今回は、いつか書かなくてはと思っていたケースを紹介します。
帰国生の落とし穴についてです。
※プライバシー保護の観点から、当事者が読んでも自分のこととわからぬまで設定を変えています。でも事実です。
A子さんは優秀だった
A子さん一家が父親の赴任に帯同して海外(英語圏)の国に行ったのは、A子さんが幼稚園に入る前でした。A子さんは一人っ子でした。
このくらいの年齢での渡米でしたので、英語の取得は目覚ましいものがありました。幼稚園も小学校も現地校に通いましたが、小学校に上がる頃には、周囲の同級生と全く変わらぬ英語力を身に着けたのです。
また、A子さんは優秀な生徒でした。
学校の課題をこなすだけではなく、積極的な自主研究も行うような生徒でした。
周囲の同級生たちからも一目置かれる目立つ生徒、それがA子さんだったのです。
帰国後の進路
そんなA子さんは、小6の終わりのタイミングで帰国することになりました。
中学校については、A子さんのような帰国生も多く進学する私立中高一貫校を受験することに決めました。
インターナショナルスクールを選ばなかったのは、将来は日本の大学に進学することを想定していたからです。
また、公立中学への進学も考慮しませんでした。
さてA子さんの帰国受験はうまくいきました。
非常に人気のある難関校へ見事合格できたのです。
この学校の入試は、ほとんど英語力だけで決まるものだったことがA子さんには有利でした。
挫折
ここまで順風満帆だったA子さんでしたが、中学校の授業が始まった瞬間に躓きました。
授業がまるで理解できないのです。
英語だけは別クラスで帰国生のみ集めた授業でしたが、英語以外の全ての教科は共通です。
つまり、クラスメイトの9割は、「一般入試の激戦を勝ち抜いてきた優秀な生徒」たちだったのです。
その「一般入試をパスして進学してきた生徒」達の中にも、実は帰国生が何人も潜んでいました。4年生や5年生で帰国してきて、その後普通の進学塾で切磋琢磨してきた生徒たちです。「帰国生入試」の条件を満たさなかっただけのこの帰国生たちには、A子さんレベルの英語力の生徒が多数いました。
また、海外経験が無い生徒達の中にも、4教科学習を普通にこなしながら、英語学習にも力を入れ、相当なレベルの英語力の生徒が何人もいました。
もちろんA子さんのように帰国生入試を突破してきた生徒達はみな英語が使えます。
つまり、自信の源だった英語力が、さほどのアドバンテージにならなかったのです。
A子さんは、「英語は話せるけれど、他の教科が全部赤点の落ちこぼれ生徒」になってしまったのです。
親の勘違い
この段階でA子さんの惨状に親がきちんと向き合ってあげれば、状況は好転したかもしれません。
でも、A子さんの親にはそれができませんでした。
海外の小学校時代に優秀だった記憶から逃れることができなかったのです。
「A子は優秀だ」
「A子の力が発揮できないのは学校のせい」
この思いがぐるぐると回る負のループから抜け出そうとはしなかったのです。
A子さんは、高校からこの学校を抜けることを決意しました。
しかし、高校から受験できる学校に、この学校以上の学校はありません。
本当はたくさん良い高校もあるのですが、A子さん親子のプライドを満足させる学校は見当たりませんでした。
そこでA子さんが目指したのは、海外英語圏のボーディングスクールでした。
ボーディングスクールというのは、寮制私立学校です。
全世界から生徒を集め、世界の名門大学に大半が進学する名門ボーディングスクールがいくつもあるのです。
A子さんは、こうしたボーディングスクールの何校かに出願したのでした。
再び挫折
ところが、A子さんは出願した全てのボーディングスクールから入学を断られたのでした。
小学生時代に海外でともに過ごした同級生たちの中にも、こうした名門ボーディングスクールに進学する子も多数いました。
「(優秀な)A子さんならどこのボーディングスクールでも進学できるでしょう。どこに決めたの?」
かつての同級生やその親からこんな風に言われてしまうたびに、絶望感が広がります。
いったいなぜうちの娘はどこにも受け入れてもらえなかったのか?
