中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

【中学受験】志望校戦略の実例紹介

中学受験において最大の関門は、志望校選びに他なりません。

幼少期より「この学校しか行く気はない!」と確定している方はほぼいませんので。

とくに首都圏には魅力的な学校がたくさんあります。

その中から、どう学校を選び、どう志望校戦略を組み立てるのか。

今回は、私から見て、とても良かったと思えるいくつかの実例を紹介します。

※個人情報保護の観点から、設定等を変更していますが、実話にもとづきます。

麻布が第一志望だった太郎(仮名)君の場合

太郎君の希望は、自由な校風の男子校、でした。

親から見ても、校則で縛られるような学校は全く合わない、そういう子だったのです。

意思がはっきりしていて、周囲から強制されることには反発します。その代わり自分で決めたことには夢中で取り組める子でした。

親が息子のためにあげた候補は以下の学校でした。

◆麻布

◆武蔵

◆筑駒

◆桐朋

◆暁星

◆成城

◆芝

◆栄光

その他に、大学附属には自由な雰囲気の学校が多いのですが、これは太郎君が拒否しました。僕は自由に勉強したいのであって、自由に遊びたいのではない、と言って。

また、女子の目が校内にあることも否定します。それでは自分は「自由に」振舞えない気がすると言って。

ほんとうに我儘な子ですね。

候補になった学校を親子で一通り見てまわりました。

最期まで候補に残ったのは、麻布と武蔵の2校でした。栄光も環境に惹かれたそうですが、太郎君の求める自由さとは少し違うということで候補から外れました。

何が違うのか聞いてみると、「栄光の自由は、あの敷地の中だけに限定された自由」なんだそうです。わかったようなわからないような。まあ本人はそう感じたのですね。

桐朋も良かったけれど、自宅からは少々遠いということで、第一候補にはなりませんでした。

筑駒については、「僕はあの学校は自由だと思えなかった」とのこと。どうしてでしょうかね。学校の雰囲気とか、先生の様子、そういったことなのでしょうか。

最終的な第一志望校は麻布になりました。その理由は太郎君曰く「麻布はぶっ飛んでるから」だそうです。まあそれは正しい認識ですね。

こうして太郎君の受験戦略が決まりました。

◆1月校・・・受けない

 行く気が無い学校を受けるのは無駄だし、長い通学時間をかけてまで行きたい学校は無いそうです。それはそうでしょうね。渋幕も市川も共学ですから、太郎君の好みではありません。

◆2月1日・・・麻布

◆2月2日・・・桐朋

◆2月3日・・・成城

◆2月4日・・・芝

◆2月5日・・・成城

午後受験はしないそうです。これについては、父親の意見がおもしろかったですね。

「午後入試を設定している学校というのは、もっとレベルの高い学校を受験した生徒を拾い集めるのが目的の学校です。そしてその理由というのは、大学実績を上げることにあります。そうした学校には、息子の求める自由は無いと思います」

おっしゃる通りです。プロ顔負けの分析です。

実は父親は、中学受験経験者で、筑駒のご出身でした。

父親としては、日比谷の校風も息子に合いそうだと思ったそうですが、今の日比谷は東大にシフトしすぎている点、息子にそこまでの学力が備わるかどうか不明な点、そして何より公立中学で息子がうまくやっていけるはずがないことを考慮したそうです。

 

結果は、1日・2日・3日の3校すべて合格し、もちろん麻布に進学します。

太郎君は、「2日の桐朋の結果が当日の夜にわかれば3日の成城は受けなくてすんだのに。なんで桐朋は1日の結果は当日の夜に発表するのに、2日の結果は次の日になるんだ? 学校の手抜きだよ!」と怒っていました。

そんなこと言う受験生はほとんどいません。やはり太郎君は麻布向きの子でしたね。

 

鷗友が第一志望だった花子さん(仮名)の場合

母親曰く、少し変わった子だったそうです。

女子特有のウェットな部分が無く、本を読み始めると周囲が見えなくなるタイプだとか。

ただし、大人の指示に従うことに疑問を持たないので、どの学校に進学してもそれなりにやっていけるだろうと思いました。

そこで、いろいろな学校に足を運んだ結果、第一志望は鷗友となったのです。

この子の学力からいえば、1日は桜蔭・渋谷渋谷・女子学院・早実でもおかしくはなかったのですが、大学附属は最初から候補に挙がりませんでした。

中学受験の段階で大学まで決めたくはないことと、娘の性分としては、周囲が勉強しないで遊んでいる環境は耐えられないだろうと考えました。別に大学附属の学校が皆遊んでいるわけではありませんが。

共学校も考えていませんでした。理由は、魅力を感じる共学校が無いことだそうです。

桜蔭は娘の性格では、進学後に必死に勉強だけに邁進しそうで避けたそうです。女子学院は迷いましたが、娘の「私は女子学院に行ったら遊んでしまいそうだ」との言葉で候補から外れました。

最終的な志望校戦略はこうなりました。

◆1月校・・・受験しない

◆2月1日・・・鷗友

◆2月2日・・・AM:洗足 PM:香蘭

◆2月3日・・・鷗友

◆2月4日・・・普連土

◆2月5日・・・洗足

 

親子の優先順位は、鷗友>洗足>香蘭>普連土 でした。

香蘭は事実上立教大学の附属ですが、他大学へ抜ける子も少しいます。校風が気に入ったとのことでしたね。また、このレベルの学力で普連土は珍しいと思ったのですが、やはり親子でとても気に入ったとのことでした。山脇とも迷ったそうですが、最近の山脇は少し上昇志向が強すぎるような気がするということで普連土になったそうです。

また、鷗友と洗足については、以前の洗足なら洗足>鷗友だったとのこと。以前の洗足とは、音楽教育に魅力があった頃だそうですね。確かに最近の洗足は、東大進学予備校化しているという意見は間違っていないと思います。

つまり、どの学校に進学することになってもとても満足できる、そういう学校を選んだのです。

これは王道というか、一番大切なことですね。

とかく偏差値・入試日程・人気、そうした要素を考えがちですが、なにより「進学したい」と思える学校だけを受験すべきなのです。

 

結果は、1日に受けた鷗友の結果が2日の12時に出ましたので、洗足の受験を終えて出てきた娘に鷗友合格を告げ、それで受験は終了しました。

 

 

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