今回も、前回の続きとなります。
選挙と多数決について考えてみましょう。
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
課題の提出
私:みんな前回の課題は書いてきたかな?
タロウ:課題って何だっけ?
私:「民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」というイギリスのチャーチル首相の言葉の意味を考えてくるという課題だ!
タロウ:うそうそ、ちゃんと書いてきたよ。でも、正直いってよくわからなかったんだ。
私:いいから見せてごらん。
タロウ:「民主主義は、ヒトラーのような独裁政治よりもましな政治のやり方だということ」
ゲンタ:ずいぶん短いんだね。
タロウ:だってこれ以上思いつかなかったんだもの。
私:そんなに悪くはないぞ。長ければいいってものでもないからな、記述は。
タロウ:そうでしょ! たしかチャーチル首相って、第二次世界大戦のときの首相だったよね、ヒトラーと対立してた。だから、この言葉をチャーチルが言ったときって、きっとヒトラーの政治のことが頭にあったと思ったんだ。
ワタル:へえ。そう聞くと素晴らしい答のように見えてくるのが不思議。
私:よく考えたな。この言葉は、1949年の演説で言われたからな。チャーチルは第一次世界大戦の頃から政治家として頭角を現していた人物だ。だが、第二次世界大戦を勝利に導いた直後の選挙で負けてしまったんだね。
タロウ:えっ、なんで? だって戦争に勝ったんでしょ?
私:イギリス国民が、戦時体制にはもううんざりして、それでチャーチル以外の人物を選んだといわれている。チャーチルに変わって首相になったのは労働党のアトリーだ。社会保障を充実させたことで知られているな。「ゆりかごから墓場まで」という有名なスローガンを知っているかな?
一同:知らない! 何それ?
私:そうか。それはまあいいとして、いったん首相の座を退いたチャーチルだが、その後再び1951年の選挙で首相に返り咲いたんだ。どうしてだと思う?
ゲンタ:チャーチルって、いわば第一次世界大戦や第二次世界大戦の英雄みたいな人なんでしょ? ということは、また戦争が始まったとか?
ワタル:まさか第三次世界大戦?
タロウ:そんなわけないよ!
ゲンタ:わかった! 冷戦でしょ?
私:正解! よくわかったな。イギリスが再びチャーチルの指導力を求めたってことかな。4年後に引退したが、その前にノーベル賞も受賞しているぞ。
タロウ:へえ、ノーベル平和賞受賞したんだ。
私:違う。ノーベル文学賞だ。
タロウ:意外!
私:チャーチルについてはまだまだ話し足りないが、このへんまでにしておくか。さて、他に書いてきた記述を見せてくれ。
ワタル:「選挙でえらばれた人が良い指導者かどうかはわからないように、民主主義には欠点もたくさんある。しかし、王が神から授かった権力をふるうような政治にくらべれば、はるかに良い政治制度だといえる」
タロウ:なるほど! そういうふうに書けばよかったんだ!
私:よく書けたな。民主主義の欠点の具体例をあげようとしたところがよかった。
ワタル:僕、トランプ大統領のことを考えてたんだ。
ゲンタ:そうか! たしかにトランプ大統領って、どうなんだろうって思うよね。でも、アメリカ国民が選挙で選んだ人物には違いないんだよね。
私:前回学んだ王権神授説のことに触れたのもよかった。ただ、ちょっと残念なところもある。
ワタル:どこが?
私:民主主義=選挙としてしまったところだ。
ワタル:えっ? 違うの?
タロウ:だって、民主主義といえば選挙じゃないか。先生だって、選挙は民主主義のために重要だって言ってたよ。
私:それはそうなんだが。それについて考える前に、ゲンタの記述を見てみよう。
ゲンタ:「民主主義は、多数決で物事を決めるため、少数意見が無視されるという問題点がある。だが、専制政治のように、一人の人物が権力を握って自分の意見だけを押し通すようなやり方に比べれば、少なくとも多数の意見が尊重されているというところが優れた政治のやり方だといえる。」
タロウ:すげえ! どうしてそんなに長く書けるの?
私:感心したのは長さだけか?
