今回は、二大政党制について考察します。
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
問題提起
私:今回は、この前できなかった二大政党制について考えてみよう。
タロウ:そんなことでてきたっけ?
私:イギリスのアトリー政権の説明のときに出てきた!
タロウ:うそうそ、ちゃんと覚えてるよ。
ワタル:ねえ、そのやり取り、必ずやるの?
タロウ:決まりだからね。
ゲンタ:先生、二大政党って、日本は違うよね?
私:そうだな。昔はそういう時代もあったが。大正時代にできた選挙についての法律といえば?
ワタル:普通選挙法! 1925年だよ。
私:そのとおり。その後、立憲政友会と憲政会が交互に政権を担当する時期がしばらく続いた。これを「憲政の常道」といった。
タロウ:どういう意味?
私:言葉通り、憲法にもとづく議会制民主主義の本筋といったほどの意味だ。どうやらイギリス流の議院内閣制を目指したようだね。
ワタル:へえ。やっぱりイギリスなんだ。
私:でもこのやり方は、8年ほどしか続かなかった。
タロウ:どうして?
私:どうしてだと思う?
タロウ:ええと、その後いろいろあったからじゃないかな。1929年の世界恐慌でしょ、1931年の満州事変でしょ、あと1932年の五・一五事件でしょ。ああ、犬養毅首相が暗殺されちゃったからね。それでか。
ワタル:そういえば、その後、大政翼賛会ができて政党はなくなっちゃったんだよね。
ゲンタ:その後はもう日本は二大政党制じゃなくなったの?
私:そうだな。2009年に民主党が選挙で自民党を破って政権交代が実現したあたりの時期は、二大政党制に近かった。でも結局長続きはしなかったからな。
ゲンタ:それじゃあ日本は多党制なんだね。
私:そのとおり。まあその中でも自民党が一番大きいけどな。
ゲンタ:どれくらい?
私:衆議院で自民党議員が42.2%を占めている。
ゲンタ:その次は?
私:立憲民主党で、31.8%だ。
ゲンタ:二つ合わせても74%、およそ4分の3か。それじゃあ2大政党制とはいえないね。
ワタル:参議院はどうなってる?
私:自民党が48.0%、立憲民主党が15.7%となっている。
ワタル:あれえ。二つ合わせても64%にならないくらいなんだね。
ゲンタ:それにしても自民党が強いね。ねえ先生、二大政党制の国ってイギリス以外にどこがあるの?
私:アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド、といったあたりかな。
タロウ:あれえ、何か共通点がありそうだぞ。さあここでみなさん考えてみてください。これらの国の共通点とは?
ワタル:何でタロウが仕切ってるのさ。
タロウ:たまにはいいでしょ。
ゲンタ:そんなの簡単だよ。みんなイギリスの植民地だった国じゃないか。
ワタル:ほんとだ。なるほど、イギリスの政治制度が導入されたからなんだね、きっと。
私:まあ概ね正しいな。イギリスは議会制民主主義の始祖といっていい国だ。簡単にいうと、国王派と議会派の2大勢力に分かれたことが二大政党制に発展したと考えていい。
ゲンタ:他にはないの?
私:ギリシャとかスペインとかポルトガルとかドイツとか。まああることはあったんだが、これらの国は政党の離散集合があって多党化してるから、二大政党制とはいえないかな。韓国も政党の離散集合がさかんなんだが、何となく二大政党制になっている。
タロウ:ふうん。僕はてっきり二大政党制が主流だと思ってたけど、そうでもないんだね。
ワタル:きっと二大政党制が広がらないのには理由があるんだよ。
私:そうだ。それをみんなに考えて書いてもらおう。「二大政党制の問題点」についてだ。
一同:いきなり?
二大政党制の問題点
私:よし、書けたようだな。それではタロウから。
タロウ:「政党が二つしかないと、人々は必ずどちらかを選んで投票しなければならないため、選挙がつまらなくなり、投票率が下がるという問題がある」
ワタル:選挙がつまらなくなる?
タロウ:そうだよ。だって、政党が2つしかないんだよ。どっちも好きじゃない人は、票を入れたいところがないから、結局投票に行かなくなるじゃないか。
ゲンタ:でもさ。政党がたくさんあると、自分が応援したい政党が政権をとるチャンスがないから、結局選挙がどうでもよくなって投票に行かなくなるんじゃないか?
