほど、漢字の意味につられたな。全然違うぞ。こうした熟語は、漢字の文字の意味とずれた意味であることも多いから気を付けよう。例えば「百家争鳴」という熟語は知ってるかな?
カホ:それは知らないなあ。地震でも起きるって意味?
私:この場合の家は、学問の流派を示す。多くの学者が自由に論争するという意味だね。それじゃあアヤネの文を見てみよう。
アヤネ:「Peter先生との一期一会の出会いはとても大切だ」
私:どういう意味で使った?
アヤネ:ええと、先生の授業を、毎回大事にしたいって意味。
私:◎! すばらしい!
カホ:アヤネ! 何かごますってるかんじがするよ。
アヤネ:わかる?
ミユキ:それって私の作った文と一緒じゃない。先生、何が違うの? やっぱりごますらなきゃだめ?
私:そんなことではない。「一期一会」は、千利休の言葉とされている。
カホ:千利休ってお茶の人だよね。たしか信長とか秀吉につかえた。
ミユキ:それで殺されたんだっけ? 秀吉に。
私:秀吉の逆鱗に触れて切腹させられた。実はその理由はわかっていないんだ。
ミユキ:先生、あの茶道って結局何なの? お茶飲むだけでしょ?
カホ:私、おばあちゃんに連れられて、一度だけお茶会に行ったことがあるんだ。もう足がしびれて、お茶は苦いし、器を掌で回すのも意味わかんないし、やっと出てきたお菓子もおいしくなかったし。
私:子どもにはわからないだろうなあ。千利休の目指した茶道は、「わび茶」という。「侘び寂び」の境地をめざす、簡素で静寂に満ちた世界観なんだが。
ミユキ:ますます謎が深まったよ。
私:こんどじっくり説明してあげるから。それで千利休はこう言ったんだね。「一期」というのは仏教用語で人が生まれてから死ぬまで、つまり一生という意味だ。「一会」は、お茶会と思ってくれ。お茶会は、それが一生で一回の出会いと思って相手に尽くす、といった意味になる。そこから、人との出会いは、一生に一回限りの出会いと思って大切にしよう、という意味で使われるようになった。実はこの言葉を広めたのは井伊直弼だそうだよ。
アヤネ:あ、安政の大獄の人だ。
私:「一期一会」を座右の銘にしている人も多いね。
カホ:座右の銘って?
私:これも2000年ほど前の中国の言葉なんだけど、自分の右側、つまり常に傍らに置いて戒めとする言葉、という意味なんだ。
カホ:へえ。先生の座右の銘って何?
私:とくに無いが。ああ、「なんくるないさー」かな。
カホ:「なんくるないさー」って? そもそも日本語?
私:沖縄に旅行に行ったときに知った方言なんだけどね。まあ簡単にいうと「なんとかなるさ」って意味だ。
カホ:楽天的だね。
私:本来は、「誠実に努力を続けていれば、なんとかなる」という意味だそうだけどね。
カホ:先生はどういう気持ちで座右の銘にしてるの?
私:もちろん「なんとかなるさ」という軽い意味だな。
カホ:やっぱり。
アヤネ:英語で「一期一会」って意味の言葉はあるのですか?
私:そうだなあ。近いのは、「Treasure every meeting」かなあ。
アヤネ:Treasureって、宝物ですよね? meetingは?
私:日本語でもミーティングって言うよね。
アヤネ:ああ、それじゃあ、全ての出会いは宝物って意味ですね。でも何か雰囲気が違うような気がします。
私:元は茶道の世界観だからね。かといって、「once-in-a-lifetime chance」だと、一生に一回のチャンスってことになるしな。
十人十色
私:みんなは「十人十色」って熟語は知ってるかな?
ミユキ:先生、私たちのこと馬鹿にしてるでしょ。もちろん知ってるよ。
カホ:ねえ、そのやりとりって必要?
ミユキ:お約束だからね。
カホ:私、5年生のとき「じゅうにんじゅっしょく」って読んで笑われた。
ミユキ:それもカホのお約束だね。
私:それじゃあ短文作成!
ミユキ:「学芸会で何をやるか相談したけど、十人十色で意見がまとまらなかった。」
私:〇!
カホ:「私がワタル君を好きなのを馬鹿にされたけど、人の好みは十人十色なんだから放っておいて!」
私:・・・〇
アヤネ:「人の思いや志向は十人十色だということを皆が認め合えば差別は無くなると思う。」
私:◎! すばらしい! まさにその通りだね。
カホ:もしかしてまたいい子狙った?
アヤネ:わかる?
私:LGBTQの活動の象徴としてレインボーカラーが使われるけれど、まさに同じ発想だね。今度から座右の銘を聞かれたら「十人十色」と答えようかな。
カホ:先生は「なんくるないさー」のほうが似合ってるよ。
わび茶
千利休の茶の世界観。これを小学生に理解させるのは不可能です。過去何十回もチャレンジしましたが、一度も成功したためしがありません。
「いいか。目を閉じてくれ。今みんなは日本風の庭園に立っている。深い緑に包まれた庭の苔むした敷石を踏みながら歩くと、小さく質素な作りの庵が立っている。人がくぐりぬけるのがやっとの狭い入口を入ると、そこはわずか2畳ほどの空間だ。床の間には水墨画が飾られ、竹の筒に椿が一輪無造作に投げこまれている。部屋の隅の炉からは湯の湧く静かな音がする他は物音一つしない静寂な空間だ。外の鹿威しの竹筒が高い音を響かせた後は、さらに静寂が深まったようだ。無駄のない流れるような所作で、主が茶をたて始めた・・・・・。」
無理ですね。