今回は、私が実践しているロジカルライティングの授業の中から、「世界三大料理」をテーマとした授業を紹介します。
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
問題提起
タロウ:先生、「世界三大料理」って何と何?
私:どうした、唐突だなあ。
タロウ:テレビ見てたら、クイズ番組でやってたんだよ。
ゲンタ:そんなの決まってるじゃん。中華料理とフランス料理と日本料理だろ。
タロウ:僕もそう思ったんだ。でも答が違ってたんだよ。
ゲンタ:じゃあ何?
タロウ:中華料理とフランス料理とトルコ料理だってさ。
ワタル:トルコ料理?
ゲンタ:日本料理じゃないの? おかしいよ、そんなの。
タロウ:ね、おかしいでしょ? ねえ先生、本当なの?
私:そうだな。それじゃあ、今日はそのあたりを皆で考えてみようか。
三大○○って?
私:そもそも「三大料理」って、どこの誰が言い始めたか知ってるのか?
タロウ:そんなのわかんないけど。たとえば国連?
ゲンタ:そんな訳ないよ! 国連はそんなに暇じゃないって!
ワタル:きっと「世界三大認定機関」なんてのがあるんだよ。ギネスみたいなやつ。
ゲンタ:それも何だか怪しいなあ。ね、先生、答教えて。
私:それは、わからない。
一同ずっこける
タロウ:わからないの?
私:ああ、わからない。そもそも世界三大○○、日本三大○○なんてものは、誰がどう言っても自由なんだ。なかには「世界三大がっかり」なんてものもあるぞ。
ゲンタ:がっかり?
私:ああ。有名だけど、実際に行って見るとがっかりする観光名所だ。
タロウ:ピラミッドとか?
ゲンタ:がっかりしないだろ!
私:ブリュッセルの小便小僧、コペンハーゲンの人魚像、シンガポールのマーライオンだそうだ。
一同:へえ~。
私:小便小僧、見に行ったことがあるが、たしかにびっくりするほどしょぼかった。でもマーライオンはなかなか立派だったな。ま、いずれにしても三大○○なんて適当だってことだ。
タロウ:それじゃあ、世界三大料理って僕たちが決めてもいいの?
私:ああ、自由だ。
タロウ:それじゃあ、ハンバーガーとカレーライスとラーメンにしよう!
ワタル:ただの「タロウの三大好きな食べ物」じゃないか!
私:一応、世界三大料理は、ヨーロッパの料理研究家の間で言われるようになったとされている。昔すぎて出所を確認できないけどな。でも、それ以来世界中に広まったから、今では皆がこの3つの料理を挙げるようになった。せっかくだから、なぜこの3つの料理が世界三大料理と呼ばれるのか、皆で考えてみようか。
中華料理
タロウ:中華料理は間違いないよね。だって美味しいし。
ゲンタ:そうそう。料理の種類も多いしね。
ワタル:そういえば、「中国人は椅子とテーブル以外の4本脚は何でも食べる」って聞いたことがあるよ。
ゲンタ:僕も知ってる。あと、「飛ぶものは飛行機以外は食べる」だったっけ?
タロウ:確かに。燕の巣なんて、どう考えても食べ物とは思えないしね。
私:もともとその表現は、広東の商人が、「何でも扱いますよ」という意味だったらしいけれどね。
ワタル:あと、世界各地にチャイナタウンがあるって聞いたよ。つまりそれだけ世界に中華料理が広がってるってことだよ。
私:そういえばロンドンのチャイナタウンの中華は美味しかったぞ。フィレンツェの駅近くの中華も美味しかったし、ギリシアのサントリーニ島で食べた中華も美味しかった。あとフランクフルトの駅前の通りの中華も。
ゲンタ:先生、中華食べるために海外旅行してるの?
私:そういうわけじゃないんだが、つい見かけると食べたくなるからね。
ワタル:それじゃあ、おいしくて種類が豊富で、世界中どこでも食べられるから三大料理になった、ってことでいい?
タロウ:何かそれだけじゃない気がする。それだとハンバーガーも入りそう。
ゲンタ:ハンバーガーは種類がそんなに無いじゃないか。それよりパスタは?
ワタル:確かに。世界中で食べられそうだし、種類もいろいろあるし。そうか、イタリアンが三大料理だっていいよね。
私:その他に中華料理の特徴はないかな?
タロウ:ええと。四川料理とか広東料理とかいうよね? 地域によってずいぶん違うって聞いたよ。つまり、国土が広いことなんじゃないかな?
ワタル:それは種類が多いってさっき言ったじゃないか。あ、わかった、歴史が古いんだ!