タロウ:あきらめちゃだめだよ。チャンスは自分で作りだすものなんだ!
ゲンタ:大きな声を出してもダメだよ。そういうのって最低だから。
タロウ:ごめん。
私:着眼点はおもしろいが、惜しい答案だな。
タロウ:どこが惜しいの?
私:政党が2つしかないと、必ずどちらかを選ばなくてはならないという点だ。これは二大政党制の大きな欠点なんだ。人々の多様な意見が政治に反映しづらくなるという問題だね。
タロウ:ふふん。
私:だが、そこから投票率につないだところがよくなかった。タロウの意見もゲンタの意見もどちらも成立してしまうからな。もちろん二大政党制と投票率には関係はある。政権交代の可能性のある選挙のほうが盛り上がることは間違いないのでこれは投票率を押し上げる要因になるが、一方で入れたい政党が無いことは投票率を下げる要因にもなる。ここは分けて考えるべきだった。
タロウ:そうか。いいと思ったんだけどな。
私:投票率の問題については、また別の機会に考えてみよう。それじゃあゲンタの解答を読んでくれ。
ゲンタ:「二大政党制だと、政権がころころと変わるため、人々の生活もめまぐるしく変化して落ち着かなくなる。」
ワタル:「ころころ」はダメでしょ。
ゲンタ:だってどうしても使いたかったんだもの。
私:この答案も惜しい。
ゲンタ:どこが? やっぱり「ころころ」?
私:そこもだが、政権交代によって、人々の生活がめまぐるしく変化して落ち着かなくなるという結論の間に、もう一つ説明が欲しかった。ここが飛躍しているんだ。
ゲンタ:じゃあ、こう直したらいいかな? 「二大政党制だと、政権がころころと変わるため、外交のやり方や国内政治のやり方がころころと変わって不安定となり、人々の生活も落ち着かなくなってしまう」
ワタル:「ころころ」が好きなんだね。
ゲンタ:なんか気に入っちゃって。
私:ころころさえ使わなければ満点だな。
ゲンタ:ころころころ。
タロウ:それなあに?
ゲンタ:がっかりして教室の隅にころがっていくイメージ。
タロウ:だんご虫みたい。
私:最後はタロウの答案だ。
タロウ:「二大政党制は、敵の政党が不人気になると自動的に自分の政党の人気が上がるため、お互いに相手の粗さがしをして足を引っ張り合うことばかりするため、ちゃんとした政治からどんどんかけ離れたみっともない政治になってしまう」
ゲンタ:「どんどん」?「みっともない」?
タロウ:だって他の表現思いつかなかったんだもの。ころころよりはましでしょ?
私:これもいいところに着眼したね。
タロウ:ふふん。アメリカの大統領選挙のテレビCMを思い出したんだ。
私:ネガティブ・キャンペーンのことだな。
タロウ:あれって、ひどいよね。あんなせこいことばかりしないで、もっと自分の政党の主張したいことを正々堂々と訴えればいいのに。
私:内容はとても良かった。表現を工夫すればもっと良かったな。
タロウ:どうやればいいの?
私:「二大政党制は、有権者にとって選択肢が2つしかなく、政党は対立する政党を叩くことで自党を有利にしようとする。そのため、誹謗中傷が過熱し、大切な政策論争がおろそかになるという問題がある」
タロウ:それそれ! 僕が言いたかったやつ!
私:まとめると、二大政党制は、選択肢が少なく有権者の意志が反映されにくい点、政治と社会が不安定になる点、政党の対立が先鋭化し社会の分断をまねく点、こうした問題があるんだ。
二大政党制の利点
私:それじゃあ最後に、二大政党制のメリットを考えてみようか。
タロウ:そんなの簡単だよ。問題点の逆を考えればいいんでしょ?
ゲンタ:政治と社会が安定する
ワタル:政権交代により政治に民意が反映する
タロウ:有権者が選びやすい。あれ? なんだかメリットとデメリットがごちゃまぜになっているような気がするよ。
私:よく気が付いた。これらの欠点も利点も、表裏一体の関係にあるんだね。例えば、多党制のほうが多様な民意が反映される一方、政権交代が頻繁な二大政党制のほうが民意が政治に反映されやすいともいえる。どちらかが良くてどちらかが悪いと一方的に決められないところが難しい。
私:素晴らしい! さらに、政党が互いを監視しあうため不正が起きにくいということも指摘されているな。実は、多党制のほうが不正が起きにくいという声もある。