今や、中学受験を考えるご家庭の入塾時期は、低学年からが珍しくなりました。
人気塾の席を確保するため
家で教えられないから
早くスタートした方が有利だから
理由はさまざまでしょう。
しかし、塾によっては、低学年の指導には大きな温度差があるのです。
今回は、低学年の指導にこそ塾の姿勢がうかがえる、そういうお話です。
※低学年というのは、小学1~3年生を指しています。
中学受験塾のカリキュラムが4年スタートである理由
うろ覚えの知識で恐縮です。
塾業界の裏事情など、まとめた情報源は無いので、私自身の怪しい記憶に基づき書かせていただきます。
中学受験の先陣を切った塾とは「四谷大塚」(当時は「四谷大塚進学教室」)であることには異論はないでしょう。
四谷大塚の創立は1954年です。
第一次ベビーブームが1947~49ですので、そこで生まれた子供たちが中学受験をする流れとともに、四谷大塚は急成長していきます。
ちなみに、四谷大塚以前からあった「日本進学教室」通称「日進」という塾と勢力を二分しました。
やがて日進は衰退し、四谷大塚の天下がやってくるのですが、それもSAPIXという新興勢力の前に敗退します。
このあたりの事情についてはこの記事もごらんください。
日進は、6年生からの塾でした(←ここが一番あやふや! すいません)
そこに後発組の四谷大塚が5年生からの指導を始めます。正確には4年生の3学期、つまり受験まで丸2年間のカリキュラムです。
日進は、おそらく当初は四谷大塚など歯牙にもかけなかったことでしょう。たとえ四谷大塚に5年生の間通ったとしても、6年生になれば日進に来てくれるはず。
この思惑は大きく外れ、日進はみるみる四谷大塚に生徒を取られていしまいます。
そこで日進でも5年生からスタートのカリキュラムとしました。
最終的には、四谷大塚の作った「予習シリーズ」という教材の完成度も合いまって、四谷大塚が勝利し、日進は消えていった、というのがこの二塾の経緯だったと思います。
※さすがにリアルタイムでは知らないので、伝聞に基づく内容です。私がこの仕事を始めた当初に世話になった年配の先生に聞いた話なので、確認がとれません。
ご容赦ください。ここが本題ではないのです。
こうなると、カリキュラムのスタート時期を早めて青田買いをしたほうが競争に有利に働くことは明らかですね。
やがて四谷大塚も4年生の最初からの「丸3年間」の指導カリキュラムへと移行し、他塾もそれに追随します。
入試までの学習内容から逆算してカリキュラムを組むと、そこが「ベストのタイミング」だからです。
本音をいえば、最適なタイミングとは言いにくいのですが。
なぜなら、4年生の初めというと、まだまだ知能の発達が伴っていないため、塾の高度な学習についてくるのが大変だからです。
しかし、入試までにやらねばならないことを考えるとここしかありません。
また、他塾に遅れをとるわけにもいきません。
ここでみなさんが抱くである疑問にも答えたことになると思います。
Q:早くから生徒を囲い込むなら、もっと早くから、たとえば3年生からカリキュラムをスタートすればいいのでは?
A:3年生ではカリキュラム学習についてこられない
そこで、「塾横並びの法則」(私が勝手に命名しました)にもとづき、どの塾も、受験カリキュラムのスタート時期は4年生から、となったわけです。
入塾時期については、以下の二つの記事で詳細に考察しています。
受験塾が低学年の授業を始めた理由
結局のところ、各塾が横並びでカリキュラムをスタートさせる状況がしばらく続きました。
しかし、もう予想がつくように、少しでも早く優秀な生徒を囲い込みたい、とどの塾だって考えます。
そこで、ついに低学年の獲得競争がスタートしたのです。
どこかの塾が始めれば、他も追随します。
まさしく「塾横並びの法則」です。
かくして、いつのまにかどの塾も低学年、つまり「小学1年生」からの指導をはじめることになったのでした。
低学年特有の問題点
しかし、低学年には、高学年にはないいくつかの特徴があります。
(1)集中力が続かず、長時間の授業が無理
これは問題です。
そもそも4年生だって早すぎるくらいなのです。椅子に大人しく座って塾の授業を何時間も受け続けることなど、本来の小学生には「ありえない」姿ですね。
まして低学年!
