中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【ロジカルライティング】多数決は民主的なのか?

今回も、前回の続きとなります。

多数決について考えてみましょう。

例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。

課題の提出

私:さあ、前回の課題、「多数決は民主的なのか?」について書いてきたものを発表してもらおう。まずタロウから。

タロウ:なんだかいつも僕が最初のような気がする。でも、今回は自信作だからね。「民主主義とは、国民一人ひとりが自分のことを自分で決めることができるという意味だ。しかし、大勢の人が集まる社会では、全ての人が自分の考えを主張すると社会が成り立たなくなるかもしれない。そこで、多数決を行うことで、多くの人の意見が反映されるのだから、とても民主的なやり方だといえる。」

ゲンタ:なかなかいいと思う。タロウにしては長く書けてるし。

タロウ:でしょ? ねえ、先生、これなら満点だよね。

私:たしかに良くかけている。とくに、最初に民主主義を定義したところが良かった。

タロウ:この前勉強したばっかりだからね。

私:10点中の8点だな。

タロウ:ええっ、なんで減点?

私:それを説明する前に、他の記述も見てみよう。それではワタル、発表してくれ。

ワタル:「世界では、議員を決めるときでも大統領を決めるときでも、選挙という多数決で決めている。王による専制政治が否定されて以来、多数決であらゆることが決められてきた。それは、民主的に物事を決めるためには多数決が最も優れたやり方だからである。したがって、多数決は民主的といえる。」

タロウ:すごい! その発想はなかった! でも、なんだかずるい気がする。

ワタル:別にずるくなんかないよ。みんながやっているってことは、つまり民主的な物ごとの決め方としてはこれしかないってことだろ?

ゲンタ:でもさ。みんながやっているから正しいって、それじゃあなぜ正しいのかの説明になってないじゃないか。

私:そうだな。着眼点はとても面白かった。先生もこの角度から書いてくるとは予想してなかったぞ。

ワタル:それじゃあ満点?

私:残念だが、3点だ。

ワタル:ひどい!

私:理由はゲンタの言う通りだ。なぜ多数決が最も優れたやり方なのかの説明が書かれていないからな。本来なら0点となるところだが、着眼点がおもしろかったので3点プレゼントしたんだ。それじゃあ、最後はゲンタ。

ゲンタ:「多数決を行うということは、意見が分かれている証拠である。それを多数決で一方の意見だけを採用すれば、必ずもう一方の人たちの恨みを買うことになり、争いの原因となってしまう。国家の分断を招くようなやり方は、民主的とはいえない。」

ワタル:なんで国家の分断を招くとだめなのさ。どんなやり方したところで、結局は対立は解消されないだろ。

タロウ:そうだよ。全員の意見が一致することなんかあり得ないんだから、多数決しかないじゃないか。

ゲンタ:でも、僕はアメリカの大統領選挙のことを考えていたんだ。民主党と共和党が真っ二つに分かれて対立して、そしてトランプにバイデンが勝ったときは、怒ったトランプ支持者が議事堂になだれ込んで暴れただろ? その次の選挙では、カマラ・ハリスがトランプに負けたけど、もし彼女が勝ってたら、さらに酷い暴動がおきるんじゃないかって僕心配してたんだよ。結局多数決をやったからそんなことになったと思うんだよね。

私:ゲンタの記述答案も、着眼点が良かった。意見の対立が国家の分断を生む、そして多数決はそれを助長してしまうという考えだね。この答案なら、9点だな。

ゲンタ:やった! でも、なんで1点減点されたの?

私:多数決の問題点の考察は良かったんだが、多数決がなぜ民主的ではないのかの質問に答えていなかったからな。もしここに、「民主政治は国民一人ひとりの幸せを実現するためにある。しかし分断を招くことは・・・」といった内容が付け加えられていたら、パーフェクトだった。

ゲンタ:残念! 

タロウ:先生、それじゃあどうしたらいいの?

私:それを考えてみよう。たとえ話をつかって。

タロウ:出た、先生のたとえ話!

討論と多数決

私:今、島の人達の意見は真っ二つに割れているんだ。

タロウ:まだ島に漂流したままだったんだね、僕たち。

私:船を作って島から脱出することを第一に目指すべきだという人達がいる。脱出派と名付けよう。それに対して、まずは自分たちの生活を安定させることが大事だという人達がいる。生活派と名付けよう。この脱出派と生活派に分かれて対立してるんだね。

ゲンタ:勢力はどっちが多いの?

私:ほぼ半々だ。

ゲンタ:うわ、それはもめそう。まさに島の分断だね。

タロウ:なるほど、そこで多数決をとったら、大混乱、下手すれば戦争になりそうだね。

私:どうしたらいいと思う?

タロウ:結局は島から出ていかなくちゃならないのでしょ? 僕は脱出派だな。

ゲンタ:でも、船を作るのは大変だよ。だったら、まずは島の生活をしっかり安定させて、船を作るのは余裕が出来てからのほうがいいと思うよ。だから僕は生活派かな。

ワタル:僕も生活派。

タロウ:でも、一日も早く脱出して家に帰りたいじゃないか。生活なんて安定させてどうするのさ。無駄だよ、そんなの。

私:ちょっと待て。みんなが何派になりたいかを考えるのではなくて、どうやったら島の対立を解消できるか、そのやり方を考えてほしいんだよ。

タロウ:ごめん、ついつい盛り上がっちゃった。でも、どうしたらいいかなあ?

ワタル:こういうときはコイントスで決めればいいよ。

タロウ:コイントス? それで皆納得するか?

