中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【ロジカルライティング】ゆりかごから墓場まで 社会保障について考える

今回は、社会保障がテーマです。

例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。

問題提起

タロウ:先生、ずっと気になってたんだけど。

私:何だ?

タロウ:このあいだの授業で、先生が「ゆりかごから墓場まで」って言ってたよね。あれ、どういう意味?

ゲンタ:そうそう。僕も気になってた。

ワタル:第二次世界大戦後に、チャーチルを破ったアトリー内閣が掲げたって言ってたよね。

私:そうか。あとで説明しようと思っていてすっかり忘れていたよ。今回はこの言葉についてじっくりと考えてみようか。タロウはどういう意味だと思った?

タロウ:ゆりかごっていえば赤ちゃんが乗る物だよね、たぶん。僕見たことないけど。

ゲンタ:僕も見たことないよ。

ワタル:うん。

私:そうか。みんなは知らないのか。ちょっと検索してごらん。

ワタル:へえ。こういう物なんだね。で、これをどうするの?

タロウ:赤ちゃんが自分で揺すって遊ぶんだよ。ほら、ブランコみたいにさ。

ゲンタ:なるほど!

私:違う!これは大人が揺すってあげるんだ。

ワタル:そうすると赤ちゃんが喜ぶと。赤ちゃんって単純なんだね。

タロウ:ちょっと待って。これ、大人が傍につきっきりで揺すらなくてはならないんだよな。それって面倒くさいよ。っていうか、大人はそんなに暇じゃないと思うんだけど。

ゲンタ:確かに。お父さんもお母さんも仕事に行ってるし。あ、おばあちゃんとか?

ワタル:おばあちゃんがいない家は?

一同:う~ん。

私:おや、おもしろいことに気づいたな。たしかに、ゆりかごって昔の物というイメージはあるね。

ワタル:そうか。昔の家にはおばあちゃんがいたんだね。

ゲンタ:それにおじいちゃんも。

タロウ:そもそもお母さんが家にいつもいたんだよ。昔の大家族の時代で、しかも女性が家にいるのが当たり前の時代の物だったんだよ。

私:おそらくそういうことなんだろうな。ところで最初の質問に戻るけど、「ゆりかごから墓場まで」の言葉の意味はどう考えた?

タロウ:ああ。それは、人間はいつかは死ぬものだ、っていう、無常観を表わした言葉だと思った。だって、戦争直後でしょ?

ゲンタ:違うよ。戦争中は、ゆりかごから墓場までの時間がすごく短かったから、これからは長くしようっていう希望を語ったんだ。

ワタル:ゆりかごから墓場までなんでも売ってますよってことじゃないかな。ラーメンからミサイルまでみたいな。

私:みんなわかっててわざとボケてるだろ?

一同:ばれたか。

タロウ:最初は本当に無常観だと思ったんだ。でも、いくらなんでもイギリスで無常観はないかなって。だって仏教に関係した考え方だって習ったし。だから、私に一票入れてくれたら、一生政府が面倒みますよっていう、まあ選挙公約みたいなものじゃないかって考えた。

ゲンタ:そうそう。実現できっこないことを掲げたんだね。選挙に勝つために。

ワタル:だって無理に決まってるしね。

私:みんないつのまにかひねくれてしまったな。私の授業のせいだとしたら申し訳ない。まあ、だいたいあたってはいるけどな。

 

社会保障政策

私:少し説明してあげよう。イギリスでは、第一次世界大戦前から、健康保険と失業保険の制度があったのだね。チャーチルはそれをもっと充実させようと考えて、経済学者のベヴァリッジに報告書をまとめさせた。この報告書に基づいて、戦後のイギリスは社会保障を充実させることになった。

ゲンタ:報告書はどんな内容だったの?

