中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

思考力と教科力は別物なのか?

中学受験で、「思考力入試」が流行っています。

流行っているというのは言い過ぎとしても、数十校もの学校が「思考力」を前に出した入試を実施しています。

どうもそこには、「教科力」とは別に「思考力」というものが存在することを前提として、教科力以外に「思考力」を測定しようという意図が感じられるのです。

はたして「教科力」と「思考力」は別物なのでしょうか?

思考力入試

◆淑徳巣鴨中学校「未来力入試」

募集要項にはこう書かれていました。

昨今の学習は知識中心のものから「思考力・判断力・表現力」を問うものへと変化しています。これは社会においても問題解決力として求められているものです。社会の変化に対応するため、「計算力・理解力」という思考の基礎力とともに、「興味を持ったことに対して深く考えられる・ものごとにと熱心に取り組める・自分の考えたことを的確に表現できる」といった思考の展開力も中学入試において問いたいと考え、本校では独自の適性検査を実施します。選抜方法は、「思考の基礎力検査」と「思考の展開力検査」で、各50分、100点満点です。「思考の基礎力検査」は計算問題を速く解く力、文章や図を正確に理解する力をはかります。
「思考の展開力検査」はものごとを深く考える力、課題を解決する力、自分の言葉で表現する力を総合的にはかります。

 

どうやらこうした特徴があるようですね。

・4科の枠にとらわれない出題

・計算問題

・会話文形式で規則性を読み取る算数問題

・理社の融合問題・・・理科や社会の中学受験知識がなくても解ける問題

・課題文を読み自らの考えを文章で表現する問題

・知識ではなく思考力や判断力を求めている

 

◆桐蔭学園中等教育学校 「探求型みらとび入試」

なんでしょうか、この「みらとび」って?

HPを探すとありました、「未来への扉」の略だそうです。

謎過ぎるので、そのまま学校公式HPから引用します。

 ☆中等入試では、知的で楽しい「探究型(みらとび)入試」という選択肢もご用意しています!

桐蔭学園中等教育学校では、一般入試において「探究型(みらとび)入試」を実施します。
これは、現在進行中の大学入試改革と、桐蔭学園で全校的に展開している探究授業(未来への扉)の実績を踏まえた、思考力・判断力・表現力等を評価する新型入試です。

探究型(みらとび)入試の概要
桐蔭学園では毎週1時間、探究(未来への扉・通称みらとび)の授業があります。

(1)思考力・判断力・表現力等を評価する「総合思考力問題」では、この探究活動に挑戦してもらいます。受験生は、用意された資料を読み取り、“探究ミッション”に挑戦! ポイントは、

①「現状」「課題」「解決策」「今後の展望」をわかりやすく示せるか。
②資料から正確に情報を読み取ることができるか。
③読み取った情報から、課題を発見することができるか。
④発見した課題の解決策を提案することができるか。
⑤次の探究にながる今後の展望を掲げることができるか。
⑥自分が知ったことや、考えたことを分かりやすく表現することができるか。

 です。

これでわかりましたかね?

私にはさっぱりです。

課題研究のようなテストを、「楽し気に」演出したもの、なのでしょうか?

 

◆神田女学園中学 「新思考力入試」

学校の公式HPでは何の情報も見つけられませんでした。

他の情報の孫引きにはなりますが、こんなもののようです。

「新思考力入試は写真・図表・リード文などの与えられた条件から思考し、自分なりの考えを文章で表現する出題構成となっています。」

「採点は独自の「KANDA思考コード」に基づいて、「知識・思考・創造」の観点から加点方式で行われます。神田女学園は自分の考えを相手に伝わるように的確にまとめる『ロジカルシンキング(論理的思考力)』と、物事を多角的に捉え創造する『クリティカルシンキング(批判的思考力)』を養う学習環境が整っている学校です。その入り口(スタート)として新思考力型入試はあります。「あなたの考えるプロセスを私たちに見せてください」というメッセージが出題に込められています。」

「KANDA思考コード」というのがよくわかりません。

公式HPには出ていないのです。

よくわからない基準で評価される入試は嫌ですね。

いったい何人くらいこの入試を受験し、合格するのかが知りたくて「入試結果」を探しましたが、やはりHPには掲載がありませんでした。

とある塾のデータによると、今年の「思考力入試」の受験者は1名で合格者も1名となっていました。

ついでにHPで生徒数も調べたがわかりません。

私は、私立中高については情報開示の姿勢を重視します。

◆入試結果・・・受験者数・合格者数・平均点等

◆生徒数・・・各学年生徒数

◆大学合格実績

最低限でもこれくらいは公表していただかないと、学校が選べません。学校を評価する唯一の客観データですので。

これを公表していない学校は以下の3種類です。

◆周知する必要がないほどの人気校

◆周知する気がない学校

◆周知できないほどの数字である学校

 