ワタル:さすがに無理かあ。あ、それじゃあ神託は? ほら、亀の甲羅を焼いて決めるやつあったよね。

私:亀卜(きぼく)と呼ばれるものだね。亀の甲羅に熱を加えて、ヒビの様子で占った。古代中国で行われ、日本でも奈良時代にやっていた。

タロウ:あっ! だからか!

ゲンタ:何が?

タロウ:だから、卑弥呼が占いの力で国を支配してたんだよ。僕、ずっと不思議だったんだ。占いの力で国を支配するってどういうことだろうって。

ゲンタ:なるほどなあ。そういえば、古代のギリシアでも何かあったよね、神殿で神のお告げを聞くとかいうのが。

私:デルフォイのアポロン神殿の神託だね。紀元前6世紀から行われていたよ。

タロウ:昔の人も、意見をまとめて政治を行うのに苦労してたんだね。

ワタル:それじゃあこの島でも神のお告げでいくか。

タロウ:だから、それはみんなが神を信じていたから納得したんだろ。さすがに現代人は無理だろ。

ゲンタ:たしかにね。現代人としては、やっぱり話し合いしかないんじゃないかな。

ワタル:話し合いっていったって、平行線になりそうだよね。

タロウ:ちょうど僕たちが二つに分かれてるから、話し合ってみようよ。まず生活派のワタルとしては、どうして生活を優先させたいの?

ワタル:船を作るのってすごい作業になるよね。たとえば3年くらいかかるとして、その間、ずっと洞窟の原始生活なんて耐えられないじゃないか。やっぱり多少は文明人らしい生活をしたいよ。

ゲンタ:そうそう。健康で文化的な最低限度の生活をまず確保しなくちゃ。島の脱出を考えるのは、どう考えてもその後だよ。

ワタル:生存権!

タロウ:生存権くらい僕だって知ってるけどさ。でも、目標は家へ帰ることだよね。そしてそれは1日でも早いほうがいいだろ? そこまでは賛成してくれるよね?

ワタル:まあね。僕たちだって永遠に島で暮らしていきたいわけじゃないさ。

ゲンタ:でも、原始的な生活を何年も送りたくはないんだよ。

タロウ:ねえ、どうして船を作るのに3年もかかると思うの?

ワタル:それは100人が乗れる船なんて、簡単には作れないでしょ? やっぱりそれくらいはかかるんじゃないかな。

タロウ:それじゃあ、もっと小さな船、例えば2人乗りの船だったらどうかな?

ゲンタ:それはすぐに作れそうだけど、二人だけ脱出したって意味ないよ。

タロウ:そうじゃなくて。まず二人乗りの小さな船を作って、それを送りだすんだ。

ワタル:さては、タロウだけ逃げるつもりだな!

タロウ:僕ってそんなに信用ないかな。そうじゃなくって、助けを呼んでくるんだよ。そうすれば、たぶん100人乗りのの船を作るよりずっと早く全員が脱出できるはずだよ。

ワタル:その手があったか! そうか、助けを呼べばいいのか!

ゲンタ:でも、タロウが漂流して戻ってこなかったら?

タロウ:その時は、すぐに2隻目をつくって送りだせばいいんだよ。

ワタル:それより、1隻目を送りだしたら、すぐに2隻目の準備に入ったほうが賢いよね。そうしたら、時間も節約できるし。

ゲンタ:船を1隻つくるだけだったら、10人くらいで取り組むだけで良さそうだしね。その間に、生活向上委員会を設立して、残りの90人で生活安定を目指せばいいわけだし。

タロウ:この案をみんなに話せば、絶対全員が賛成してくれるはずだよ。だって名案だもの。

ワタル:全会一致だね!

私:みんな、よく気が付いたな。みんなの考えたアイデアなら、島の人達も反対する理由がないからな。どうだ、最初の意見の対立と比べて?

ゲンタ:話し合った結果、対立も避けられたような気がする。

タロウ:でも先生、今回はたまたまいいアイデアが思いついたからいいけど、もし皆が賛成してくれそうなアイデアが出なかったら、結局は多数決で決めるしかないんじゃないの?

私:そんなことはない。議論しているうちに、お互いの意見の良い所がわかってくるからな。たとえ多数決で負けたとしても、納得がいきやすいだろ?

ワタル:それに、話し合っているうちに、最終的に採用されなかった方のグループの意見だって、一部くらいは反映させられるかもしれないしね。

私:その通りだ! 多数決の弱点というのは、数の暴力に陥り勝ちな点にあるんだ。どうしても多数派が少数意見を押しつぶそうとするんだね。そうやって押さえ込まれた少数派は、必ず不満を持つようになるだろ? だから、最終的に多数決で決めるとしても、その前に徹底的に議論しつくさなければならない。議論しているうちに、自分の意見を変える者も出てくるだろう。もちろん理想的なのは全会一致制だが、なかなかそれは難しい。だからといって議論する手間を省いてしまえば、それはもう民主主義とは呼べない。

タロウ:でも先生、いくら話し合っても納得できなかったり譲れないときってあるよね。もし僕一人が反対意見だったとして、さすがにその意見を主張し続けるのは遠慮しちゃうと思うんだ。だから、本当は納得していなかったとしても、納得したふりをするんじゃないかな。それだと、やっぱり不満が残るよね。

ゲンタ:わかるよ、それ! とりあえず多数派についていたほうが楽っていうか。

ワタル:一人だけ人とは違うことって言いづらいよね。

私:それを同調圧力というんだ。日本は一般に同調圧力が強いといわれているようだね。

タロウ:でもさ、同調圧力っていわれるとだめな気がするけど、皆に合わせることって大事なんじゃないかな?

私:それもそうだが、どうも日本では議論をすることを避ける傾向があるようだ。民主主義のためには議論がとても重要なんだよ。