麻布中の国語は、物語文が1つ、漢字4問と記号選択2問で、あとは11問の記述という潔いものでした。
記号選択が少ないスタイルも悪くないですね。どうしても記号選択は、出題者が恣意的に文を作りますので、選びながら納得がいかない選択肢も見かけますので。
「あたしの記憶はきっと、藍色の潮にのって、この浜へ帰る」
伊予原新「藍を継ぐ海」からの出題です。
実はこの本、2025年1月の直木賞を受賞しています。さすがの慧眼というべきですが、もしかして麻布の先生はハラハラしたかもしれません。
入試直前の直木賞受賞→受験生が読むかも!
さすがに受験直前の1月に読書をする余裕はないから杞憂ですね。
この作者の本では、4年ほど前に聖光で「月を刻む」が使われていました。
NHKドラマにもなった「宙わたる教室」も使われるかな?と思っていたのですが、寡聞にして出題されたかどうか知りません。たしか高校生の課題図書になっていましたね。
定時制高校に集まる「訳アリ」の学生?たちが、一つの目標に向かって動き出す、という定番ですが、いい話です。実話に基づくそうです。
ただし、文章冒頭でいきなり、喫煙・大麻・暴力といった要素が飛び出しますので、さすがに小学生向きではなかったのでしょう。
作者は、東京大学大学院で地球惑星科学を専攻し、その後、富山大学で助教を務めていたという異色の経歴の持ち主です。確かな科学的知見に裏付けられた小説を書ける作家だと思います。
問題文の主人公は、徳島県姫が浦に住む13歳の少女沙月です。歳の離れた姉が4年前に都会に出て行って以来、祖父と2人で暮らしています。この浜はウミガメの産卵地として知られています。物語は沙月と、70代のウミガメ監視員の佐和を主軸に進み、そこにビーチコーミングをしているカナダ人のティムが絡む形で進みます。
浜で孵化した子ガメたちが海へと泳ぎ去る様子を見守りながら、3人で交わす会話が続くのです。
子ガメたちが浜に戻ってくるとしてもそれは30年後。その時自分がどうなっているのかも、浜がどうなっているのかもわからない。 そうした人間の営みとは異なる時間軸を考えながら、
「ずっとここにいなくてもいい。ここでウミガメを待ち続けるのは自分じゃなくてもいい。いつか自分がこの子ガメたちのように姫が浦を出ていったとしても、この浜で育った思い出が消えることはない。たとえ、二度とここへ帰ることがなくても。」
と沙月は独白します。
そして、問題となっている「あたしの記憶はきっと、藍色の潮にのって、この浜へ帰る。」とつながっているのです。
それはどういう意味なのかを説明させる記述でした。
文章はわかりやすいですので読解も問題ありません。
この抜きだされた文章だけからでは、若干登場人物の状況や人間関係がつかみづらいですね。
「ほうや、あの手帳ーあの子の標識番号が書いてある手帳は、そろそろ沙月ちゃんに預けようかな」
いきなり佐和が言い出します。
あの子? 標識番号? 手帳?
よくわかりませんね。さらにこうつながります。
「沙月ちゃんがどこにおっても、何をしよっても、持っとるだけでええのよ。あの子に付けたタグと一緒で、お守り代わり」
文章のあちこちに散らばる情報を統合して、どうやら4年前に育てて海に放った子ガメがカナダにたどり着いてティムに見つかった、その標識番号が書かれた手帳であることがわかります。そしてその子ガメも、やがてこの浜に戻ってくるかもしれない、そんな状況のようですね。
とくにドラマもなく、場面転換もなく、たんたんと昔の思い出を挟みながら物語は進みます。
実はこのように「淡々とした」物語は、意外に読解しづらいのです。このお話も、ウミガメを見ながら、年寄りの佐和がやたらと啓蒙的なことを語ろうとするので、かえってわかりづらくなっています。
年寄りが若い子に人生観や教訓を語る、というのも入試に使われる物語の定番のスタイルですね。
問題は、「記憶が帰る」=「自分が思い出を忘れない」ととらえればほぼ完成です。あとは沙月がそう思った根拠を文章中から拾うだけですので。
※中学入試の入門書を上梓しました。