今回は、私が実践しているロジカルライティングの授業の中から、「教育」をテーマとした授業を紹介します。題して「教育は必要か?」
例によって登場人物は麻布志望の3人組、タロウ・ワタル・ゲンタ(仮名)です。実際の生徒・授業ではなく、過去の授業を再構成したものです。
問題提起
タロウ:先生、ネット見てたらとんでもない記事みつけたんだ。
ワタル:あ、ネットばかり見てると先生に怒られるよ。
タロウ:たまたまちょっと見ただけだよ。
私:どんな記事だったんだ?
タロウ:それがね。小学生の男子の記事なんだけど、中学校には行かないでゲームに専念するんだって。
ゲンタ:何それ! 羨ましい!
私:それだけじゃ状況がわからないな。もう少し説明してくれないか?
タロウ:その男子って、ゲームの実況を動画配信しているんだけど、中学校に行かずに、毎日10時間ゲームをやることにしたんだって。それで、運動は近所を走ったりすればいいとかそんな話。
ゲンタ:どんなゲーム?
タロウ:〇〇っていうゲーム。僕知らないけど。
ゲンタ:ああ! 戦闘系のゲームだね! あれ、はまるんだよね!
ワタル:学校いかないでゲームだけって、そんなの無理だろ。親に怒られるって。
タロウ:それが、親の方針だっていうんだよ。
ワタル:何それ?
ゲンタ:なんていい親なんだ!
タロウ:ねえ先生、そんな理由で中学校に行かないのってアリ? だって義務教育だよね?
私:そうだな。いい機会だから、今日は教育についてみんなで考えてみようか。
義務教育とは?
私:みんなは義務教育って何か知ってるかな?
タロウ:それは小学校と中学校のことだよ。
ワタル:そうそう、学校に行くのは僕たちの義務なんだ。
ゲンタ:だから、僕たちは嫌でも小学校と中学校には行かなくちゃならないんだよね。
タロウ:たまに行きたくないときもあるけどね。
ワタル:でも、義務だから仕方ないんだよなあ。
私:どうやら皆は勘違いしているようだね。
一同:勘違い?
私:君たちは学校に行く義務はないんだよ。
一同:嘘!
私:嘘じゃあない。ちょっとこの日本国憲法の条文を見てごらん。
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
タロウ:あれ?
ワタル:これって、どういうこと?
ゲンタ:もしかして、義務があるのは親ってことなの?
私:その通りだ。義務教育の「義務」というのは、親の義務なんだね。まあ実際の親子以外にも、子どもを保護している大人はいるからこのような書き方になっているけれど、簡単にうと、親は子どもに普通教育を受けさせる義務があるということだ。だから「義務教育」という。
タロウ:ええ! それじゃあ僕たちは学校に行く義務はないの?
私:そうだ。
ゲンタ:それじゃあ、学校に行かなくてもいいの?
私:違う。
ワタル:どっち?
私:いいか。君たちには教育を受ける権利があるんだ。そして、親には子どもに教育を受けさせる義務があるんだ。
タロウ:それじゃあ、僕たちがもし学校に行かないと?
私:親が義務を果たせない。
タロウ:それじゃあ、親が逮捕されるの?
私:逮捕はされないが、罰金はあるな。10万円以下の罰金刑が科せられるかもしれないね。
タロウ:10万円かあ。僕たちからすれば大金だけど、大人なら簡単に払えるよね、きっと。
私:だが、罰金刑でも、いわゆる「前科」になるよ。
タロウ:うわ、前科! それは嫌だ!
私:ちょっとここで別の法律を見てみようか。学校教育法といって、文字通り学校教育について細かく定めた法律だ。
第十六条 保護者は、次条に定めるところにより、子に九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
第十七条 保護者は、子の満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十二歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。ただし、子が、満十二歳に達した日の属する学年の終わりまでに小学校の課程、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部の課程を修了しないときは、満十五歳に達した日の属する学年の終わりの課程、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十五歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを中学校、義務教育学校の後期課程、中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部に就学させる義務を負う。
ワタル:わかりにくいなあ。先生説明して。
私:第16条はわかるな。
ワタル:親は子に9年の普通教育を受けさせる義務があるってことだよね。
ゲンタ:そう書いてあるからね。でも17条が意味不明。
私:簡単にいうと、6歳から12歳までは小学校に、12歳から15歳までは中学校に、親は子どもを通わせる義務があるって意味だ。
ゲンタ:なんだ! それならそうと書いてくれればいいのに。
タロウ:本当だよ。ねえ先生、なんで法律って、わざとわかりにくく書いてあるの?
私:別にわざとわかりにくくしているわけではないが。
タロウ:絶対わざとだって。
私:そうだな。それも追及すれば面白いかもしれないが、今度にしようか。
タロウ:先生、忘れないでよ!
普通教育って?
ワタル:先生、さっきから僕気になってたんだけど、普通教育って何?
タロウ:そうそう、僕も気になってた。憲法と学校教育法に「普通教育」ってあるけど、それって何? 教育とどう違うの?
私:いいところに気が付いたね。それでは「教育基本法」を見て見ようか。
ゲンタ:また法律? また意味不明の文章が出てくるんだよね。
私:教育基本法はもう少しわかりやすいぞ。
第五条 国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。
2 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
3 国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。
4 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。
ゲンタ:わかりやすいかなあ?