タロウ:もちろん内容もすごいよ。専制政治よりも優れているって、確かだもんな。
私:うん。良く書けたな。きちんと考えがまとめられている。
ゲンタ:それじゃ満点?
私:記述答案としては合格レベルだけど、満点はあげられないな。
ゲンタ:どうして? 我ながら力作だと思うんだけどな。
私:民主主義=多数決としてしまったところが減点ポイントだ。
ワタル:あ、ぼくと同じこと言われてる。
私:たしかに民主主義の政治では、多数決が多用されている。でも、それは決して最上のやり方ではないし、そもそも民主主義は必ず多数決でなければならないという決まりもない。
タロウ:そうなの?
選挙の欠点
ワタル:どうして選挙=民主主義じゃだめなのか教えてほしいよ。
私:それじゃあ、ちょっとたとえ話をしてみようか。
タロウ:でた! 先生のたとえ話!
私:前回、無人島に大勢遭難した話をしたよね。
タロウ:うん。100人くらい遭難したよ。それで、リーダーを決めて乗り切ったんだ。
私:そのリーダーの決め方はどうやったかな?
ワタル:とくにその話はしなかったんだけど、やっぱり選挙じゃないの?
ゲンタ:そうだよね。誰かリーダーをやりたい人が立候補して、それで投票して決めればいいよ。
私:もし立候補した人が一人しかいなかったら?
ゲンタ:そしたらその人がリーダーになるんじゃないか?
タロウ:それって、たしか「無投票当選」っていうんだよね。
私:その人が、皆が嫌いでどうしてもリーダーになってほしくない人でもか?
ワタル:だってしょうがないじゃないか。一人しか立候補者がいなかったら。
私:それでは、逆に立候補者が91人いたらどうだろう?
タロウ:別にいいんじゃないか。
私:各候補者は、自分に1票必ず入れるだろ。そうすると、残りの9票を91人が競うことになるね。
タロウ:う~ん。ずいぶん熾烈な選挙戦になりそうだ。
ワタル:あれ、もしかして票が分散すると、たった2票獲得しただけで当選したりして。
ゲンタ:2票で当選かあ。友達一人味方しただけでリーダーになれるんだね。それもなんだか変な気がするよ。
私:それでは、選挙をやってみたところ、皆が投票に行かなくて、10人しか投票しなかったとしよう。3人の立候補者の得票数は、3票・3票・4票だった。それで4票獲得した人が当選してリーダーとなった。これについてはどう思う?
ゲンタ:別にいいんじゃないか。ちゃんと選挙で一番多く得票してるし。
タロウ:でも、なんだかだめな気もちょっとする。一番多く得票したといっても、たった4票だよ? 友達が4人いれば当選できるなんて、何か変だよ。
ワタル:そもそも10人しか投票しなかったってどうかしてるよな。もしかして選ばれたリーダーはとんでもない人かもしれないし。残りの90人の人はそれでいいのかな?
ゲンタ:でも投票しなかったのはその人達の勝手じゃないか。文句を云う権利なんか無いよ。
私:どうだ、そろそろ選挙の問題点が見えてきたかな?
タロウ:先生が極端な例ばかり出すからだよ。
ワタル:でも、そんなに極端ではないかもしれない。だって、最近の選挙の投票率ってどんどん下がってるんでしょ? たしか半分くらいだって聞いたよ。
ゲンタ:それに、僕のおじいちゃんの田舎で村長選挙をやっても、いつも同じ人しか立候補しないから選挙にならないって聞いたよ。
タロウ:そっか。選挙ってそんなに良いやり方じゃない気がしてきた。
ゲンタ:立候補した人が、リーダーになってほしい人じゃないと困るしね。
私:そういえば、中山素平という銀行家がこんな言葉を言っていたそうだよ。「トップとして望ましいのは、なりたい人よりも〇〇〇〇〇人だ」 さて、この空欄に何が入るか、クイズだよ。
タロウ:「なりたい人よりならせたい人」だよ!
