中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【ロジカルライティング】社会保障の問題点

前回考えた「ゆりかごから墓場まで」の続きです。

例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。

課題提出

私:みんな、前回の課題は書いてきてくれたかな?

タロウ:課題って何だっけ?

私:「社会保障の問題点についてまとめること」だ!

タロウ:うそうそ、ちゃんと書いてきたよ。

ゲンタ:ねえ、そのやりとりって必要?

タロウ:決まりだからね。

私:タロウ、発表して!

タロウ:「社会保障とは、困ったときはお互い様精神に基づき、お互いに助け合う制度である。しかし、高齢者や障害者のように一方的に助けてもらう立場の人がいるため、その人達の生活を支える人達の間に不満が出るという問題がある。これからは、障害者や高齢者も助けてもらうばかりではなく、自分たちにできることをして、助けてもらったお返しをすることが大切だ」

ゲンタ:これ、0点じゃないか。

タロウ:ひどいなあ。何でだよ?

ゲンタ:だって、これではまるで高齢者や障害者を助けるのが悪いみたいじゃないか。それに高齢者や障害者も一方的に助けられるばかりではダメだって言ってるよね。そんなの無理に決まってるのに。

ワタル:「困ったときはお互い様精神」って何? なんだか幼稚に聞こえるよ。

タロウ:だって、うちのおばあちゃんの口癖なんだもの。

私:そんなに悪くないぞ。

タロウ:でしょ! ほら、先生だってこうおっしゃっているよ。

私:評価ポイントは3点ある。まず1つめは、「困ったときはお互い様」だ。

タロウ:ほらほら。

ワタル:それはわからなくはないんだけれど。でも幼稚じゃないかなあ。

私:「社会保障」って難しい語句を使うと、本質が見えづらくなるからな。そこをあえて「困ったときはお互い様精神」とわかりやすい表現を意図的に使った、深い考えにもとづく書き方なんだ。な、タロウそうだろ?

タロウ:う、うん。

私:社会保障っていうと、なんだか社会がみんなを助けてくれる制度だから、国がやってくれるというイメージにつながる。でも前回話し合ったように、助けを必要としている人にどうやってどれくらい手を差し伸べるのかというシンプルな問題のはずなんだね。社会保障の本質をわかりやすく表現している点が評価できる。

タロウ:そ、それほどでも。

私:2点目に移る前に、ちょっと気になるのだが。タロウは「困ったときはお互い様」という表現をどういう場面で使う?

タロウ:そうだなあ。たとえば宿題を忘れたときに、隣の子に、「困ったときはお互い様なんだから見せて」っていうときかな?

私:君のおばあちゃんはそういう使い方をしてたか?

タロウ:あ。逆かも。このあいだ、すごい土砂降りの日に、ママの車に僕とおばあちゃんが乗って駅まで行ったんだ。そうしたら、強風で傘が壊れちゃってずぶ濡れになって駅まで歩いている高校生のお姉さんの横を通ったんだよ。おばあちゃんがすぐにママに車を止めてもらって、そのお姉さんを一緒に駅まで乗せてあげたんだ。お姉さんはすごく恐縮しちゃって何度も断ろうとしてたんだけど、そうしたらおばあちゃんが「困ったときはお互い様だからね。遠慮しないで乗りなさい」って言ってた。

私:いいおばあちゃんだな。その高校生はすごく助かっただろう。「困ったときはお互い様」という言葉は、親切を受けた相手の気持ちを軽くするときに使うんだね。「困ったときはお互い様なんだから遠慮しなくていいんだよ。私もそうやって人に助けてもらうことはあるのだからね」ということだ。社会保障には、どうしても施しを与える者と受ける者という人間関係が生じやすい。そのときに、受ける側への気遣いとしてこの言葉を使ったのなら深いと思ったのだが、そうではなかったんだね。

タロウ:しまった!

ゲンタ:2点目は?

私:社会保障の本質にせまった。人を助けるのにはお金も時間も必要だ。とくに社会保障制度は大勢の国民の税金や保険料によって成り立っている。でも、誰だってそんなにお金に余裕があるわけではない。例えば、ものすごく健康で、一度も医者にかかったことのない人がいるとする。

ワタル:あ、僕のお父さんだ! そういえばおじいちゃんもそうだった。あれ、僕もだ。きっと健康遺伝子なんだね。

私:ところが、そういう人でも保険料は払わなくてはいけない。仮に年収が500万円とすると、年間保険料は50万円くらいになるはずだ。

ゲンタ:50万円! 

私:自分はその健康保険の恩恵にあずかったことはないのに、いつも病院に行く人の医療費を負担していることになってしまうね。

ワタル:そうか。何となく不満になるよね。

私:3点目は、高齢者も障害者も貢献するべきだというところだ。

ゲンタ:でも、それって無理だよね?