大学実績だけは公表されていました。

国公立 4名
早慶上理 2名
GMARCH 14名

だそうです。最も多い合格者数の大学は、共立女子大 7名 でした。近いですからね。

 

仕方がないので、ネットで検索した生徒数データをグラフ化してみました。したがって正確である保証はありません。

生徒数推移

このデータが本当なら、中学校で100名の募集定員ですから、定員割れが続いています。

高校の募集定員は200名ですが、入学者数は不明です。

 

 

◆聖学院中学校 「ものづくり思考力入試」「デザイン思考力入試」「グローバル思考力特待入試」

2025年「ものづくり思考力入試」の出題はこんなものでした。

問1「あなたの性格」を表すLEGOブロックを3つ選び、選んだ理由をそれぞれ説明してください。
問2自分の身の回りで、あなたが「やだなあ」という感情になる状況をLEGOで作ってください。また、作品の説明を書いてください。
問3 問2であなたが感じる「やだなあ」の感情をLEGOで表してください。
問4 問3の作品「やだなあの感情」は、具体的にどのような感情かを説明してください。
問5 問3および問4の感情が、あなたにとって解消されるようにするには、問2の状況にどのように働きかけますか? その方法をLEGOで作ってください。また、作品の説明を書いてください。
問6 問2の状況を好む人や、気にならない人もいます。そういった人たちのことも考える場合、問5の答えにどのような変更や工夫ができますか? 自分の知っていることや、経験したこと、もしくは資料を参考にしながら、問5のLEGO作品にその変更や工夫を表してください。また、作品の変更前と変更後がわかるように説明を200字以内で書いてください。

LEGOブロックであれこれ作品をつくり、記述する、そうしたスタイルです。

「デザイン思考力入試」では、数本の鉛筆を分類させたりデッサンさせたり分析したりするものでした。

 

斬新すぎて私にはコメントできません。

 

思考力と教科力

 

ここで「教科力」を、教科の学習を継続することで得られる学力と定義します。

 

本来、中学入試は、この「教科力」を問うものでした。

4教科の基本問題から応用・発展問題までを、学校の求める生徒像、また予想される受験生のレベルに応じて、出題してきたのです。

 

教科力は、2つのものを反映します。

◆受験勉強に取り組んだ姿勢

◆中学入学後の学習への対応力

 

どちらも、とても大切です。

だからこそ、ほとんどの中学入試では、4科目の教科試験で生徒の「教科力」をはかるのです。

 

そうした「教科力」の土台の上に、はじめて「思考力」は築かれます。

これが私の考えです。

 

ある時、6年生の生徒が私にこういう質問をしました。

「先生。どうして江戸時代の日本ではフランス革命のような革命が起きなかったのですか?」

 

この質問を受けたとき、私は少し感動しましたね。

実に深くて良い質問だったからです。

そして、この質問が出る前提としては、以下の知識が必要です。

◆フランス革命についての知識

◆江戸時代の日本についての知識

◆革命についての知識

これらがあってはじめて、「あれ? そういえば日本の江戸時代だって、身分制度はあったしなあ。それなのにどうして革命がおきなかったのかな?」

こういう疑問が生じるのですね。

ちなみに、フランス革命が勃発した1789年は、日本は寛政元年です。寛政といえば、松平定信による「寛政の改革」が想起されますね。奢侈を禁止し倹約を徹底しました。

このころは日本だって一揆や打ちこわしが多発していますが、それがフランス革命のようなムーブメントにならなかった理由を考察することは、とても深い学びになりますね。

 

ある生徒は私にこう質問してきました。

「先生。どうして歩道って凸凹なの?」

たしかに、ブロック舗装を何度も掘り返してはアスファルトで固めたために、普通に歩いていてもつまずきそうな歩道はよく見かけますね。それでもパリやフランクフルトあたりの歩道よりはだいぶましですが。

車いすやお年寄りの歩行に障害となりうる歩道の現状に気が付いた着眼点はほめてあげたいところです。歩道を管理している地方公共団体の怠慢でもありますし、各種工事を調整できない縦割り行政の弊害でもあります。彼に聞いてみました。

「君はどうしてだと思う?」

「僕たちを転ばせるため」

力が抜けましたね。それでも、気を取り直していくつか質問を重ねてみます。

「いったい誰がどうして君たちを転ばせる目的で歩道を凸凹にしたと思ったのかな?」

「わかんない。おもしろいから?」

「そもそも歩道を整備したり管理しているのは誰なんだろうね?」

「わかんない」

それ以上聞く気が失せました。これが彼の「思考力」です。知識がない状態で、歩道の凸凹を前にしても、そこから何の発展もないのです。

 

「思考力」と「思いつき」は別物です。

正しい「思考力」のためには、知識が必要です。

 

その当たり前のことをなおざりにした(ように私には思える)思考力入試や学校教育は方向性がずれているのではいでしょうか。