子どもたちの成績は激しく上下します。
それが普通です。
下がったと思ったら上がり、上がったと思ったら下がる。
そのため、「成績低下の兆候」を見落としがちなのです。
気が付いたときには手遅れとなりかねません。
今回は実例をいくつかお話します。
※プライバシー保護の観点から、本人が読んでも自分のこととわからぬレベルまで設定を変えていますが、事実に基づいています。
小学校生活が楽しくなり過ぎた太郎君(仮名)の場合
太郎君は優秀かつ真面目な生徒でした。
勉強習慣ができていて、低学年のころからきちんと学習を積み重ねてきたのです。
本格的に塾の定期テストを受けるようになる4年生になると、S偏差値で60代後半が定位置となり、公開模擬試験では二桁順位も出しました。この塾の二桁順位であれば、最難関校のどこでも合格できるレベルです。
5年生になると、さすがに周囲も加速しはじめるため、そこまでの順位はとれなくなりました。しかし相変わらずコツコツと勉強しており、大きく崩れることもなかったのです。
小学校にも元気に通っています。ごく普通の公立小学校ですので、中学受験率も平均レベル、多様な生徒が通う学校です。太郎君も、普通に通学していました。学校行事も普通に参加し、面談に行けば担任教師に褒めちぎられる、そうした、まさに「人も羨む優等生」だったのです。
静かな変化は6年生になってはじまりました。
小学校がクラス替えとなり、クラス運営に長けた担任教師になったことで、学校生活が楽しくて仕方が無くなったのです。
学校から帰ると、母親に真っ先に小学校の様子を報告してくれます。
5年生までには見られなかった傾向でした。
母親にとってみれば、これは喜ばしい変化に思えました。誰だって、わが子が楽しく小学校生活を満喫してくれるのは嬉しいものです。
しかし、塾での成績がだんだん振るわなくなってきました。
5年生最後の模試では、第一志望校の合格可能性が80%以上だったのに、6年生最初の模試では60%になってしまったのです。
しかし、親は焦りませんでした。周囲の受験生たちも必死に勉強しています。その中で成績を上げることは大変なのは知っていたからです。
太郎君も特に勉強をさぼっているわけではありません。今までと同様に机に向かっていたのです。
6年生夏前の模試では、ついに合格可能性が40%になってしまいました。
最初は、周囲が頑張っているのだから相対評価が下がるのは仕方がないと考えていたのです。
しかし、基本的な問題の取りこぼしも増えていますし、ケアレスミスも増えてきました。相対評価ばかりでなく、絶対評価も下がっています。
ここにきて初めて、親も「何かがおかしい」ことに気が付いたのです。
◆家庭学習時間は変わらない
◆本人の学習姿勢にも問題は見られない
◆塾内での様子も今までと変わらないと言われた
◆だが明らかに成績・得点力が下がっている
6年生になってからの太郎君をとりまく変化といえば、小学校しかありません。
小学校生活が楽しくなり過ぎたのが原因だったのです。
子どもの脳の学習に振り向けられる部分のキャパは大きくはありません。
ごくたまに「器用」で「地頭が良い」タイプの子どもがいて、パラレルに様々なことをこなすことができるのも確かです。
しかしそうした子は本当に極まれなのです。
太郎君はそうした「地頭が良い」「器用な」タイプではありませんでした。
彼が持っていたのは、「努力を継続することができる」才能です。
だから、今までは全部勉強に振り向けることができていた「頭のキャパ」のうち、かなりの部分を小学校生活の楽しさに奪われてしまうことで、同じように勉強をしていても成績が伸びなくなったのですね。
本人に自覚はありません。でも、机に向かって問題を解いているときでも、無意識の領域を「楽しい小学校の日々」が占めていたのでしょう。
それが証拠に、小学校が無い夏休み期間中は、見事に得点力が盛り返しました。
親としては悩ましいですね。
まさか小学校を楽しむなとは言えませんので。
9月~12月は、我慢の時期だったそうです。とにかくルーティン的な学習をメインにすすめて乗り切りました。
小学校が冬休みに入る直前に、学校の担任の先生にお話をしに行きました。
◆出願書類の依頼
◆1月から入試が終わるまでは小学校を休むことの報告
以上2点を話しにいったのです。
小学校を1か月以上休むことについては賛否両論あることは承知していましたが、この両親は全く迷いませんでした。
子どもの人生にとって大切なことは何かについて強い意志を持っていたからです。
冬休みに入ってからの太郎君の伸びは目覚ましいものがありました。もう模試がないので相対評価はわかりませんでしたが、あきらかに入試問題の得点率が右肩上がりとなったのです。
結果として、太郎君は第一志望校だった最難関校に合格しました。
2月からは最後の小学校生活を満喫したのは言うまでもありません。
「あの時、原因に気づかず過ごしていたらダメだったでしょう。危ないところでした」
お母様の正直な感想でした。
おしゃれに目覚めた花子さん(仮名)の場合
花子さんは、私立小学校の生徒でした。仲の良い丸子さん(仮名)と二人で通っていたのです。二人はともに、とある進学塾に1年生から通い始めました。通っていた私立小学校は、いわゆる「受験小」でしたので、生徒の全員が中学受験をする学校だったからです。
