普段は生徒にも保護者にもこうお話することばかりです。
「落ち着いて」
「あわてずに」
「冷静に」
しかし、どうもそれだけではないと思えてきました。
そこで今回は、「落ち着いていてはダメ!」ということをお話したいと思います。
正常性バイアスについて
意思決定・信念に関する認知バイアスの一つです。
私は心理学の専門家ではないので正確な定義はできませんが、何か異常事態となったときに、「これくらいなら大丈夫」と過小評価する心理状態だと理解しています。
この後の記事では、「現状維持バイアス」や「不作為バイアス」「シミュレーション・ヒューリスティック」なども「正常性バイアス」として書いてしまう「錯誤」があるかもしれませんがご容赦ください。
本来は、心の平穏を保つ、セーフガードのような仕組みなのでしょう。
例えば、料理中に指を包丁で切ってしまったとします。血がにじんできました。
「これくらいなら大丈夫」と考え、絆創膏を貼って料理を続けます。
これは「正常性バイアス」ではありません。経験から導き出された判断です。パニックになって救急車を呼ぶほどの怪我ではありませんので。
しかし、骨が見えるほどの深い傷なのに、「まあこれくらいなら大丈夫」と絆創膏を貼っていたら、明らかに「正常性バイアス」が働いていますね。
例えば、フィリピンに旅行中、野良犬に腕を噛まれ血が出てきたとしましょう。
もし狂犬病の知識が皆無で、「大した怪我じゃないから、消毒して絆創膏を貼っておけば大丈夫」と考えるなら、これはただの「無知」です。
しかし、狂犬病の知識があり、致死率が100%であることも知っていて、さらにフィリピンでは毎年数百名の人が亡くなっている事実を知っているにもかかわらず、「たぶん狂犬病の犬じゃないよ」と絆創膏を貼っていたら、これは「正常性バイアス」が働いているのです。
つまり、「慌てなくてはいけない場面」「大きな災厄の兆候が見えている」「異常事態」にもかかわらず平然としていたら、「正常性バイアス」の働きと考えられるでしょう。
2003年2月に韓国で起きた地下鉄放火事件では、192名もの人が亡くなり、148名が負傷しました。実は死亡者が多かったのは、放火された車両ではなく、そこに行き会わせた対向列車だったのです。乗客の大半が煙が充満した車両に座ったままだったそうです。「正常性バイアス」が働いてしまったのですね。
中学受験における正常性バイアスについて
ここから先は、「正常性バイアス」が中学受験に及ぼす影響を考えてみます。
おそらく心理学的には間違った用法でしょう。「非常事態」「大惨事」の例ではありませんので。
今回私がお話したいのは、「大したことないと考えることで傷口を広げてしまう」ことについてです。
成績低下を過小評価した例
本来は優秀なお子さんでした。私立小学校に通う2人組女子生徒で、二人で仲良く通塾していたのです。A子とB美としておきます。あえていうと、B美のほうが成績は優秀でした。
私が異変に気づいたのは、6年生になったあたりです。A子の成績がわずかに下降曲線を描いてきたのです。ほんの数か月で、B美とも少しずつ差が開いてきました。
私が見抜いた原因は、A子の集中力低下でした。「ファッション」に目覚めてしまったのです。通塾するのにも、「可愛い装い」で来ます。そうした装いが似合う生徒ではありましたが。自慢の黒髪を腰まで伸ばし、授業中も常に手が髪に触れています。気になってしようがないのでしょう。ところでB子も可愛らしい生徒でしたが、服装はいつもジーンズにトレーナーにスニーカー、髪はショートカットといった、 外見にこだわらない生徒でした。
小6にもなると、女子生徒の一部にこうした生徒が見られるのは珍しい話ではありません。親としても、娘には「可愛く」あってほしいと願うのもわかります。
しかし、こと「中学受験」の世界では、これはマイナスでしかないのです。
外見に構う全ての時間が無駄となるからです。
そこでお母様と面談をして、そうした事実を伝えたのです。
しかし、聞く耳を持ちませんでした。
勉強はきちんとやっている(聞けば子ども部屋でドアを閉ざして勉強している)、昔から優秀な子だった、小学校でも成績は良い、今はたまたま少し不調なだけでやる気になればできる子だから、女の子にとってファッションだって大切だし、勉強に悪影響など考えられない。
