中学生になった教え子が顔を出しました。
「学校はどうだ?」
「うん、楽しいよ!」
「それは良かったな。あの学校なら、授業もおもしろいだろ?」
「うん、だいたいはね」
「だいたい?」
「つまらない授業もあるんだよ」
「それは仕方がないだろう。何だ、数学か? 数学も極めると面白くなるぞ」
(この生徒は算数が苦手でした)
「数学はおもしろいんだよ。つまらないのは社会科。今世界地理をやってるんだけど、担当の先生、まじめに授業するだけなんだよ」
「まじめに授業するのは当たり前だろ?」
「だって、俺、peter先生の授業受けてたからさ。先生って、国語と社会科の中間みたいな記述の授業で、いろんな話をしてくれたじゃないか。あれ、今でも覚えてるよ」
これは教師にとってはうれしい一言ですね。「今でも先生の授業覚えているよ」って。
ただ問題なのは、余談ばかり覚えていて、肝心の授業内容はきちんと覚えているのか? と疑問なところです。
今回は、自戒をこめて、「おもしろい授業」について考察します。
そもそも「おもしろい授業」とは?
生徒にとって「おもしろい」と感じる授業はどんな授業でしょうか?
(1)先生のキャラクターが際立っている
(2)授業内容が興味深い
(3)余談がおもしろい
(1)は私は嫌いです。それが自然ににじみ出るようなものならともかく、生徒の歓心を引くことを目的として作られたキャラクターは嫌ですね。昔の予備校に多くいたタイプです。
(2)これが王道です。たとえ無味乾燥な分野の授業でも、授業を興味深く膨らませられる先生に習えたなら幸運です。もちろん私もここを目指しています。
(3)私は「余談」も重要だと思っています。理想としているのは、(2)と(3)がシームレスでつながっているような授業です。
授業の余談について
実は私の授業は、余談で成り立っているようなものです。ただし私としては、ただの「無駄話」をしているつもりはありません。あくまでも授業内容に関連した「余談」や、生徒の教養につながるような「余談」をするように心がけているつもりです。
授業に100%無関係な余談はしていません。例外としては、生徒が眠そうな時に、目の覚めるような話をすることはありますが。
この「余談」については、予習や準備はできません。講義中にふと思いついてする話ですので。しかしどうやら生徒達には私のこの「余談」の評判が良いみたいですね。中高生になった彼らからよく「面白かった」と褒めて?もらいます。
また、中高生の彼らに、学校での「楽しい授業」「おもしろ授業」についてリサーチすると、だいたいが「余談」の上手な先生の授業をあげてきます。「世界史の先生がこんな話をしてくれた」「国語の先生の体験談がユニーク過ぎる」といったものです。
授業が一方的な知識・情報の伝達であるなら、「余談」はまさに余計です。しかし、実は授業にとって重要な役割を果たしているのです。
仮に60分の授業だとして、生徒は60分間集中しっ放しのわけはありません。それは不可能です。
集中と弛緩を繰り返すのが普通なのです。
しかし、生徒がみな同じリズムで「集中と弛緩」を繰り返すはずもありません。重要なテーマについて教えているときに「弛緩」されるのは困るのです。
そこで、「余談」を使って、生徒の「集中と弛緩」のリズムをコントロールするのですね。私がよく実践しているのは、小ネタ的な「余談」を枕として、本題の重要な話にもっていくやり方です。
余談の例
私:ロンドンの町を歩いていて、お昼時にお腹が空いたんだ。そこで見かけたのが『WASABI』というファストフードのお店だ。
生徒:わさび?
私:そう。ロンドン市内だけでも50店舗近くあるんじゃないかな。どこでも見かけるお店だよ。
生徒わさび屋さん? わさびバーガーとか?
私:そんな不気味なものではない。持ち帰りの寿司屋で、イートインもできる、そういうチェーン店だ。
生徒:それで、美味しかったの?
私:ああ。棚に並んでいる持ち帰りの海苔巻きセットを手にしてカウンターに並んでいたんだ。そうしたら、前に並んでいるイギリス人たちが皆同じメニューを注文していたんだよ。そこで先生も同じものを注文して食べることにした。
生徒:何?
私:カツカレーだ。
生徒:へえ! カツカレーがロンドンにあるんだ。それで美味しかったの?
私:美味しかった。思い切り普通の日本のカツカレーだった。それに最近はロンドン市内のフードコートでも、日本食はもちろん、中華や韓国料理といったアジアの料理が幅をきかせているからな。
生徒:何で? あ、わかった、イギリスの料理がまずいからでしょ。
私:たしかに、イギリスの食事は一般においしくないとされているね。
生徒:イギリスの食事って何が有名?
私:フィッシュアンドチップスは良くパブで食べたな。大きな白身魚のフライにポテトフライ、そこに豆のペーストがつく。
生徒:美味しい?
私:微妙だ。最初は美味しく感じる。なんといってもビールに合うからな。でも、途中から飽きてくる。先生は食べるたびに胸やけがして後悔している。もともとこの料理が普及したのには、イギリスではじまったある出来事が関係しているといわれている。何かわかるかな?
生徒:産業革命!
私:正解! では何で産業革命がフィッシュアンドチップスの普及と関係しているかわかるかな?
かなり強引ですが、産業革命と庶民の生活の変化について考察させるのが今回の授業の目的でした。
途中で、イギリス料理の例として、ウサギ肉のパイの話から、ピーターラビットの初回でピーターラピットの父親がうさぎパイになってしまう衝撃的なシーンの話をし、そこからイギリスの農業革命の話に広げそうになったのを思いとどまりました。
それはまた別の機会の小ネタとしてとっておきましょう。
また、カレーの話からインドの植民地経営の話に広げても面白いですし、香辛料をめぐる交易の話も興味深い話題です。
あるいは、イギリス王室とフランスの関係、そこからフランス料理が入ってきた話なども面白いネタとなります。
おもしろい授業のために
これはもう教師の体験の多さとしかいいようがありません。引き出しの多さがそのまま授業の面白さにつながります。
なぜなら、いかにおもしろい話をするとしても、そこには守らねばならないルールが存在するからです。
◆他人の個人情報や、誹謗中傷ネタは絶対にダメ
◆テレビで見たネタやネット情報は基本的にNG
◆授業に無関係のネタは基本的にNG
これ以外にも、「本で読んだだけ」のネタもあまり好ましくはありません。
そうなると、教師本人が実際に体験した話や見かけた事柄を話すのが一番良いということになりますね。
「この間読んだ本に、アメリカ人は車を大切に扱わないと書いてあった」という話はダメですが、「先生の知人のアメリカ人に譲ってもらった車が、一度も洗車されたことがない車で・・・」という話なら良いのです。
ちなみに、この後の展開としては、アメリカ人にとっての自家用車の位置づけや、自動車産業のアメリカにおける位置づけを考察し、1980年代の日米貿易摩擦について考える授業となっていきます。