ゲンタ:「なりたい人よりふさわしい人」じゃないかな。
ワタル:「なりたい人よりなってほしい人」だと思う。
私:正解は、「なりたい人より逃げ回る人」だそうだ。
タロウ:何それ。意味わかんないよ。
ゲンタ:逃げ回る人がトップになれるわけないじゃないか。
ワタル:逃げ回る人を無理やりトップにしたってだめじゃないかな。
私:まあ、わざとこういう言い方をしていると思うけれどね。おそらく真意としては、積極的にトップになりたい人、トップを目指す人はトップにはふさわしくないんだということを言いたかったのだろうね。
タロウ:それならわかるかも。学校でも、何とか委員にすぐ立候補する人って、結局威張りたいだけだったりするしね。
ワタル:あ、それわかる! なってほしい人って、だいたい立候補しないんだよな。
リーダーの選び方
私:それでは、この島のリーダーはどうやって決めたらいいかな。
ゲンタ:選挙以外の決め方って難しいね。かけっこで決めるのはどうかな?
ワタル:いちばん早い人がリーダーだね。まあ、体力は大事だけど。それより、釣り競争はどうかな? 一番魚を獲るのが上手な人がリーダーにふさわしいと思うよ。
タロウ:それだったら、植物に詳しい人のほうがいいと思うけどな。食べていい植物を知っているのは、まさにリーダーにふさわしい人だと思うし。
ゲンタ:でも、リーダーに必要なのはサバイバル技術だけじゃないよね。なんていうか、信頼できる人がいいと思うんだよね。
ワタル:信頼できる人っていってもなあ。やってみないと、わからないよね。ねえ、それならいっそのこと、じゃんけんで決めたらどうかな?
タロウ:じゃんけん? 僕じゃんけん弱いからなあ。
ゲンタ:あれ、タロウはリーダーになりたいの?
タロウ:それはそうだよ。だって島の王様になれるんでしょ?
ワタル:やっぱりなりたい人を選んじゃだめだってことだね。
ゲンタ:それじゃあ、くじ引きにしようよ。ほら、商店街の福引であるじゃん、がらがら回すと玉が出てくるやつ。あれで決めたらいいよ。
タロウ:それ面白そう! 「ガラガラ」だね!
私:正式には「新井式回転抽選器」と言うそうだよ。
タロウ:そんなきちんとした名前があったんだ!
ワタル:でも、さすがにガラガラでくじ引きはだめじゃないか?
タロウ:なんで? それじゃあビンゴにする?
ワタル:いや、そういう問題じゃなくて。リーダーをくじ引きで決めるなんてダメだろ。
タロウ:どこがダメなの?
ワタル:だって、もしとんでもない人がリーダーになったら困るじゃないか。
タロウ:それだったら、半年とか期限を決めておけばいいんだよ。そうしたら、次にはふさわしい人がなるかもしれないじゃないか。
ゲンタ:そうだよ。くじ引きなら、全員平等にチャンスがあるから公平だし。結果に文句を言う余地もないしね。うん、案外いいかも!
ワタル:たしかになあ。めんどくさい選挙やるよりよっぽどいいかもしれない気がしてきた。それにさ、島の人達がケンカしないで済むしな。
タロウ:喧嘩?
ワタル:だって、選挙をやれば、かならず対立が生まれるだろ? そして、自分たちの応援してた人が落選すると、なんだか恨みが残りそうだしね。
タロウ:よし、決まりだね! 先生、僕たちの島のリーダーはガラガラで選ぶことになったよ!
私:実は、紀元前5世紀のギリシアのアテナイという都市国家では、政治を行う人や裁判の陪審員を抽選で決めていたんだ。そのかわり任期は1年で、複数の人を選んだんだね。政治を職業とするプロにまかせると、不正な政治やわいろをとる政治になるから、普通の市民、つまりアマチュアが政治や裁判をやるほうが民主政治として正しいと考えたんだね。
タロウ:ほら! 僕たちの意見は大正解だったんだね!
私:最近では、抽選制を見直そうという意見も聞かれるね。日本の裁判員もランダムに選ばれているからな。さて、多数決についても議論する予定だったが、時間もなくなったから、次回にしよう。そのかわり課題をだすぞ。「多数決は民主的なのか?」について書いてきてくれ。
一同:ブウ―!