中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

小中学生の読書体験、美しい日本語を身に着けよう

日本語が乱れています。

今に始まったことではありません。

私の使う日本語もだいぶ乱れています。

それでも、それだからこそ、小中学生の内に「美しい日本語」に多く触れてほしいと思うのです。

きれいな日本語を使えるようになるためには

 

うろ覚えで恐縮なのですが、以前読んだ文章にこうした内容がありました。

古美術商の権威が、自分の子どもに修行をさせるお話です。

とにかく徹底的に「本物」だけを見せ続けるのだそうです。

そのことによってのみ、真贋を見極める目が育つのだとか。

古美術のことはさっぱりとわからぬ私ですが、言わんとしていることはわかります。

その話を読んで以降、旅先に美術館や博物館等があれば足を運ぶことにしています。

もっとも徳島の「大塚美術館」でもそれなりに感動してしまう私です。

 

きちんとした日本語、きれいな日本語を使えるようになる方法はたった一つです。

一冊でも多くの、一行でも多くの「美しい日本語」に触れるしかありません。

そこで、何人かの作家を取り上げたいと思います。

 

川端康成

 

「美しい日本語」といって最初に思いつく作家です。

「雪国」
 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

「夜の底が白くなった」

いったいどうやったらこんな表現が浮かぶのでしょう。

ストーリーとしては、芸者駒子と主人公の恋模様、といいたいところですが、そんなに単純なものではありません。次第に狂気を帯びていくようにも思える駒子の描写もまた見どころです。

「伊豆の踊子」
 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た

踊子という職業が、当時どのように思われていたかを知れば、孤独な青年と可憐な少女の淡い恋物語という単純な話でないことがわかります。

また、「美」と「醜」の対比も印象深いです。

 

川端康成の文章は、よく「絵画的」と評されます。

まずはこの2冊から入るのが王道でしょう。

個人的なお勧めは、「掌(たなごころ)の小説」という短編集です。

40年にわたって書き継がれた短編が100以上まとめられています。

珠玉の日本語を堪能できます。

 

「骨拾い」
谷には池が二つあった。
下の池は銀を焼き熔かして湛えたように光っているのに、上の池はひっそり山影を沈めて死のような緑が深い。

みなさんにも、私が見ているのと同じ景色が見えていると思います。

タイトルもそうですが、「死のような緑が深い」という表現からは不穏な空気が感じられます。

 

「男と女と荷車」
少年少女が路傍の荷車の両端に四五人ずつ並んで乗っかり、車の心棒をきゅうっきいきゅうっきい軋ませながら、かったんこっとんSEE-SAW遊びに夕餉を忘れていた。男の子は女の子の方にしっかり腕を廻し、女は男の膝か車台に手をつき、地に足が届く度に弾き返して浮き上がりそしてまた沈む―ーこの小さい景物を、暮れ鈍る夏の宵の光がほの黒く浮かせていた。

ただの無邪気になシーソー遊びでない気がします。

それにしても「暮れ鈍る夏の宵の光」とは。「暮れ鈍る」という語句はありませんので、川端康成の造語表現でしょう。

 

火に行く彼女
遠くに湖水が小さく光っている。古庭の水の腐った臭水を月夜に見るような色である。
湖水の向岸の林が静かに燃え上がっている。火は見る見る拡がっていく。山火事らしい。

私ごときが語れる世界ではありませんね。

小学生には難しいことはわかっていますが、それでも読んでほしいと思います。

中学生なら当然読まなくてはなりません。

 

三島由紀夫

 

「美しい日本語の使い手ベスト10」などという企画があれば、間違いなく上位に選ばれる作家です。

まずは「金閣寺」のこの一節を紹介します。

もう私は、属目の風景や事物に、金閣の幻影を追わなくなった。金閣はだんだんに深く、堅固に、実在するようになった。その柱の一本一本、華頭窓、屋根、頂きの鳳凰なども、手に触れるようにはっきりと目の前に浮んだ。繊細な細部、複雑な全容はお互いに照応し、音楽の一小節を思い出すことから、その全貌を流れ出すように、どの一部分をとりだしてみても、金閣の全貌が鳴りひびいた。

むずかしい語句は使われていません。表現も簡素です。それなのに、ここまで「美しさ」を感じられる文章なのです。

 

太宰治

小中学生が読むなら太宰治はお薦めです。

文体が平易かつ簡潔です。

するすると抵抗感なく読み進められます。

このような「抵抗感無く読める」文章を書くのもまた才能だと思います。

「走れメロス」は中学校教科書にも出てきますので読む機会はあるでしょう。

「桜桃」「斜陽」「人間失格」あたりを押さえておけば、「太宰は読んだよ」と言えると思います。

個人的には短編がお勧めです。

◆御伽草子

「瘤取りじいさん」「カチカチ山」「舌切り雀」等のおとぎ話を、太宰流の諧謔で切りなおしたような作品です。とても面白い。私は「カチカチ山」が好きです。

◆グッドバイ

 これは遺作です。したがって完結していません。そう聞くと、さぞかし「重い」話かと思えば真逆です。コミカルといってもよい軽さが感じられます。

◆女生徒

 どうして女性のことがここまでわかっているのか。なんと女性の一人称の作品です。

そういえば、「人間失格」の中で、主人公の青年が、女性が急に泣き出したときは甘いものを食べさせるとよいという内容がありました。けだし慧眼です。

 

まずはこの3人の作品を読むところからはじめましょう。

 

いわゆる「文豪」などと呼ばれる作家の作品はどれを読んでも勉強になります。

長い歳月を生き残ってきた作品だからです。

 

◆辻邦生

◆井上靖

この二人の作品もいいですね。

また読み返したくなりました。

 

どうしても現存する作家の文章は勧めにくいですね。

ノーベル文学賞の呼び声が高い村上春樹も、小中学生が日本語能力を向上させる目的からは外れると思います。

 

まずは古典から入るのが正しいでしょう。

 

実は過去に同内容で記事を書きました。

今回はその抜粋版にような内容になっています。ぜひこの記事もお読みください。

peter-lws.net

 

 

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