ワタル:確かに。中国4000年の歴史っていうしね。
私:紀元前11世紀の中国の書物に、すでに宮廷で多様な食材の料理が食べられていた記録があるよ。この、宮廷料理っていうのが大きなポイントなんだね。
ゲンタ:中国の皇帝が、その富と財力を使って世界中から珍しい食材をかき集めて豪華な料理を食べてたってイメージ?
私:その通り!
タロウ:なるほどね。それじゃあハンバーガーは違うな。
フランス料理
ゲンタ:もうわかっちゃった。フランス料理も、宮廷料理なんだよ。
ワタル:フランス皇帝のルイ〇世とかって人が、やっぱり世界中から集めた食材で豪華な料理を毎日食べてたんだよ、きっと。
タロウ:ああ、だからフランス革命が起きたんだ!
ワタル:「パンがなければケーキを食べればいいのに」っていって処刑された皇妃がいたよね。
ゲンタ:マリーアントワネット!
タロウ:そうか。フランス料理食べると処刑されるのか。
ワタル:それは違うと思うよ。
私:フランス革命とはいいところに気づいたな。もともとフランス料理はたいした手間のかかる料理ではなかったそうだね。でも、16世紀の皇帝アンリ2世の奥さんがイタリアのフィレンツェ出身で、そのあたりからイタリア料理の影響を受けて進化したらしい。
タロウ:へえ。じゃあフランス料理って、イタリア料理がルーツなんだ。
私:そう考えてもいいだろう。その後、テーブルマナーも確立し、王侯貴族のための料理として発展した。
ゲンタ:へえ。やっぱり宮廷料理だったんだね。庶民は食べられなかったのかあ。あ、それじゃあもしかして、応仁の乱?
タロウ:なんでそこで応仁の乱が出てくる?
ゲンタ:だってさ、応仁の乱で京都から脱出した貴族や僧侶が全国に文化を広めたって習ったじゃないか!
ワタル:そうか! フランス革命で、宮廷料理人たちが広がったんだね。それでフランス料理を広めたんだ!
私:よく気が付いた! 革命で王政が倒されると、料理人たちがパリや周辺に次々にレストランを開いたんだ。それで庶民にも広がった。
タロウ:先生、もしかしてなんだけど。フランスが世界各地に植民地を持ってたことって関係あるかな?
私:無関係なはずはないな。植民地から変わった食材がフランスに知られることもあっただろうし、またフランス料理がそうした旧植民地に波及することもある。そういえば、ベトナムの街角で気軽に食べられるファストフードの「バインミー」は、フランスパンに野菜や肉がたっぷりと挟まれたサンドイッチだが、どう見てもパリ駅構内でよく買った「パリジャンサンド」そのものだったな。
ゲンタ:へえ。ベトナムってフランスの植民地だったんだね。
私:1862年に、有名なナポレオン一世の甥のナポレオン三世が占領してから、1945年まで支配が続いたんだ。
ゲンタ:1862年っていえば、生麦事件の年だね!
トルコ料理
タロウ:先生、僕トルコ料理って食べたことないんだけど、美味しいの?
私:そうだな。ケバブは知らないかな?
ゲンタ:あ、焼き鳥みたいなやつ! 肉が串にささってるの!
ワタル:あれ? 店先ででっかい肉の塊が回ってて、それを薄くスライスしてパンにはさむんじゃなかったっけ?
私:串にささってるのが「シシ・ケバブ」で、薄くスライスしたのが「ドネル・ケバブ」だな。
タロウ:それなら食べたことある! ケバブサンド! そっか、あれがトルコ料理だったのか。
私:実はケバブをパンにはさんだ「ケバブサンド」はドイツのベルリンが発祥らしい。ドイツにはトルコ移民が多いからな。
タロウ:へえ。移民にの人達も、料理を世界に広めるのに重要な役割を果たしているんだ。
ワタル:でもなんでトルコ料理が世界三大料理っていわれるんだろう?
私:今まで考えてきたことを整理してごらん。
ワタル:ええと。まず、料理の種類や食材が豊富なこと。
ゲンタ:それから、長い歴史があって世界に広がっていること。
タロウ:あとは、宮廷料理として発達したこと。
ワタル:でも、ケバブしか知らないしなあ。食材や種類が豊富なのかなあ?
私:地図を見てごらん。トルコの位置に注目するんだ。
ワタル:トルコって、ヨーロッパなの? それとも中東になるの?
私:どっちだと思う?
ワタル:イランとかシリアとかイラクと陸続きだから、やっぱり中東?
私:正解!