私:失業保険や年金保険は定額給付を保証した。さらに保険料が払えない人や働けない人を助ける所得保険も設けた。子ども手当も設けて、子どもがたくさんいる家庭が貧乏にならないように配慮した。もちろん医療保険は全国民を対象とする。まあざっとこんな内容だな。

ワタル:それって凄いね。そんなのを第二次世界大戦前から考えてたんだ。

タロウ:日本が「欲しがりません勝つまでは」って言ってた頃なのにね。

私:ヨーロッパには市民革命の歴史があるからな。それにキリスト教の奉仕の精神もあるな。

ゲンタ:それで、ゆりかごから墓場までって言ったんだね。政府がきちんと国民の世話をしますよって。

ゲンタ:日本もそうすればいいのに。そうすれば子ども食堂なんて必要なくなるのにね。

私:確かにそうだね。でも、イギリスのこの理想的な福祉国家には大きな問題点があったんだ。

 

福祉国家の問題

タロウ:なんで? 僕今の話を聞いてたら、将来はイギリスに移住しようと思ったけど。

私:誰か問題に気づいたかな?

ゲンタ:あ、わかった。タロウみたいな人がイギリスに殺到したんだ。

私:それもあるだろう。他には?

ワタル:タロウみたいな人が、働かないでお金だけもらって暮らすようになったんだよ、きっと。だって失業保険もあるし。それで子どもが大勢いれば、子ども手当もたくさんもらえるんでしょ?

タロウ:ねえ、なんで「タロウみたいに」って言うのかな。だって働かなくてもお金がもらえるんだったら、みんなだって嬉しいだろ?

ワタル:もし国民全員がそうやってタロウみたいに働かなくなったら、国がつぶれちゃうよ。

ゲンタ:そうだよ。そういう福祉の予算って結局税金なんだから。真面目に働く人がばかばかしくなるじゃないか。ね、先生、そういうことだよね?

私:その通りだ。「イギリス病」という言葉が生まれた。1960年代から70年代にかけて、イギリスの経済が伸び悩んだことを言う。

タロウ:あれ? その時期って、日本は高度経済成長期だったよね。僕てっきり、この時期には世界中が経済成長してたんだと思ってた。

ワタル:イギリスって産業革命以降、「世界の工場」って呼ばれてたんでしょ。それなのに、西ドイツや日本に抜かれたんだね。

ゲンタ:それが、充実させすぎた社会保障にお金を使いすぎたのが原因だったんだ。

私:まあ、実際にはそんなに単純なことではないらしいが。イギリスの保守的な階級制度や、教育の遅れ、あるいは頻繁した労働ストライキが原因ともいわれている。二大政党制が原因だという人もいる。

タロウ:イギリスの二大政党って、労働党と保守党だったよね。

私:よく覚えてたな。その二つの政党の勢力が互角で、よく政権が交代するんだ。

ゲンタ:チャーチルが保守党でアトリーが労働党だったよね。ねえ、どうして二大政党制がいけないの?

私:それも考えたいテーマだが、長くなるからまた今度の課題としよう。いずれにしても、イギリスはこの状況を打開する必要があった。そこで登場したのがサッチャー首相だ。

タロウ:知ってる! ほら、あのアルゼンチンと戦争したときの。

ゲンタ:フォークランド紛争だね。

ワタル:「鉄の女」って呼ばれてたんでしょ? 

ゲンタ:でもフォークランド紛争には勝ったけど、香港は中国に返しちゃったんだよね。中国に脅されたからって聞いたことがあるよ。全然「鉄の女」じゃないよ。

私:まあ香港問題は難しいからな。これもいずれ皆で考える課題としよう。サッチャーは、それまでの福祉国家から、大きく舵を切ったんだ。「小さい政府」を目指したんだね。

タロウ:それでうまくいったの?

私:ある程度はね。実際のところ、北海油田の原油が輸出できたのが大きかった。

ワタル:なんだ、結局資源がポイントなんだ。

 

社会保障の是非

タロウ:先生、俺前から疑問に思ってたことがあって。聞いてもいいかな?