塾での二人の成績は優秀でした。私立小から通塾を始めた子の場合、最初は良くても途中から失速する子が多いのですが、この二人は違いました。上位の成績をキープしていたのです。
丸子さんはボーイッシュなタイプ、花子さんはお嬢様タイプで、雰囲気の異なる生徒でしたが、それが仲良くなった理由の一つでもあったのでしょう。
このままいけば、二人は一緒に第一志望の最難関校に進学し、また6年間の友情を育むことができることは確実と思われました。
しかし、6年生になる直前あたりから、花子さんの成績が下がり始めました。丸子さんは相変わらず上位をキープしています。
親から何度も相談を受けた塾としても、原因はわかりませんでした。せいぜい、女子特有の思春期の体調変化であるくらいしか思いつかなかったのです。
二人の成績は徐々に開き始め、夏休みを迎えるころには、花子さんは最上位クラスから陥落しました。
夏期講習が始まると、二人は制服ではなく私服で通塾します。
その様子を見ていて、ある女性教師が気づいたのです。
「あ、花子さんはおしゃれに目覚めたのね」
いまどきの小学生女子ですから、どの子もそれなりにおしゃれして塾にやってきます。
ブランド服を着ている子も多いそうです。
でも、女性教師に言わせると、「親が選んだ服」を着ている子と、「自分が選んだ服」を来ている子はわかるそうです。
花子さんの様子は、他の生徒よりも一段と目立つものでした。
丸子さんは、ショートカットで少年風の装いでやってくるのですが、花子さんはそれとは対照的に腰まで届くロングヘアでした。原宿あたりを歩けばすぐにスカウトの声がかかりそうな、そうした服装で塾に来ていたのです。
授業中にも、ひっきりなしに髪を気にしています。
集中力の低下は明らかでした。
このことを母親に言うかどうか、女性教師は迷いました。娘を可愛く仕立てているのは母親に違いないからです。
しかし、夏の終わりに思い切って面談をして、母親にそのことを告げたのです。
9月最初の授業に現れた花子さんを見て、女性教師は驚きました。
自慢のロングヘアはばっさりと切られ、ショートヘアとなっていたからです。
「もしかして私はとんでもないおせっかいをして、花子さんの心に深い傷を負わせたのでは?」
そうした後悔もします。母娘の家庭におけるバトルが容易に想像されます。
しかしながら、その後の花子さんの勉強に向かう姿勢には、目に見える変化が訪れました。
結果は、見事に二人そろって第一志望校に合格し、進学することになったのです。
成績低下を他人のせいにした元太君(仮名)の場合
元太君は、成績は真ん中くらいの生徒でした。偏差値でいうと50前後です。志望校については、60くらいのところは狙わずに、55くらいの学校を第一志望として、あとは50前後の学校を何校か受験予定でした。おさえとして、45の学校も考えてはいます。
まずまず妥当な志望校であり、このまま行ければ、と母親は考えていました。
しかし、塾の見解は異なります。
元太君は、平均すれば50くらいではあるものの、その成績は乱高下がはなはだしかったからです。こうしたムラのある成績の子は受験で苦戦するものだからです。
また科目間の得点差が大きいことも問題でした。国語は50くらい、算数は60くらい、そして理科・社会が40くらいです。成績の乱高下の原因は理科・社会にありました。
理社が点がとれるときは全体成績も上がり、点がとれないと全体成績も下がります。
理社の得点力の大きな部分は知識が占めています。4年生のときから地道に理社の知識を蓄積していないと、6年生になったときには大きな差が出てしまうのです。
元太君は、地道な努力ができなかったのですね。
国語は勉強しなくても何とかなる、算数は好きだからやる、理社を覚えるのは大嫌い、そうした生徒だったのです。
6年生になると、父親も息子の成績に注目するようになりました。元太君の成績、とくに理社について厳しい叱責を受けるようになります。
それに対して、元太君は常に言い訳をするようになりました。
「今回は、たまたま苦手なところが出たから」
「今回は、先生が出るといっていたところと違う範囲から出題されたから」
「隣の子がテキストを持って帰ってしまい、勉強ができなかったから」
「教室が暑すぎて気持ち悪くなったから」
「お腹が痛くてトイレに行っていたから時間が無くなった」
「問題冊子のページが1枚抜けていたのに最後まで気づかなかったから」
「隣の子が貧乏ゆすりをしていて集中できなかったから」
「エアコンの風が直接あたって頭が痛くなったから」
「僕が塾に行ったら、時間前なのにもうテストが始まっていたから」
「電車がおくれてテスト開始に間に合わなかったから」
「机ががたがたしていて書きにくかったから」
「授業で習っていないことが出たから」
「隣の生徒が僕の答案をカンニングするので落ち着かなかったから」
まあ、よくぞ次から次へと「幼稚な」言い訳を思いつくものですね。
もちろん全て思いつきの嘘です。
しかし、残念なことに、両親は息子の言い訳を全て信じたのです。
その都度、塾にクレームが入ります。
とくに最後の言い訳は最悪ですね。
「うちの子の答案をカンニングしている生徒を退塾させろ!」というクレームになりましたので。
もちろん隣の子はカンニングなどしていません。じつは、カンニングをしていたのは元太君のほうでした。
子どもが成績不振について幼稚な言い訳を始めたら。
何かを隠そうとしているか、逃げようとしているかのあからさまなサインです。