中学受験のプロ peterの日記

中学受験について、プロの視点であれこれ語ります。

サピックス小学部の噂と実態:進学実績と指導ノウハウの関係に迫る(※2024.10.04加筆修正)

※この記事の初出は2023.10.22です。2024.10.04にUPDATEしました。

 

以前、このような記事を書きました。

 

今回から、いよいよ、集団指導塾について、塾名を具体的にあげて検討したいと思います。

ただし、ここに書くのは、あくまでも私個人の主観に基づく私見にすぎないことはお断りしておきます。

実際にその塾に通った(通わせた)方からの情報であったり、その塾で働いていた知人からの情報にもとづいていますが、人によって受け止め方は様々ですので、あくまでもそういう噂もある、程度にお読みください。私としては、どの塾も持ち上げる気も貶める気もありません。

 

今回はSAPIXサピックス)をとりあげます。

塾の成り立ち

もともとTAPという塾が1970年代にできたのです。

そこが、中学受験および高校受験で非常な成功を収めたのですね。その成功の立役者だった人物達が経営者と袂を分かつて1989年に設立したのがSAPIXというわけです。

このあたりの詳細およびその後の法廷闘争について興味のある方は、地方裁判所の判決文をお読みください。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)2242号 判決 1993年8月25日

もともとTAP成功のノウハウを持った教師達がごっそりと抜けましたので、その後TAPは凋落しやがて消滅します。

SAPIXのその後の急伸ぶりはご存じの通りです。

もっともその設立にかかわった経営陣がみな退陣して、2010年頃には代々木ゼミナールの傘下となりました。

 

サピックスは、高校受験のサピックス中学部と中学受験のサピックス小学部に分かれています。代ゼミに吸収される以前は、法人も別でした。これはうまいやり方でした。なぜなら、中学受験の指導と高校受験の指導は完全にぶつかるからです。中学受験の指導は、高校受験をしなくてすむように頑張らせるわけですので、利害が相反するのですね。また、教師のノウハウ・スキルも別物ですので、中学受験と高校受験を一つの教室・教師が並行して兼任するのは無理があります。

もしそうした塾があれば、そこは候補から外すべきでしょう。

 もっともサピックス中学部は、完全に他塾、とくに早稲田アカデミーとの争いに敗れてしまい往時の勢いは見る影もありませんね。

ここでは中学受験がテーマですので、サピックス小学部に話をしぼります。

合格実績

 今最も勢いのある塾といってもよいでしょう。とくに難関校への合格実績はずば抜けています

SAPIX合格実績

合格実績を見ると、驚異的なのはまちがいありません。

開成にしても桜蔭にしても、進学するとサピックスで見知った顔に出会うといいますし、最初の会話が「どこの塾だったの?」ではなく、「どの校舎だった?」だそうですね。東大のキャンパスはもちろんのこと、就活でも会社説明会等で遭遇するというから恐ろしい。この塾がこれだけの実績をたたき出したのにはもちろん訳があります。

 (実績が高い理由)

A.優秀な生徒が集まった

B.優秀な教師が集まった

C.指導ノウハウが優れている

D.テキスト・カリキュラムが優れている

E.ライバル同士が切磋琢磨できる環境がある

 

ざっとこんなところでしょうか。

巷間言われるのは、サピックスの実績が高いのは、たんに優秀な生徒を集めたにすぎない。教師の指導力ではない。」というものですね。

もちろんそうした側面は多いにあるでしょう。ただし、この塾は優秀な生徒を特別扱いしないことでも知られています。公開テストでどれだけ優秀な成績をとった生徒にも勧誘はほぼありません。「入室基準に達していますが、どうしますか?」という確認電話が1回あるだけだそうです。多くの塾が優秀層の取り込みに熱心で、特待生として授業料免除としたり、なかには個人向けの特別プログラムを用意したりするのに比べると、この塾の姿勢は、良くいえば潔い、悪く言えば殿様商売ということでしょうか。