私:なんだ?

タロウ:社会保障って必要なの?

ゲンタ:必要に決まってるだろ!

タロウ:なんで?

ゲンタ:失業したらどうするの?

タロウ:あたらしい仕事を探せばいいだけだろ。

ワタル:病気になったら?

タロウ:健康的な生活を送ればいいんだよ。あとは、貯金しとけばいいじゃないか。

ゲンタ:子どもがたくさんいて生活が苦しくなったら?

タロウ:自分で育てられる人数だけ子どもを作ればいいだけじゃないか。

ワタル:年とって働けなくなったら? 年金は必要だよ。

タロウ:それも自分で貯金しとけばいいだけじゃないか。

ゲンタ:ええと、ええと。他にないかな。

タロウ:だってさ。他人を助けるために高い税金を払いたくないと思うんだ。それだったらその分を貯金して自分のために使ったほうがいいじゃないか。

ワタル:なんだかタロウが正しいような気がしてきた。

ゲンタ:絶対タロウが間違ってるはずなんだけど、反論できないよ。

タロウ:だろ? 社会保障って、結局のところ他人に助けてもらうっていうことだよね。それより、一人一人が、自分のことだけを考えて行動したほうが絶対合理的だと思うんだ。ね、先生、そうだよね?

私:タロウの言うことにも一理ある。そう主張している人もたくさんいるんだ。

ゲンタ:なんだか世の中が殺伐としそうな気がするんだけどな。

私:それでは、ちょっとここでたとえ話を考えてみようか。

ワタル:でた、先生のたとえ話!

私:無人島に君たち3人だけで漂流したとしよう。

タロウ:また漂流? 先生はいないの?

私:今回は私は漂流していない。さあ、3人で漂流したとして、どうやってサバイバルするんだ?

タロウ:それは、水をみつけたり食べ物を探したり。あと家もつくらないと。

私:それをタロウは一人でやるんだな。

タロウ:無理だよ。3人で協力したって難しいのに、一人でなんて絶対無理。

ゲンタ:あれ? さっきは一人一人が自分のことだけを考えるべきだって言ってなかったっけ?

タロウ:だって3人しかいないんだから協力しないと。

私:そうやって3人で助け合って生活していたら、大きな客船が漂着した。

タロウ:ねえ、その無人島ってサルガッソ海にあるの? それともバミューダトライアングル?

私:客船には100人の乗客が乗っていた。さあどうする?

タロウ:それならこの前みんなで考えたばかりだよね。僕たちの島は、くじ引きでリーダーを決めるルールだったよ。それで皆で仕事を分担して脱出を目指すってことになってたよ。

私:そうだったな。でも100人の新入りたちは、協力したくないって言うんだ。自分たちはそれぞれ勝手に生きていくから、構わないでほしいって。

ゲンタ:嫌な人たちだね。そんな奴ら放っておけばいいさ。

ワタル:そうだね。困ってたって助けてなんかやらないよ。

私:水がみつからなくて死にそうだって言ってきたら?

タロウ:自分で何とかしなさいって言うよ。

私:ゲンタとワタルがイノシシに教われて怪我をして動けなくなった。タロウ、どうする? 一人で何とかできそうか?

タロウ:無理にきまってるよ。

私:それじゃあ見捨てるんだな。

ゲンタ:タロウ、助けて!

タロウ:あ、そういうことか。一人で生きていくって、順調なときはともかく、アクシデントがあったら助け合わないと無理なんだね。

ゲンタ:それだよ! 社会保障って、困ったときは助け合おうっていうのが基本なんだよ。

タロウ:そうだよな。新入りの100人の人たちも、きっとお互い助け合わないと生きていけないってすぐに気が付くよね。

私:非常に単純だがそういうことだ。3人が100人になっても100万人になっても同じことだな。

タロウ:納得した。

私:それじゃあ課題を出そう。社会保障の問題点についてまとめておくこと。

一同:ぶう!