ワタル:でも、ヨーロッパにも近いよね。ほら、このイスタンブールのところの細いボスポラス海峡を超えてすこし行けば、もうブルガリアとかギリシアだよ。
タロウ:おれ、わかったかも。ねえ、もしかしてシルクロード関係ある?
私:いいところに気が付いた!
タロウ:そっか! シルクロードの通り道ってことは、トルコは、ヨーロッパと中東やアジアをつなぐ交差点みたいな場所だったってことだね!
私:その通りだ!
ワタル:だから、トルコにはヨーロッパやアジア、それに中東の料理や食材が集まって、それで発展したんだ。
私:宗教の影響もあって、羊や鶏肉を使った料理が多いな。あとは香辛料もいろいろ使われている。
タロウ:宮廷料理っていうのは? トルコの歴史なんて知らないよ。
私:簡単に説明しよう。その歴史は紀元前18世紀にまでさかのぼるが、みんなが知っていそうなのは、紀元前6世紀にペルシア帝国に支配されたことや、紀元前4世紀のマケドニアのアレキサンダー大王に征服されたことじゃないかな。
タロウ:ペルシア帝国とかアレキサンダー大王なら知ってるよ!
私:その後4世紀まではローマ帝国に支配された。さて、いよいよ料理に関係する話になるぞ。13世紀末に、オスマン帝国がトルコに誕生したんだ。全盛期には、北はウクライナまで、南はイエメン、東はアゼルバイジャン、そして西はモロッコまで広がる大帝国になったんだね。
ゲンタ:それだけ国土が広がれば、あちこちからトルコの皇帝のところに食材が集まってくるよね。それで宮廷料理が発達したんだな。
ワタル:それだけの歴史と、そして宮廷料理だったなら、世界三大料理の資格十分だ!
タロウ:ねえ先生、こんどトルコ料理をご馳走してよ。
私:・・・。それじゃあ受験が終わったら、合格祝いにサバサンドでもご馳走しよう。
タロウ:サバサンド?
日本料理
ワタル:中華料理・フランス料理・トルコ料理が世界三大料理って言われるのは納得したんだけど、それじゃあ、どうして日本料理は入らないのかな?
私:どうしてだと思う?
ワタル:だって、食材の種類も料理の種類も豊富でしょ? それに、素材を活かした調理法も特徴があるし。その条件はクリアしてるじゃないか。
ゲンタ:あと、今や世界中に日本料理が広がってると思うし。
私:たしかにそうだな。海外旅行に行くと、現地の地元スーパーをのぞいてみるのが面白いのだが、どこにだって日本食の調味料なんかが普通に売られているしな。アテネの小さな地元スーパーにだって寿司コーナーがあったくらいだ。
ゲンタ:そうでしょ。歴史だって古いじゃないか。
タロウ:あ、でも宮廷料理じゃないんじゃないかな?
ゲンタ:どうして? 日本にだって古くから天皇や朝廷があったわけだから、宮廷料理くらいあってもおかしくないじゃないか。
私:たしかに奈良・平安の貴族たちはそれなりに豪華な食事をしていたようだが、あくまでも当時としては、ということで、今の私たちが見ると、豪華といえるかどうか。ご飯に汁物、野菜の煮物に魚の干物といったメニューだったようだよ。
タロウ:それって、旅館の朝食みたいだね。
ゲンタ:あ、フランス料理もトルコ料理も、14世紀とか16世紀くらいから豪華な宮廷料理が発達したんだよね。でも日本のその時代って武士の時代だったじゃないか。
ワタル:武士って、質実剛健っていうか、質素な食事をしていたイメージだよね。
私:日本にきた宣教師が大名の質素な食事に驚いたなんて記録もあったな。
タロウ:隣の中国の皇帝は豪華な食生活だったのにね。ねえ先生、今みたいな和食の文化って、いつ頃生まれたのかな?
私:みんなが考えているのは、世界三大料理になれそうな、そういう和食のことだろ? それは、江戸時代に財を築いた豊かな商人たちが求めることで進化していったと考えていいだろう。さまざまなレシピ本が出版されたのもその頃だ。
ワタル:そっか。商人っていったら町人だよね。普通の町人でもグルメだったのかな?
私:グルメかどうかわからないが、そばや稲荷ずし、それに握りずしや天ぷらやウナギも江戸時代の庶民の食事としてよく食べられていたようだな。
タロウ:十分豪華だよ! もう世界三大料理の資格あり!
ゲンタ:いっそのこと、世界4大料理にすればいいと思うよ。
ワタル:それなら、僕の好きなイタリアンも入れて、世界五大料理にしよう!
一同:決まり!
私:それじゃあ記述の課題だ。君たちが考える世界五大料理と、その理由についてまとめてごらん。
一同:ええ~!