私も低学年の授業をした経験がありますが、もう教室に入っていくと「カオス」でした。
(2)学力別クラス編成が困難
そもそもペーパーテストに慣れていません。
客観的な基準での学力別クラス編成が困難です。
おそらく上位クラスは、小学校受験(いわゆる「お受験」)経験者が占めるでしょう。きちんと座って、教師の質問に的確な返答をしてくれますし、ペーパーテストにも慣れています。
だからといって、そのまま6年生まで上位をキープできるわけではないところに中学受験の難しさがあるのです。
(3)遠いところまでの通塾が無理
だって低学年ですから。
電車やバスにのって離れた塾に一人で通うのは困難です。
もちろん帰りが遅くなることも心配です。
体調管理の観点からも、夕食までには帰ってこないと困ります。
親が毎日の送迎はきつすぎます。
(4)受験カリキュラムの前倒しが無理
これには2つの理由があります。
1つ目は、生徒の知能の発達が付いてこられないという問題です。
子どもの頭は段階を経て成長していきます。
受験カリキュラムを前倒しすればよいという問題ではないのです。
たとえばどの塾でも6年生になってから学ぶ「日本国憲法」ですが、これを3年生に丸暗記させても無意味なことはわかると思います。
2つ目は、入塾時期との兼ね合いです。
たとえば無理して自分の塾が3年生からの4年間で入試に向かうカリキュラムをスタートさせたとしましょう。
その塾には、途中から入ってくる生徒は皆無となります。
「4年生になったら塾にでも通おうかな?」などと思っている層はもちろんのこと、他塾にすでに通っている生徒にとっても壁があります。
つまり、3年生の最初に、大量の生徒を集めないとならないのです。
無理ですね。
もし他塾も、一斉に3年生から受験カリキュラムをスタートさせてくれれば別ですが。
それもあり得ません。
そこで、低学年特有の問題を回避する作戦が考えられます。
◆通信教育(含リモート授業)
◆授業日数・時間を減らす
◆遊びメインの授業or興味が持てる授業
◆受験とは別建てカリキュラム
まず、通信教育というのは誰もが考える作戦です。
低学年のうちは家庭で通信教育教材を学んでいただき、そのまま4年生から塾に通ってもらおう、という作戦ですね。
しかし、これはうまくいきません。
例えば、4年生になったらA塾に通うことをすでに決めていて、その準備としてA塾の通信教育を受講する、そうした生徒がほとんどいないからです。
だって受験カリキュラムは4年スタートですので、A塾通信講座にこだわある必要はありませんから。
そこで、低学年のうちに通信教育を受講するとしたら、複数の塾の講座を比較検討して選ぶことになるのです。
つまり、塾にとっては「労多くして益少なし」です。
日能研は「知の翼」という通信教育を何年も前に廃止しました。
授業日数・時間については、週1回2時間程度といったあたりが多いですね。
遊びメインの授業かどうかは、各塾によってスタンスは異なると思います。
受験とは別個のカリキュラム・方針
これが、低学年の指導における唯一解です。
受験カリキュラムを前倒しできないのなら、別建てのカリキュラムを構築するしかないですね。
しかも、集中力の続かない低学年でも、「お受験」経験者でも目を輝かせてくれるような内容。
さらに、高学年のカリキュラムにつながっていくような内容。
しかし、これが困難です。
手本となるものはありません。
入試問題の研究も意味を成しません。
確固たる指導方針に基づいて効果的な教材体系を作り上げるのですから。
そこに、各塾のスタンスと力量が如実に表れるのです。
四谷大塚
低学年指導「リトルスクール」
◆知的好奇心を刺激して「自ら学ぶ習慣」を身につける
◆「基礎学力」を徹底的に身につける
この2本柱だそうです。
HPには「学ぶことも楽しい!」ことを、子どもたちの知的好奇心を刺激しながら伝えます」とありますが、これが難しいのです。