小学校受験で私立に進学したくらいですから、優秀な子には間違いないのでしょう。しかし親が現実を見ようとしないのは問題です。
案の定、夏を過ぎて成績の下降は傍目にも明らかなほどになりました。
この「ファッション」を「アニメ」「漫画」「ゲーム」等に置き換えれば、男子生徒にもこうした生徒はたくさんいます。
ただ、「ゲーム」ならはっきりと「悪」であるとわかりますので、親も早い段階から手を打つのですが、「おしゃれ」のような曖昧なものはなかなか気づきにくいのでしょう。
このA子ですが、12月には、もう親も無視できないレベルの成績となっていたため、私のアドバイスをやっと受け入れてもらえました。
ある日自慢の黒髪をバッサリと切って現れました。そこから2か月頑張って、なんとか第二志望校に滑り込めたのは幸いでした。
子に親の希望を押し付けた例
子ども本人が希望していないのに、親の希望の学校を押し付けるようにして受験させる例は多数あります。
もちろん、受験は最終的には親が全責任をもって志望校を決定します。
しかし、完全に子どもの意志を無視することはまずいですね。
「通うようになれば楽しくなるはず」
「中学生になれば大丈夫でしょう」
そんな根拠のない理由で進学させられた学校に結局馴染めず、高校受験で外に出た子を何人も知っています。
入試当日の天気予報を無視した例
大雪予報を「気にせず」、何の対策もとらなかったケースです。
これについてはこの記事に詳しく書きました。
国語の学習を後回しにした例
算国理社の4科目を満遍なくバランスよく学習することが中学入試にとって最も大切なことですね。
しかし、国語という教科は、他教科とくらべて成果が目に見えにくいのです。
だから、ついつい学習を後回しにしがちです。
「日本人だから」
「本をよく読んでいるから」
「親の私も国語の勉強なんかしなくても何とかなったから」
このような、まったく根拠のない判断をしてしまうのです。
6年生後半に、過去問を解いてみて事態の大きさに気が付きます。
点が取れないのです。
申し訳ないですが、そこから数か月で国語の得点力を上げることは不可能です。
おそらく、4年生くらいからの学習に問題があったのですから。
また、同様のケースとして、理社を後回しにする方もいます。
「理社は最後の3か月で暗記すれば何とかなるから」
完全に間違っています。
3か月では何ともなりません。
これは、単に理社の学習をいやがる、暗記がきらいな子を持つ親の「正常性バイアス」なんでしょうね。現実から目をそらすという。
子の自己申告を鵜呑みにした例
不真面目な生徒ではありました。いわゆる「地頭」は悪くなかったのかもしれませんが、中学受験の世界はそれだけで何とかなるような甘い世界ではありません。
しかし、本人の自己肯定感だけは異常に高く、親もまたそれを信じていました。
正確にいえば、本人は「自信ありげに振舞う」ことで現実逃避をし、親もまたそれを鵜呑みにすることで無意識のうちに自己防衛していたのでしょう。
「現実から目を背ける」「やがて確実に訪れる災厄(不合格)から目を逸らす」
まちがいなく正常性バイアスが働いています。
1日は、偏差値ではるかに及ばぬ学校を受験しました。もちろん奇跡はおきません。
2日も、偏差値ではるかに及ばぬ学校を受験しました。もちろん奇跡はおきません。
この2校の受験については、「合格は見込めない」旨をきちんとお話していたのですが、説得できませんでした。それでも、その後の受験については、合格が見込める学校に出願してもらっていたのですが、そこも受験せず、相変わらずの無謀受験を繰り返したのです。「今日の試験は手ごたえがあった。絶対受かっているから、明日は〇〇中を受験したい」という子どもの根拠のない申告により、せっかく準備しておいた学校の受験をとりやめて、無謀受験に切り替えたのですね。もちろん奇跡はおきませんでした。
このケースの全責任は親にあります。子ども本人は、なんといってもまだ12歳です。冷静な自己分析などできるはずもないのです。子どもの「絶対大丈夫」は全くあてにならない。そのことも何度もお話していたのですが。