なにがいけなかったのか?
このタイミングで私のもとに相談に訪れたのでした。
失敗の原因
A子母が持参したのは、A子さんが出願に際して提出したエッセイ(自己アピール書)と、小学生時代の課外活動で作成した制作物でした。
「うちの娘は海外の小学校ではこんなに優秀だったのです」
そういって持参した制作物(自主的に制作したレポートや新聞等)を見せられたのですが、どれも幼稚です。
それはそうですね。小学3年生のときに学校で表彰されたレポートですから。今A子さんは中学3年生なのです。
「中学生で何か社会活動した記録や、表彰されたこと、何かのコンテストで賞をとったりしたものは無いのですか?」
こう尋ねましたが、とくに無いようでした。
そして、ボーディングスクールに提出したエッセイを拝見しました。
確かに達者な英語ではありましたが、内容をざっと見ただけで、確信しました。
私がボーディングスクールのアドミッションオフィスの担当者だったとしても、間違いなく不合格にしたことでしょう。
A子さんのエッセイは、現在通っている中学校への呪詛に満ちていたのです。
そこには、授業への不満・教師への不満・学校への不満・日本の教育制度への不満が書き連ねてありました。
だから、海外の学校に逃げたい、その思いだけで書いたのでしょう。
企業の中途採用を担当された方ならわかると思います。
前職の退職理由が一番重要であることを。
自己都合で退職し、前職の企業を悪しざまにいう人間は採用されません。
こちらの会社に就職したとしても、企業の目的はその人間の満足度を高めることにはありませんので、不平・不満を吐きちらして再び転職することが予測できるからです。
A子さんが、まさにそういう状態でした。
一般に、海外のボーディングスクールは、以下の基準で合否を決定します。
◆中学校の成績評価・・・とくに主要教科の成績
◆中学校からの推薦状
◆課外活動
◆エッセイ・面接
その他、外国籍の志願者には英語力の検定結果を義務付けます。
A子さんがクリアできたのは、英語力だけでした。それも、英語圏現地の優秀な中学生レベルよりは劣ります。
学業成績は最悪評価でした。
親の判断ミス
A子さんの悲劇の全責任は親にあります。
日本と海外では教育制度も各教育段階における目標も異なります。
これは、どちらが優れているとか劣っているとかいうことではなく、教育についての文化・社会の相違ですから。
A子さんが海外の小学校で「優秀」でいられたのは、「その国の教育」の中での評価だったのです。日本の教育制度の中では評価されません。
いずれ日本に帰ることが想定されていたのですから、きちんと日本の小学生(中学受験生)と同様の4科目の教科学習を日本語でするべきだったのです。
帰国生入試ではなく一般入試でもその学校に合格できるレベルの学力を身に着けておく
これが鉄則です。
そうでないと、進学後に苦労することは明らかだからです。
現地校で英語力はネイティブ相当になっているから、あとは算数と国語だけをちょっとやっておけば、帰国生入試はなんとでもなる
こうした考えで難関校に進学することは悲劇につながるというお話でした。
もちろん、英語さえできればあとはOKという学校も多数存在します。
それらの学校が進学したい学校であれば話は別ですね。
帰国タイミング次第
A子さんのケースは、中学生になるタイミングで帰国したためにおきた悲劇でした。
しかし、高校受験のタイミングでの帰国は少し事情は異なります。
大学の附属高校で帰国生入試を行っているところに進学できると、英語以外の教科力がさほどなくても、なんとか大学生になることは可能な場合もあるからです。
一部進学校の中にも、帰国生のためのクラスを設定しており、教科の授業を英語で行ってくれるところもあります。
ただし、学校がそうしたクラスを設定している目的を理解して進学すべきでしょう。
「海外大学の進学実績を稼ぐ戦力」としての優遇措置であることは間違いありませんので。
ただし、いずれの場合も英語以外の教科の学力の最低ラインはクリアすることは必須です。
もちろん、赤点レベルでは論外です。