タロウ:さっきよりはだいぶましだよ。
ワタル:あ、普通教育、出てきたぞ。
タロウ:ここでも保護者は子どもに普通教育を受けさせる義務があるって書いてあるね。
ゲンタ:もう親は法律や憲法でがんじがらめだね。ちょっとかわいそうかも。
私:5条の2をよく見てごらん。
ワタル:あ、「義務教育として行われる普通教育」ってあるよ。つまり義務教育が普通教育なの?
ゲンタ:それに、「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」だって。ああ、もう。先生、わかりやすく説明して。
私:つまり、普通教育の目的は、個人が自立する基礎と、社会の一員としての資質、この二つを養うことだって意味だね。
ゲンタ:なるほど。なんだかそう聞くと、すごく当たり前のことだって気がするね。
タロウ:そうだよな。自立することはとても大事だし、そして社会の一員となることも大事だよな。
ワタル:ああ、そうこうことか。普通教育って、まさにそういう「普通の」教育ってことなんだね。
私:その通り。普通教育とは、全国民に共通する一般的で基礎的な教育のことなんだ。専門的だったり職業的な教育ではないと考えてもいいね。
タロウ:そっか。国民全員が知っていることを学ぶってことか。社会人の第一歩として恥ずかしくない教育ってかんじかな?
私:そう考えてもいいね。
一同:大切だ!
親は義務を果たせないのか、果たさないのか?
タロウ:ええと、子どもに教育を受けさせるのは親の義務だし、それに違反したら前科がつくんだよね。それに、そもそも義務教育って基本になる大切な教育だよね。それなのに、なんで子どもに義務教育をちゃんと受けさせない親っているんだろう?
ワタル:ほんとだよね。素直に小学校と中学校くらいは通わせてあげればいいのに。
ゲンタ:僕も、よく考えたら家で毎日ゲームだけっていうのは嫌だな。だって友達とも会えないし、ドッジボールだってできないし、給食だってないんだよ!
タロウ:あ! 給食は大事だよね!
私:そうだな。いったいなぜだと思う?
ワタル:ううん。もしかして、お金が無いとか?
タロウ:それはおかしいよ。だって義務教育はタダでしょ? 憲法にも無償ってなってたよ。これ、タダって意味だよね。
私:いいところに気が付いたね。もちろん義務教育は無償だ。教科書だって配られる。でも、それ以外にもけっこう必要な費用があるんだ。
タロウ:あ、給食費?
私:それもあるな。給食費で年間4万円するし、その他にも教材費や体操服などの費用があるんだね。
ゲンタ:そうだよ。僕も書道セット買ったときに、お母さんが怒ってた。うちにはお兄ちゃんが使ってたものがあるのに、どうしてまた買うのかって。でも、みんな同じ物じゃないとだめだし、僕だってそのほうがいいと思ったし。よく考えてみれば、あれ、買う必要なかったと思う。
ワタル:そうそう。うちは鍵盤ハーモニカを買うときにお父さんが怒ってた。お父さん鍵盤ハーモニカが好きで、家には3つもあるんだ。学校で買うやつより高く手本格的なのが。でも、それじゃダメなんだってさ。
タロウ:鍵盤ハーモニカが趣味のお父さんって、なんかかわいいね。
私:そういう様々な費用を「隠れ教育費」と呼ぶそうだね。文部科学省の「子供の学習費調査」で調べると、小学校6年間で約63万円、公立中3年間では約51万円も負担があるそうだよ。
ワタル:高い! それじゃあ、義務教育は無償だなんていえないじゃないか。
タロウ:それじゃあ、そういう隠れ教育費が払えないから子どもを小中学校に通わせないの?
私:そういう場合もあるかもしれないな。
ゲンタ:それから、タロウがネットで見つけた親子みたいに、ゲームとか動画配信とかで儲かっているから、わざと学校に通わせないってケースもあるんじゃないか。
タロウ:それって可哀そう。
ゲンタ:誰が?
タロウ:もちろん子どもがだよ。学校って、嫌だったりつまらないことも一杯あるけど、おもしろいことや楽しいことも一杯あるじゃないか。そういうのを知らないでいるのって、可哀そうだよ。
ワタル:でもさ。学校行かないで毎日10時間ゲームばかりやってたら、たぶんゲームのプロになれるよね。そうしたら大金が稼げるようになるから別にいいんじゃないかな。だって、普通に学校に行ってるくらいじゃ、将来の仕事になんか結びつかないし。それだったら、プログラミングとかゲームとか、なんでもいいけど将来の大儲けにつながることを早くからやるのだって大事なんじゃないかな。
ゲンタ:それはおかしいよ。それじゃあお金がもうかれば何でもいいってことになるじゃない。
私:そもそも教育の目的、とくに普通教育の目的って何だった?
ワタル:それは、自立した人間として社会を支える一員になるってことだったよ。
ゲンタ:あ、わかったかも。つまりさ、学校行かないでゲームだけやってても、お金はもうかっても、自立した人間にもなれないし、社会を支える一員にもなれないってことなんだよ。
タロウ:そうか。それは専門教育ってやつで、普通教育の次にでてくる教育なんじゃないか。
私:よくまとめてくれた。その通りだ。将来に役立つことを早いうちから学ぶのは悪いことじゃない。ただ、それが普通教育を否定する根拠にはならないってことなんだ。
タロウ:やっとすっきりした気がする。まずは普通教育をちゃんと受けないといけないんだね。
ゲンタ:僕も、ゲームは趣味程度にしておくよ。
ワタル:そもそも受験生がゲームなんかやるなよ。
私:その通り。