私:無理な場合とそうでない場合がある。確かゲンタは無人島でイノシシに襲われて怪我をしたんだったな。

ゲンタ:そうだった。それでタロウに見捨てられそうになったんだった。

タロウ:ごめん。

私:だいじょうぶだ。タロウは優しいから、きっと助けてくれるはずだ。毎日のご飯も作ってきてくれるし、トイレにだってつれて行ってくれる。全部やってくれるんだ。

ゲンタ:タロウ、ありがとう! でも、そんなに頑張らなくてもいいよ。

タロウ:困ったときはお互い様っていうだろ?

ゲンタ:なるほど。そういう時に使うんだね。

私:全てタロウの世話になっているゲンタ、どんな気分だ?

ゲンタ:嬉しいんだけど。でも、有難迷惑っていうか。僕だって少しは動けるし、それに座ったままできる仕事ならできることもあるのに。

私:そうだろ? 誰だって社会の一員として社会に貢献したいという気持ちがある。一方的に世話されるだけというのは、実はつらい時もあるんだ。だから、高齢者や障害者でも貢献できる道を作っていくのも大切な社会保障の考え方になるな。さすが、タロウ。よくそこまで気が付いた。

タロウ:いやあ、それほどでも。

私:今は、企業には従業員数の2.5%以上は障害者の雇用が義務付けられているんだ。これも、障害者を社会の一員として受け入れていこうということだな。さ、次はゲンタの答をみてみよう。

ゲンタ:「社会保障の最大の問題は高齢者の増加である。高齢者は今や人口の3割を占めるようになった。彼らに支払う年金は、働いている若い世代が負担しているため、若者の負担が大きくなりすぎてしまった。その一方、元気で働けるお年寄りも大勢いる。だから、年金をもらえる年齢をもっと高くし、それから若者の支払った年金保険料はその若者が直接受け取れるようにするとよいだろう。」

ワタル:何かかっこいいね。まるで大人の文章みたい。

タロウ:僕の書いた文が幼稚に思えてきた。

私:うん、まずまず及第点の解答だな。高齢化が社会保障、とくに年金制度や医療保険制度の最大の問題点であることは間違いない。もともとが、働く世代が十分に多くて、高齢者がそう多くないときに作られた制度だから、今の超高齢社会には適応できていないのだ。実はゲンタの書いてくれたことは、すでに以前から議論されてきている。2000年の法改正で、年金支給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられた。

タロウ:若者が支払った年金保険料をその若者が受け取るなんてできるの?

私:それではただの貯金と一緒だね。そういう議論はあるが、実際には年金制度の根幹の部分の改革が必要だから無理だろう。しかし、もともと人口構成比が安定していることを前提としているのが年金制度だから、大きな制度改革が必要なことは間違いない。

ワタル:僕の答は見せなくてもいいかな? きっと0点だから。

タロウ:だめに決まってるじゃないか。ほら。

ワタル:「生活に困っている人にお金を支給する生活保護という制度がある。しかし実際には、お金を持っているのに嘘をついて生活保護を受ける人が後を絶たない。困っている人を助けるための制度が、犯罪者に悪用されているのだ。また、日本の高度な医療保険制度を悪用するために日本に来る外国人も増えている。」

タロウ:へえ。そんなことがあるんだね。ワタル凄いじゃないか。よく知ってたね。

ワタル:何かテレビでやってたんだ。有名なタレントの家族が不正に受給していたって。

私:よく知っていたな。たしかに、そういうことも報道されていた。およそ0.29%が不正受給だともいわれている。年収をごまかして生活保護費をだまし取るのはもちろん犯罪だ。しかしその反面、生活保護を受ける資格がある、つまり生活保護を受けるべき人の8割が受けていないともいわれている。しかも生活保護費が十分ではないという問題もあるな。なかなか難しい制度であることは確かだ。

ゲンタ:外国人の話は? 本当なの?

ワタル:テレビでやってたんだよ。

私:その報道は先生も見たけれど、これも確認が難しい問題だ。今のルールでは、3か月以上日本に滞在する外国人は健康保険料を負担する義務がある。

タロウ:それじゃあ問題ないと思うけど。

私:でも、最初から日本で治療を受ける目的で来日し、とりあえず健康保険に加入し、すぐに治療して、すぐに帰国したらどうだろう?

タロウ:それはずるいかも。

私:日本で仕事をしようと思って来日し、就職し、健康保険に加入した直後に病気になって治療を受けたらどうだ?

タロウ:それは問題ないでしょ。

私:その両者をどう区別するんだ?

タロウ:あ。

私:だから、この報道は波紋を呼んだのだ。悪意をもって医療保険制度を悪用する外国人も確かにいるだろうし、そうではない外国人のほうが多いだろうし。制度設計を見直すべきかもしれないね。

 

peter-lws.net