自然に優秀層があつまるようにしたのが成功の要因ですね。

さて、教師は生徒に育てられる、というのが私の持論です。

優秀な生徒は優秀な教師を育てます。サピックスの教師が他塾に比べて優れている点があるとすればまさにこの点につきます。

元がどんなに優秀な先生であろうとも、教えている生徒のレベル以上には教師は育たないのです。生徒に合わせて教材やカリキュラムを調整しているうちに、優れたものになってきたと考えられるでしょう。

また、生徒間の競争もプラスに働きます。

他塾ではトップを張れる生徒が、SAPIXではそうはいかないわけですから。

どの校舎にも、開成を第一志望とする生徒が複数集まった「開成クラス」が作れるのも強みですね。

 

もちろん、この塾にもさまざまな欠点があります。

サピックスの短所

A.冷たい

 これが最もよく聞かれる声ですね。よく言えばクール、悪くいえば冷たい。

生徒が積極的に質問に行くと熱心に対応してくれるのですが、行かなければそれまで。保護者から相談に行くと熱心に対応してくれるのですが、行かなければそれまで。

つまりこちらからアクションを起こさないと、何もしてくれない、ともっぱらの評判です。定期的に電話がかかってくるような塾と比べると、たしかに冷たいですね。ただ、これについては主観の問題が大きいと思われます。「うちの子どもの成績ではサピックスでは大切にあつかってくれるレベルじゃない」という思い込みで敷居の高さを自ら作り出してしまう。サピックスのレベルの高さが生み出した幻影かもしれません。

また、しつこいくらいに塾から電話があるような塾よりも、こうしたクールさを好む方も当然いると思います。

 

B.食事休憩がない

 例えば6年生の平日の授業は、5時から9時までノンストップで行われます。食事休憩はありません。これが我慢できないのなら、この塾は選ばないほうがいいでしょう。もっとも、弁当作りが不要な点に魅力を感じれば別です。

 

C.自習室がない

 私は個人的に自習室は嫌いです。小学生は家で勉強するのが基本だと思っているからです。自習室に集まっていると、勉強した気になる、それだけの場合が多いですね。本当に有効な自習室があるとすれば、教師の監視のもとで、誰も一言もしゃべらずに黙々と勉強をすすめる、そうした環境でしょうか。この場合、監視の教師が生徒の質問に答えることは逆効果です。生徒が自分の頭で悩み考える効果が台無しになるからです。

 

D.下のレベルの生徒に冷たい

 ああ、これはサピックスにかぎらず、あらゆる塾で聞かれる批判ですね。レベルの低い生徒はお客様であると。でも、教師の立場からいわせていただくと、そんなことはあり得ないですね。今目の前にいる生徒の学力向上のことしか頭にはありませんので。むしろ、優秀な生徒が最難関校に合格した喜びより、勉強に苦戦した生徒がなんとか進学する学校を確保できた喜びのほうが大きいくらいです。教師ってそういうものだと思います。こういうことを言う人は、生徒の指導経験がない方なんでしょう。

 

E.テキストの解説がない

 とくに算数でテキストの解説がとぼしいといわれています。授業で解説を行うスタイルだからでしょう。しかし、家庭で独自にテキストを学習しようとすると解説の乏しさが気になります。親が指導の主導権を握る場合ですね。昨今メルカリ等でサピックスのテキストが高値で売られているようですが、買うのは愚の骨頂です。全く役立ちません。

 

F.テキストの整理が大変

 この塾は、毎回の授業のたびにテキストを配るスタイルです。まず授業で解説、その後持ち帰ったテキストを子どもが復習する「復習主義」が売り物です。

そのため、あっという間に4教科のテキスト・プリント類が溜まっていきます。これを管理するのが大変だという声はよく聞きますね。

 

G.親が大変である

こうした声も聞きますが、これについては賛同できません。中学受験は親子でとりくむ大変な課題なのです。まさか子供を塾に丸投げしておけば自動的に志望校に合格できると思っているのかな? そんなことはあり得ません。どの塾に行こうと親は大変です。