教材の内容もさることながら、指導する教師の力量が本気で問われます。
もしこれを実現する気なら、「指導教師」の指導、つまり相当な研修体制が必要だと思います。
四谷大塚の講師募集広告によると、高学年は1教科担当ですが、低学年は「算国指導」となっていました。
大学生以上で時給3000円です。
私は、学生アルバイト講師を否定はしません。
学力のない社員講師よりも、はるかに優秀な人材が多数いるからです。
しかも真面目だったりします。
ただ、「算国」の2科目指導、しかも「知的好奇心を刺激」する指導は難しそうですね。
「四谷大塚では、授業中の親身でていねいな指導だけでなく、家庭でも学習できるITコンテンツ「計算・漢字高速マスター」も活用しながら、徹底的に基礎・基本を鍛えます!」
こうHPで宣言しています。
むしろ、こちらが本音なのかな、と思います。
算国の徹底演習なら簡単です。
高学年カリキュラムとの整合性もとれます。
ただし、つまらないでしょうね。
四谷大塚には、「ジュニア予習シリーズ」という教材が準備されています。
カリキュラムや授業体系をみると、結局のところ、高学年のシステムをそのまま移植したように感じました。
ただし、ジュニア予習シリーズの内容は、1・2年生と3年生で乖離があると思います。
3年生は、演習量も多くなり、受験カリキュラムの準備色が強いのに対して、1・2年生は、なんというか、とても幼稚に思えるのです。
様々なオリジナル教具を使ったゲーム的な要素も組み込んではいるようですが。
天下の四谷大塚といえども、低学年の指導は難しいのだろうと思った次第です。
ただし、教材の完成度は相変わらずとても高いです。
日能研
さっそくHPを見てみました。
「幼稚園年長から小学校低学年。この時期の子どもたちの世界は、自分にだけわかる「つなげ方」が許された世界と言えるでしょう。何かと何かの「つながり」を誰かとわかり合えなくてもいい。自分自身の内側でわかっていれば問題はない。荒唐無稽だろうが奇想天外だろうが何でもアリ。子ども自身の世界観で成り立っている豊かなファンタジーの世界と言えます。
自分自身の内側から始まるファンタジーの世界で、好奇心や冒険心のおもむくままに、自由に思いっきり遊ぶ。奇抜で突飛な発想や壮大な空想で、いろいろな「つながり」をつくり続ける。
9歳前後に迎える大転換期。「自分以外=他者」の存在を意識できるようになる。自分の世界が外側へ広がっていく。まさにそんなタイミングで始まる系統学習。「誰かと共有できる」論理と出会う。いままで、ファンタジーの世界で、たくさんの「つながり」をつくれた子は、すでにある「つながり」だけに縛られず、自分で新しい「つながり」をつくることができる。進学準備教育、高等教育に出会ったときも同じ。知識に縛られず、自由に学び続けていくことができる。
だからこそ、大転換期前― 幼稚園の年長から小学校低学年にかけての時期。日能研の低学年では、ファンタジーを大切にした学びを展開しています。
教科という学び、系統学習は4年生からで充分。低学年だから出会ってほしい、学びを楽しめる自分。「感じる」「考える」「表現する」を、じっくり、ゆったり、たっぷり。この豊かな学びの時間があるから。それからの学びへ。進学後の学びへ。高等教育の学びへ。未来につながるチカラへ。」
一部を抜粋紹介するつもりが、あまりにおもしろかったので全文引用してしまいました。
「ファンタジー」って?
私は頭が悪いもので、「ファンタジーを大切にした学び」が理解できませんでした。
日能研という塾は、なかなかおもしろい塾だと私は思っています。
教材も授業も合格実績も、何もかもが「中庸」です。
教室数も多いです。
塾に迷ったら、「とりあえず日能研」というのは悪くない選択です。
何というか、スーパーでいえば「ライフ」「西友」「イトーヨーカドー」的なイメージです。凝ったものも高級なものもありませんが、日常必要な食材は一通りそろうような?