もっとも、親も自分の時間を犠牲にしない、子どもにも頑張らせない、いわゆる「ゆる受験」をおお考えなら、SAPIXは全く合いません。

 

サピックスの長所

短所ばかりあげましたので、長所もあげておきます。

 

〇生徒の安全管理にコストをかけている

全教室にカメラがあり受付でモニターする環境はずいぶん以前から整っていました。昨今の事件を受けて他塾があわてて実施していますね。また、警備員が校舎前を警備している姿も見受けられます。

 

〇テキストのクオリティが高い

私は以前は四谷大塚の予習シリーズが最もクオリティが高い教材だと思っていましたが、今は違います。サピックスのテキストのクオリティがダントツだと思います。とくに理社がいいですね。これだけの内容をきちんと学んでいけば、中学にはいっても通用する学力が身に着くと思います。

 

〇校舎間で競争がない

塾によっては、校舎間で合格実績生徒募集実績を競わせるところも多いですね。経営的には正解なのかもしれませんが、いやしくも「教育」を行う点からはマイナスです。教師が難関校合格が見込める生徒の方しか見なくなりがちですから。

 

 

最期に、これは長所でもあり短所でもあるのですが2点に触れておきます。

 

◆上位校の進学実績が高く指導ノウハウも豊富だが、下位校の進学実績が少なく指導ノウハウも薄い

 例えば、日大三中は、サピックスの偏差値表では30くらいですが、日能研四谷大塚では40くらいとなっています。サピックスからの合格者数は、今年2名でした。あるいは合格者数が1名だった目黒学院中学や明星中学校は、サピックスに指導ノウハウがあるかどうか不明です。

 

◆学生アルバイト講師が多い

一般に、学生アルバイトよりも社員の講師のほうがいい、とされていますが、必ずしもそうとは言い切れないのです。

 

A:優秀な大学生

B:優秀でない大学生

C:優秀な社員講師

D:優秀でない社員講師

 

この4種類で優劣をつけるとすれば、こうなるでしょう。

C>A>>>>D>B

たとえば、サピックス→開成→東大 といった学生なら、そのへんの社員講師よりもよほど優秀なはずです。経験値は劣るのは当たり前ですが、長年この仕事をしていると、どうしても「手を抜く」ことを覚えてしまうのですね。また、ベテランになればなるほど、生徒との距離感が出てしまうものです。理想をいえば、ベテランの社員と優秀な学生の組み合わせでしょうか。

「社員講師のみ」を売り物にしている塾も多いですが、それが必ずしも良いかどうかは、別問題だと思います。入試問題がまともに解けないような人間が「教師」を名乗っているような世界ですから。

 

お勧めできる塾なのか?

 もちろん大いにお勧めした塾の一つです。

とくに最難関校・難関校を目指しているのなら、サピックス一択といってもよいでしょう。

 

それでは、中堅校あるいはそれ以下の学校を志望している場合はどうなのか?

 

みずから学力に制約を課すよりは、上を目指して努力し続けることのほうがはるかに有意義だと私は思っています。だから、たとえどんな志望校であったとしても、サピックスで頑張るのはお子さんのプラスになると思います。

 

 とはいえ、がんばってもがんばっても(がんばったつもりでも)、上の層が厚すぎて本人のモチベーションが高まらないということはあるかもしれません。その場合には、同じくらいのレベルの生徒が多い塾のほうが居心地は良いかもしれません。

また、サピックスのテストでは正確な判定が出ない(サピックス偏差値表で30以下の学校)を第一志望としている場合は、その層が厚い塾を検討すべきかもしれません。

 

ただしそれは勉強が楽になることを意味するわけではありません。置かれた環境で努力できない生徒は、どんなに環境を変えたところで同じだと思います。

 

この塾に関しては、一番多くうけるご相談はこれです。

「うちの子についていけるのか?」

お答えします。

「ついていけないことは、ついていこうとする努力を怠る理由にはならない」