勝手なイメージですいません。
しかし、ときおり、妙に理想主義的な講座や教材を作るのです。
たとえば、日能研が出版している「考える×続けるシリーズ」という教材があります。
◆環境を考えるBOOK⑦ 災害教育から始まるお話
◆東日本大震災をふりかえり、今を見つめ、対話する 未来をつくるBOOK
◆環境を考えるBOOK ⑤獣害から始まるお話
こんなものがシリーズ化されているのです。
その他、日能研の出版部門子会社「みくに出版」では、哲学書や児童書まで意外なラインナップの本を出しているのですが、これはおそらく日能研ではなく、日能研に買収される前の「美国出版」のなごりなのでしょう。
いずれにしても、日能研らしからぬ(失礼!)問題集・参考書も出しているのが面白いところです。
日能研のHPには、「日能研の考える、『子ども』『学び』『未来』」というページがあり、クリックしてみると、もうポエムとしか思えない文章が掲載されています。
しかし、私はこうした「理想主義」は嫌いじゃありません。
塾といえども、子どもたちに何かを「教える」教育に携わっているわけですから、「信念」というものは大切だと思うのです。
ただ、世間が日能研に求めるものはこれじゃないことはわかります。
早稲田アカデミー
早稲田アカデミーは、難関校合格を目指すなら小3の夏までに少しずつ準備を始めることが重要だと考えています。
低学年の時期は、自ら考える経験を積み、論理的な思考力を身に付ける絶好のタイミングです。吸収力豊かなこの時期に、単なる反復学習ではなく、良質な問題に熱中して取り組むことができるかによって、子どもたちの将来の伸びが変わります。自らの力で答えにたどり着いた際に得られる達成感は、次の課題へ取り組むエネルギーとなり、考え抜く力を育みます。
となっています。
そこに「ポエム」要素はゼロですね。
受験のために早い段階から「鍛える」のだと思います。
失敗を繰り返しながら学ぶ、そうした方針が打ち出されていました。
「さすがだな」と思ったのが、週1回90分の低学年の授業後に、10分間の「ブリーフィング」なる時間が設けられているところです。
これは、授業でやったことを保護者に報告する時間だそうです。
こういうところが、この塾の「うまい」ところです。
保護者へのアピールに優れています。
SAPIX
近年の中学入試では、単純に知識の有無を問う問題は減っています。もちろん知識は大切ですが、それだけでは合格点は取れません。複数の知識をまとめて、それを整理して表現する力や、さらにそこから発展させて何かを考えていく力が求められています。そのためには、個々の知識事項や基本事項に関して、「なぜそうなっているのか」といった根底になる部分、前提になる部分をきちんと理解しておくことが重要です。
サピックスではそうしたベースの部分を4年生と5年生の2年間でしっかり身につけ、それをもとに、最後の1年間で入試に向けての実戦力を養います。
1~3年生までの低学年は高学年になって学ぶことの先取り学習をするわけではありません。高学年から必要になってくる「深い理解」のためのしっかりした下地を作りたい、あらゆる勉強の基本である「考える力」を養いたいと考えています。
この塾は、もともと「考える力」を柱にすえ、そのための「復習主義」をとっている塾です。
HPの文言を見るかぎり、そのための準備期間としての低学年という位置づけのようですね。
低学年カリキュラムの詳細が公開されていたので見てみます。
1・2年生の間は算国2科目です。
内容は、まあ普通というか、算数はパズルのような「おもしろさ」優先の内容ですね。国語で扱う文章も、知的好奇心が刺激されるとは言い難い内容でした。
1・2年生は本当に難しい。
天下のサピックスといえども苦慮している様子がうかがえます。
3年生から理社がはじまります。
ここをチェックします。一部紹介するとこんなかんじでした。
【理科】
・植物はかせになろう
・こん虫はかせになろう
・かがみのふしぎ
・うきしずみ
・ 大気の力
・「しそん」ってなあに?
・「みくろ」ってなあに?
・「かせき」ってなあに?
・ 月のみちかけ
・ 動きを観察しよう
・電気のながれ
これを見ると、理科の「おもしろく」感じる分野を抽出して「身近なものの「なぜ?」から理科に対する興味・関心を引き出す」ことを目的としているのですね。
【社会】
・ りんごのふるさと ~青森県~
・ きりたんぽとさくらんぼ ~秋田県と山形県~
・ リアスの海 ~岩手県と宮城県~
・ くだもの王国と水郷地帯 ~福島県と茨城県~
・ かんぴょうと高原キャベツ ~栃木県と群馬県~
・ 輪中地帯と自動車の町 ~岐阜県と愛知県~
・ 真珠とみかん ~三重県と和歌山県~
・ 南国の旅・薩摩と琉球 ~鹿児島県・沖縄県~
・ 鉄のまちと温泉のまち ~福岡県・大分県~
こんなかんじで、全都道府県を1年間かけて紹介するカリキュラムでした。
「「日本の大まかなすがたを頭の中に作りあげる」ことを目標」としているそうです。
3年生の理科・社会に関してはなかなか工夫がみられます。
そういえば、早稲田アカデミーの3年の社会科カリキュラムも「都道府県紹介型日本一周」スタイルです。
被っていますね。
たしか、小3のカリキュラムを始めたのは、サピックスのほうが早かったような気がするのですが。
たぶん、どの塾が考えても同じようなカリキュラムになるということなのでしょう。
たぶん。